(本記事は、野村洋文氏の著書『健康寿命は歯で決まる!』イースト・プレスの中から一部を抜粋・編集しています)

舌は健康生活の司令塔

猫舌
(画像=William Perugini/Shutterstock.com)

ヤキトリの中で何がお好きですか? 自分はタンです。断然タンです。あのコリコリ感がたまりません。コリコリ感!? 当然と言えば当然。タン=舌=筋肉なのですから。ちなみに、ヤキトリで心臓をハツと言いますが、「heart(ハーツ)」を短縮してハツです。意外と知られておりません。

さて、舌に話を戻します。舌と聞いて、みなさんは何を思い浮かべられるでしょうか? 味を感じる部分、食べたり噛んだりする時に必要な部分、そして、「舌足らず」や「舌先三寸」の言葉があるように、話す時に必要な部分、といったところが一般的でしょう。

あえて、もう一つ付け加えさせてください。ゴックンと飲み込む時にも舌の働きは重要です。舌が口蓋(上顎)に向かって押しあがり、口の中の圧を高めて、舌根部(舌の付け根)で食べ物をのどに送り込むのです。

舌は、鏡で見ることができるのは一部で、のどの奥(下)の方から延びております。わかりやすく話しますと、目で見える部分より、実際はずっと長いのです。ですから、先述したように、食べ物を飲み込む時に大活躍できるのです。

舌は極めて鋭敏な感覚を備えております。特に、舌の先は、口腔内で最も敏感な部分です。これは、毒物と栄養物とを選別する役割を担っているからだと言われております。

冒頭、舌は筋肉と書きました。確かにそうですが、実は、中に脂肪がつくことがあります。主に加齢によるものでして、脂肪がつくことで、舌の力が弱まる場合もあります。

つまり、歳をとると、舌に脂肪が混ざり、その結果、舌圧が弱まり、うまく食べられない、ということになるのです。

また、舌の位置が通常のポジションより下がると(低位舌と言います)、噛み合わせが悪くなって、歯を食いしばりやすくなるため、顎関節に負担がかかります。その影響で、後頭部の筋肉の緊張も高まり、首や肩のこりや痛みが生じます。首や肩こりの原因が、実は舌にある場合があるのです。

当たり前のものとして口の中に存在する舌、普段何気なく使っているため、そのありがたみを認識されることはないと思います。

舌がいかに、食べる、噛む、飲み込む、話す、といった、生きていく上で必要な動作を担う器官であるかを、また、舌を鍛えることで、いかに健康的な生活を送ることができるかを、わかりやすくお話ししたいと思います。また、味覚障害や舌痛症のような舌に現れる症状・疾患について、さらには、「猫舌」についての正しい情報もお伝えしたいと思います。

ヤキトリ屋の煙に巻かれ、タンを食べながらご一緒する方に、これから述べる舌の話をしていただけたなら、著者冥利に尽きます。

舌で食べ物、飲み物を味わう!

まずは、舌の代表的な働き、飲食物を味わう、ことについてお話しいたしましょう。味覚ですね。

味覚と言えば味を感じるものですが、さらに身体を守るためや、エネルギーを補給するための重要なシグナルでもあります。

味覚は、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味(昆布や、かつお節からとれる、あのうま味のことです。日本人科学者が発見しました)の五味から成り立ちます。味覚ごとに舌における部位の偏在はなく、舌全体で感じているとされております。

実は、以前の教科書では、「甘味は舌の先、苦味は奥の方……」など、それぞれ感じる部位が異なるとされ、味覚分布図なるものが載っておりました。今お話ししたように、それは誤りという説が一般的です。

つまり僕らは、間違ったことを覚えてしまったわけです。とは言え、教科書を開いた記憶がありませんので、間違ったことを覚えた記憶すらありません〜。汗味覚とは、唾液に溶けた食物などの物質を、舌の表面にある乳頭に存在する味蕾がとらえることで起こる感覚です。さらに厳密に言いますと、味覚は、味蕾の中の味細胞に存在する、味覚センサーによって感知されます。

味蕾は舌の他、軟口蓋(上顎)や、のどにも存在しておりますから、お口全体で、味覚を感じているわけです。

面白いことに、味覚センサーは、味細胞以外にも消化管や、膵臓をはじめとするさまざまな臓器に発現していることがわかっております。それを踏まえると、今後、味覚や口腔領域と糖尿病との関係の研究が進んでいく可能性が大ですね。

味細胞は、加齢と共に減少したり、感度が鈍くなったりします。お年寄りが、普通の味付けでは満足できず、塩や醬油を多用してしまう原因がそこにあり、結果、高血圧などの生活習慣病を招いてしまう危険性をはらんでいるのです。

また、亜鉛は、味細胞が作られる際の栄養素ですから、亜鉛不足でも味を感じにくくなります。お年寄りに限らず、味覚に異常を感じるようになったら、亜鉛を多く含む、うなぎやレバー、牡蠣などを食べることを勧めます。

小難しい話が続きましたので、ここで、少し脱線しましょう。キャビアの正しい食べ方をご存じでしょうか?小さなスプーンで口に入れて、噛まずに、舌でつぶしながら味わうのですよ。そうなのです、舌だけを使うのです。まっ、僕なんぞキャビアに出くわす機会さえありませんので、関係のない話ではありますがね。

さて、味覚についての興味をひく研究があります。高齢者における味覚の検査を行ったところ、甘味、塩味、酸味、苦味の4味については正常でありながら、うま味だけ、異常を示す例がかなりあったと報告されております。

これは非常に重要なことでして、うま味がわからないことで、食欲不振になり、健康面に支障をきたす恐れがあるのです。高齢者の栄養失調に関連する貴重なデータでもあるわけです。おそらく、味細胞に存在する、うま味受容体が加齢と共に、機能低下、減少することによるものでしょう。

後ほど詳しく書きますが、「どんなに豪華なフランス料理を食べても、チューイングガムの味しかしない」「何を食べても、まったく美味しくない」という、味覚障害でお悩みの方がいます。そのような方は、強いストレスを抱えながら毎日の食事と向き合われ、楽しいはずの食事の時間が、逆にストレスになってしまうのです。

舌がつかさどる味覚の働きが正常に機能しないと、健康面での不安が生じることはさることながら、精神面、社会生活面においても、重大な支障をきたすことになるのです。

猫舌は、1秒でなおせる!

舌の重要な働きに味覚があり、味蕾の中の味細胞がそれを担っていることを、お話してきました。

味蕾の中には、さらに、TRPM5やTRPM4という、何やら小難しい機構が存在し、味のさらなる感受性に一役買っていることがわかっております。この機構は、温度とも密接に関係しております。温かいココアを飲んだ時の方が、冷たいココアを口に含んだ時よりも甘く感じるのは、このTRPM5とTRPM4の関与によるものだと言われております。

さてさて、温かいココアには胸ときめき、ゴクゴクいけますけれど、熱〜いココアを一気に飲める人は極々少数ですよね。それは極端な例としても、一般に熱い食べ物・飲み物が苦手な人のことを、「猫舌」と呼びます。

僕の友人に、おみそ汁やお吸い物に、水を加えて飲む人がいます。みそ汁の醍醐味が台無しですが、人それぞれ、仕方がありません。

猫に限らず、そもそも動物は皆、熱い状態のものを口には入れません。昔から我々の身近にいる猫。その猫が、熱いものを口に入れたがらないのを見て、「猫舌」と命名したようです。

ちなみに、猫が温度を感じるのは舌ではなく、実は、鼻のようです。そうなると、「猫舌」改め、「猫鼻」ですが、話が袋小路に入り込みますので揚げ足取りは止めましょう。

結論から申しますと、「猫舌」は食べ方の問題であって、その人の人体的な問題ではありません。「猫舌」の人の舌の構造が特別というわけではなく、言うなれば、舌の構造に個体差はありません。さらに、「猫舌」の人の脳が、温度感覚に対して特別な感受性を有しているわけでもありません。

お話ししましたが、ズバリ、食べ方に問題があるのです。

舌の先端が口腔内で一番敏感な部分であることは先述しました。温度に関しても同様で、誰でも、舌の先にいきなり熱いものが触れると、「あちっ!」となります。

猫舌ではない人は、それまでの経験から、無意識のうちに食べ物が舌の先に触れないように食べているのです。一般的に、熱いものを口に入れる時は、無意識に上の歯と、下の歯で挟み、舌に落とさないように、舌を引っ込めたり、息を吹きかけたりして、舌を守っているのです。

「猫舌」の方は、この行程をスムーズにすることができず、直接、舌の先に熱いものを触れさせてしまっているのです。飲み物に関しても同様で、一般的に、熱いお茶やコーヒーを飲む時、舌の先が下の前歯の歯肉を押している状態にして、液体から舌の先を守るようにし、液体を舌の中央へ流し込むようにしています。さらに、液体を舌の裏にも流し、唾液と混ぜることで、冷めるようにしているのです。

「猫舌」の方は、その行程がうまくできず、液体を舌の先に直にあててしまっているのです。

一度、意識して熱い飲み物をお飲みください。「本当だ!」と納得されるはずです。

以上、長々とお話してきましたが、要は、熱い食べ物・飲み物を口に含む場合、舌の先をダイレクトにあてない、ということが大事なのです。

このように、舌は口腔内において、美味しく、安全に食べ物を摂することができるよう、気配りの行き届いた名幹事役を担っているのです。

最後に、僕も軽度の「猫舌」でして、この項を書きながら、舌の動かし方に心する次第です。あしからず。

健康寿命は歯で決まる!
野村洋文(のむら・ひろふみ)
昭和43年4月6日、埼玉県入間市生まれ。日本大学歯学部卒業、トロント大学歯学部留学。木下歯科医院副院長。中久喜学術賞受賞、歯学博士、 食と口の評論家(入間市)、社団法人オーラル・ビューティー・フード協会理事、日本摂食嚥下リハビリテーション学会会員。雑誌の口腔関連記事への監修、および、異業種と歯科医療とのコラボレーショなど、歯科業界の向上・飛躍を目指し多岐にわたり活動している。

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