・リブラに触発され、デジタル通貨の動きが活発化している。11月末、中国がデジタル決済手段発行の方向との報道もあり、12月初頭には、フランスも年明けにデジタル通貨発行と報じられた。
・世界では、政府通貨は23以上の国で研究されている。これは、先進国が、技術的に他国に遅れぬように研究を行なっているという緩めの活動と、カンボジアやルワンダなど、銀行口座を持たない人が多い国で、国民の強いニーズに基づき、開発される例の2つに分かれる。
・先進国は法制面等の課題が多く、発行までまだ遠そう。一方、国民のニーズがはっきりしている新興国では、政府デジタル通貨が意外と早く実現しそうだが、世界経済への影響は限定的。
・唯一、注視すべきは中国。米ドルの基軸通貨に対抗するという政府の意向と、デジタル決済の浸透度が高い14億の人口が相俟って、デジタル人民元発行の可能性も高く、かつ発行された場合の世界の金融市場や暗号資産への影響も大。来年の暗号資産市場の最大のイベントとなりうる。
デジタル通貨の動きが加速
FacebookのLibra(リブラ)の正式発表から約半年が過ぎ、その発行には暗雲が垂れ込めている。一方、リブラに触発され、政府・中央銀行によるデジタル通貨を巡る動きは活発化している。
「設計、標準策定、機能研究は終えた(12/2日経新聞)」―― 中国人民銀行副総裁のデジタル人民元についての発言である。これが事実とすれば、来年には、試験導入のフェーズに入ることができると考えるのが自然だろう。
他方、同じ人民銀行は、上海で、暗号資産の規制を強化すると発表したばかりだった。デジタル通貨の発行が避けられなくなる中で、その覇権を、海外発の既存の暗号資産ではなく独自のデジタル通貨で押さえようとする動きにも見える。
また、同じく12月初頭に、フランス中央銀行も、2020年の第1四半期にデジタル通貨を発行し、金融機関間での取引でテストすると発表した。法定通貨のユーロを裏付けとするとの報道もみられるが、まだ詳細は不明だ。ECBもBISもそれぞれデジタル通貨の研究を進める中でのこの発表はややサプライズである。
2つのタイプのデジタル通貨推進:新興国vs先進国の温度差
政府デジタル通貨は世界の23以上の国々で研究や実証実験が行われている(主な事例は図表1)。これらは、大きくは2つのタイプの活動に分けられる。1つ目のグループは、先進国が、技術的に他国に遅れをとってはならない、という意図で、どちらかといえば防衛的に研究を行なっているという活動である。欧州や日本などがこれに当たる。これに対し、2つ目は、カンボジアやルワンダなど、銀行口座を持たない人口が多い国で、法定通貨決済の代替手段として、いわば人々のニーズに応える形で開発を進めているグループである。
デジタル通貨発行の影響度:注視すべきは圧倒的に中国
前者のような先進国の研究は、実際には法制やコンプライアンアス体制などの課題が多く、発行にはまだ時間がかかりそうだ。一方、後者のような、国民の実需がある新興国では、実現は案外早いとみられる。しかし一方で、こうした新興国で開発されたとしても、世界経済への影響はごく限定的となるだろう。
これらのいずれでもない事例として、唯一注視しておくべき国が中国である。
中国では、2013年から2018年の5年間でモバイル決済件数が17億円から610億件へと約36倍に増加した(OMFIF)。それだけ、デジタルな金融取引の浸透度が高く、政府デジタル通貨が導入された場合の、既存の金融システムとの親和性は高い。
また、11月末に、中国人民銀行は、上海で、ビットコインなどの既存の暗号資産については、改めて取引の禁止を通達した。これらは、通貨の国家主権を改めて強調する動きとも考えられる。
米ドルの基軸通貨に対抗するという政府の長期的な意向と、デジタル決済に慣れている14億人もの巨大な人口を考えると、中国でデジタル人民元が実現する可能性は高い。かつ、実現した場合の世界の金融市場や暗号資産市場への影響は、それ以外の国に比べて極めて大きなものとなるだろう。デジタル通貨をめぐる中国の動向は、来年の暗号資産市場の最大のイベントとなりうるだろう。
大槻 奈那
マネックス証券 チーフ・アナリスト 兼 マネックス・ユニバーシティ長 マネックスクリプトバンク株式会社 マネックス仮想通貨研究所所長
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