(本記事は、齋藤 隆次氏の著書『ビジネスエリートが実践している 異文化理解の全テクニック』KADOKAWAの中から一部を抜粋・編集しています)

「沈没船ジョーク」に見る、フランス人の交渉スタイル

国際交流
(画像=PIXTA)

同じ「結論ファースト」の欧米人でも、フランス人とアメリカ人では若干スタイルが異なります。世界各国の国民性を表した「沈没船ジョーク」をご存じでしょうか。

「世界各国の人々が乗った豪華客船が沈没しかかっています。しかし、乗客の数に比べて、救命ボートの数が足りないため、船長は乗客を海に飛び込ませようとします。さて、船長が各国の人を飛び込ませるために放った言葉とは何でしょうか?」というものです。

フランス人乗客に対して船長が放ったのは「決して海に飛び込まないでください」という言葉です。この言葉を聞いたフランス人は即座に海に飛び込むというのです。フランス系企業に14年間いた私は「うまい表現だなぁ」と思いました。言われたことに素直に従わずに反対の行動をとることが多いフランス人の行動原理をよく表しているからです。

会議などでフランス人はまず最初に「ノン」(None「いいえ」という意味のフランス語)と言います。その後の話を聞いていると、「結局はイエスじゃないか」ということが多かったので、もしかしたらフランス人はとりあえず「ノン」と言ったのではないかとも思えました。自己主張が激しいフランス人は、他者との違いを重視するためにわざと「ノン」と言うことによって、無意識に会議をリードしようとしているのかもしれません。

アメリカ人も「ノー」とはっきり言います。しかし、同時に「イエス」もはっきり言います。フランス人が条件反射のように「ノン」からスタートするのとは少し違います。

ちなみに、アメリカ人に対して、前述の「沈没船ジョーク」の船長が放った言葉は、「飛び込めばヒーローになれますよ」です。「ヒーローになりたいか?」という質問には、アメリカ人は即「イエス!」なのです。

典型的な日本型のビジネス交渉の場面では、我慢して我慢して、譲って譲って、それでも進展しない交渉に腹を立て、最後にはテーブルをひっくり返して(あくまでも、たとえです)席を立つような交渉スタイルも日本人には多く見られます。

しかし、ビジネスの場面では、日本人は欧米型の「ノー」からスタートされても驚かないことです。あくまでスタートラインに立っただけだと思い、そこから交渉をスタートするつもりで臨むことが重要です。交渉はあきらめないことが肝心です。

「ヨーロッパの中心」を自認するフランスは「世界一高い美意識」が自慢

フランス人の美意識が高いことは世界共通の認識です。世界一華麗なベルサイユ宮殿、光と色彩を駆使して印象派の代表画家と言われ、睡蓮を200点以上描き続けたクロード・モネ、世界遺産に登録された海に浮かぶ巡礼地モン・サン・ミシェルなど、フランス人の芸術性の高さを疑うことができません。

食においても、フランス人の美意識は高いです。「ジビエ料理」という豊富な種類の肉を提供する料理があります。ジビエとは、狩猟で得た天然の野生鳥獣の食肉を意味するフランス語で、貴族の伝統料理として発展してきました。私も前職で、フランスで行われた会議に参加した際は、牛肉だけでなく、鴨、ウサギなどいろいろな肉料理を堪能しました。

また、価格に比例してボリュームが増えていくアメリカ料理に対し、フランス料理は価格に応じて皿が大きく、美しく、飾りつけが芸術的になります。価格に応じて食材の大きさが小さくなる代わりに素材の質が向上する日本と似ているような気がします。

ファッションにおいても、フランス人の高い美意識を見ることができます。以前、私はユニクロのパリ・オペラ店の開店に遭遇したことがあります。1000人以上のパリジャンの行列がオペラ座前にできていました。驚いたのは、マネキンの色鮮やかなファッションです。紫、オレンジ、マリンブルーと日本では飾らないような色鮮やかな飾りつけで、まるで別ブランドのようでした。後でユニクロの社員に聞いてみたら、品ぞろえ自体は日本と同じで、飾りつけのセンスの違いだけだったそうです。

フランス人は、仕事においても美意識を発揮します。前職のフランス系自動車部品メーカーでは、本社の仕事のプロセスや手続きを一切省略せずに、世界中のグループ会社に展開しています。経営管理を5つのビジネスコアで統一し、五輪の絵図面で表現していました。また、日本のJIT(ジャスト・イン・タイム)をベースにした、20のパフォーマンス・インジケーターを用いた独自のシステムは、わかりやすく美しい経営システムでした。マネジメントとレポーティングシステムが世界統一のため、世界中の系列会社へ転勤しても、その日から仕事を始められます。

ビジネスにおいても、フランス人の高い美意識はフランス人共通の価値観なのです。

フランス人にとって、アメリカは〝米語〟しか話せないローカルな国?

国際的によく知られているジョークがあります。

Q「2カ国語を話せる人を何と言いますか?」
A「バイリンガル」

Q「3カ国語を話せる人を何と言いますか?」
A「トリリンガル」

Q「1カ国語しか話さない人のことを何と言いますか?」
A「アメリカ人」

フランス人と仕事をする際、決して言ってはいけないことは「アメリカ支社の担当者はこう言っている」とか、「アメリカの市場ではこうなっている」という話です。フランス人は、「最も国際人なのは自分たちで、最もローカルでドメスティックなのがアメリカ人」と思っています。アメリカ人は「アメリカのルールが世界の標準」「アメリカのやり方が正しい」と思っています。誇り高いフランス人にとって、とても傲慢に思えるようです。

したがって、フランスで仕事をする際は、アメリカの話題を出した途端にフランス人を敵に回し、合意を得るのが難しくなったりします。

グローバル企業で、各国の事情や各国民の立場であるべき会社の仕組みについて議論すると、必ず国家間・民族間の軋轢に遭遇します。討議されている内容よりも国家間の比較をされること自体に抵抗があるからです。したがって、自社の向かうべき方向、標準を明快にして議論することが重要です。

5S(「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「しつけ」)の導入にしても、国家間や民族間の違いに基づくと、理解を得ることは難しくなります。社会インフラが整っていない国では、「なぜ、職場をきれいにする必要があるのか?」となるでしょうし。欧米においては「なぜ、清掃員の仕事を奪うのか?」という疑問が出てきます。

重要なのは、自社の目指す方向を自社のシステムとして明確化することです。まず目的を、5Sの結果として「品質の向上」と「顧客からの信頼と満足」が得られることを理解してもらい、それにより会社の売上や利益の向上につながり、最終的には社員全員の利益の向上につながることを丁寧に説明する必要があります。

もちろん、説明する際には「アメリカ・アズ・ナンバー1」のように「自国の仕組みが一番」という説明では理解が得られないのは当然でしょう。

「幸せな国ランキング」上位に北欧諸国が常に入っている理由

国際連合の「ワールド・ハピネス・レポート2019」、いわゆる「幸せな国ランキング」によると、1位は2年連続でフィンランドでした。次いで2位デンマーク、3位ノルウェー、4位アイスランド、7位がスウェーデンと、北欧諸国が上位を独占しています。

この調査は、「一人当たりGDP」「健康的平均寿命」「困ったときに助けてくれる友だち、親族がいるか」「人生で何をするか選択の自由があるか」「GDPにおける寄付実施者の割合」「政府機関に腐敗は蔓まん延えんしているか」「昨日楽しかったか」を10段階で自己評価したものです。

7回目となる2019年は世界156カ国を対象に調査が行われました。日本は2018年の54位から4つ順位を下げ58位でした。他の国はカナダ9位、イギリス15位、ドイツ17位、アメリカ19位、フランス24位、イタリア36位でした。アジアでは台湾25位、シンガポール34位、タイ52位、韓国54位、香港76位、中国93位、ベトナム94位でした。

北欧諸国は高い税負担を課す高福祉で知られ、社会保障や教育システムのモデルケースとされる場合が多いです。男女間格差も少なく、フィンランドは世界で唯一、父親が母親より学齢期の子どもと過ごす時間が長い国としても有名です。

また、スウェーデンのイケアはファッショナブルで機能的な家具などで日本でも有名です。携帯電話ではフィンランドのノキアや、スウェーデンのエリクソン。自動車では頑強で壊れにくい自動車としてスウェーデンのボルボがあります。ファストファッションではスウェーデンのH&M、ブロック玩具ならデンマークのレゴもあります。

スウェーデン、デンマーク、フィンランド、ノルウェーの4カ国を合計しても、人口はわずか約2600万人と日本の5分の1の規模です。それが、世界をリードする事業や税制、福祉制度を生み出してきました。もともと、ヴァイキングは、高い軍事・航海技術を持って海を渡り、欧州各国と交流を続けた歴史があります。ヴァイキングで培ったそういった異文化への浸透力が、国際社会のなかでの北欧諸国の強みとなって現代に生きているのかもしれません。

ビジネスエリートが実践している 異文化理解の全テクニック
齋藤 隆次
異文化人材マネジメント・コンサルタント。パイオニア・インダストリアルコンポネンツインク元CEO。ヴァレオ(フランス系大手自動車部品メーカー)ジャパン元社長。グロービス経営大学院経営学修士(MBA)、中小企業診断士。1955年福島県生まれ。国立電気通信大学経営工学科卒。在学中は、行動科学や品質管理を学ぶ。大学卒業後、大手電機メーカー・パイオニア株式会社に入社。40歳でアメリカ・ロサンゼルスに赴任し、北米事業全体を担当。メキシコ新工場設立プロジェクトのマネジメントにも携わる。44歳のとき、現地子会社パイオニア・インダストリアルコンポネンツインクのCEOに就任、経営合理化に辣腕を振るい、黒字化を果たす。帰国後ヘッドハンティングを受け、フランス系大手自動車部品メーカー・ヴァレオの日本国内事業部長に就任。ドイツ・フランス・日本の文化のはざまで会社再生に取り組む。50歳でアジア統括部長に、57歳で日本法人社長に就任。パリにあるヴァレオ本社リエゾンコミュニティメンバー(全世界9万人の社員のトップ30人)に唯一の日本人として名を連ねる。在任中は世界市場における日系顧客からの受注を3倍に伸ばすなど、業績拡大に寄与する。また、「和魂洋才」の考えの下、外国の経営システムや考え方の長所を取り入れつつ、和のコミュニケーションと融合させながら進めていく異文化人材マネジメントの手法を確立する。これまで日本国内外で接した外国人は20カ国以上、のべ5,000人以上に及ぶ。

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