経済概況・見通し

●(経済概況)10‐12月期の成長率は3期連続で2%程度の伸びが持続

米国の10-12月期の実質GDP成長率(以下、成長率)は、改定値が前期比年率+2.1%(前期:+2.1%)と4-6月期の+2.0%と合わせ、3期連続で2%程度の成長率となった。(図表1、図表7)。

需要項目別では、個人消費が前期比年率+1.7%(前期:+3.2%)と前期から伸びが大幅に鈍化した。また、民間設備投資が▲2.3%(前期:▲2.3%)となり、通商政策の不透明感を背景に製造業を中心に企業が設備投資を抑制した結果、3期連続のマイナス成長となった。

一方、住宅投資は設備投資とは対照的に+6.2%(前期:+4.6%)と2期連続でプラス成長を維持したほか、輸入が▲8.6%(前期:+1.8%)と大幅な落ち込みとなったこともあって、外需の成長率寄与度が+1.5%ポイントとなり成長率を大幅に押し上げた。

一方、20年に入り、中国で発生した新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大しており、経済への影響が懸念されている。本稿執筆時点(3月9日)の感染者数は中国国内で8万人超、死亡者数が3千人超となっているほか、中国以外でも100ヵ国で感染者数が2万5千人弱、死亡者が500人弱となるなど、新たな感染国の拡大に歯止めがかかっていない。

米国内でも、2月下旬に疾病予防管理センター(CDC)が新型コロナウイルスの継続的な感染が起きると警告した通り、19州で感染者数が合計164人、死亡者数が11人となっている。これまでの米国内の感染者数や死亡者数は限定的となっているものの、潜在的な感染リスクに対する懸念が高まっており、米資本市場ではリスク回避の動きが強まっている。株式市場ではS&P500指数の2月24日の週の週間下落幅率が▲11.5%となった(図表2)。これは、08年10月(▲18.2%)以来の下落率である。3月2日の週の株価は週間では上昇に転じたものの、投資家の不安心理を示すVIX指数は3月6日に41.9と11年9月以来の水準に上昇して週を終えるなど、株式市場は不安定な動きとなっている。

また、長期金利(10年国債金利)はリスク回避の資金流入により低下が顕著となっており、3月6日には一時0.66%の史上最低水準を更新した後、0.76%で引けた(図表3)。一方、信用格付けの低い高金利社債と国債のスプレッドは拡大しており、3月6日時点で16年7月以来の5.6%ポイントとなった。

米国経済の見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

資本市場の不安定化を受けて、連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は2月28日に緊急声明を発表し、政策金利の引き下げ方針転換を示した後、3月3日に臨時の連邦公開市場委員会(FOMC)会合を開催し、政策金利▲0.5%の緊急利下げを実施した。会合後に発表された声明文では、政策金利の引き下げを継続する方針が示された。

一方、資本市場の不安定な状況に比べると、これまで発表された企業景況感や消費者信頼感は比較的安定している。2月のISMの製造業指数は新型コロナウイルスの影響もあって、50.1と前月の50.9から低下したものの、好不況の境となる50は辛うじて上回った(図表4)。また、非製造業指数では57.3と前月(55.5)からの悪化予想に反して、1年ぶりの高水準に改善した。

もっとも、非製造業ではIHSが発表しているPMIのサービス事業活動指数では、2月が49.4と前月の53.4から急落して4年ぶりに50を下回るなど、急激な悪化を示す結果となった。また、3月4日に発表された地区連銀景況報告でも、新型コロナウイルスの感染拡大が旅行や観光業に悪影響を及ぼしているとの指摘があるため、足元では非製造業景況感も悪化しているとみられる。

消費者信頼感は、代表的なカンファレンスボード、ミシガン大学指数ともに2月は前月から改善しており、カンファレンスボードが19年8月以来6ヵ月ぶり、ミシガン大学指数では18年3月以来23ヵ月ぶりの水準となっている(図表5)。このため、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う消費者信頼感の悪化は、現状では確認できない。

米国経済の見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

もっとも、株式市場の大幅下落やCDCによる警告は2月下旬以降に発生しているため、消費者信頼感指数に影響がでるのは3月以降の統計だろう。実際に、2月下旬に実施された世論調査では新型コロナウイルスが米経済に影響を与えるかとの質問に対して程度の差こそあれ、9割近くがあると回答(1)しているようだ。

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(1)日本経済新聞(20年3月6日)の2月FT・米財団共同世論調査に関する記事

●(経済見通し)全米規模での集団感染が無い前提で20年は前年比+1.8%、21年+1.9%を予想

米国内での新型コロナウイルス感染者数や死亡者数の増加に伴い、感染拡大に伴う実体経済への影響が懸念される。実際に、電機やクレジットカード、アパレル会社などの一部米企業からは、新型コロナウイルスの影響に伴う業績の下方修正が発表されている。今後、感染が拡大するのに伴って観光や航空会社をはじめ、業績を下方修正する企業が増加しよう。

一方、現時点では新型コロナウイルスの感染がどの程度拡大し、感染の終息時期が何時になるのか見通せないことから、米実体経済への影響を定量的に評価するのは困難である。

当研究所は経済見通しの策定にあたって、新型コロナウイルスの米国内の感染拡大が4-6月期にかけて継続するものの、全米規模での集団感染は回避されることを前提とした。この前提の下、成長率は20年1-3月期に前期比年率+1.4%、4-6月期に同+1.6%と過去3四半期の2%成長ペースから鈍化すると予想した(後掲図表7)。成長鈍化は主に個人消費と民間設備投資の抑制によるものである。一方、長期金利の大幅な低下に伴い住宅投資の回復が持続するほか、新型コロナウイルスの感染対策などに伴う財政支出の拡大から政府支出の伸びは加速しよう。

7-9月期はコロナウイルスの感染終息に伴い、個人消費や民間設備投資が回復することから、成長率は+2.4%へ加速すると予想した。これらの結果、20年の成長率は前年比+1.8%と前回予想時点(19年12月)から▲0.1%の小幅な下方修正となる見込みだ。なお、21年の成長率は同+1.9%と前回から変更はない。

一方、経済見通し前提と異なり、新型コロナウイルスが全米規模で集団感染となる場合には、米国内の推定死亡率が比較的低水準に留まった場合でも、米景気後退リスクが高まると予想される。ブルッキングス研究所は、03年のSARSや06年の新型インフルエンザでの先行研究を踏まえた経済モデルに基づき、24の国や地域を対象に中国での感染状況の違いに基づく7つのシナリオを作成し、シナリオ毎に各国の人的被害や20年のGDP損失などについて試算(2)を行った。

このうち、米国の人的被害と経済損失の試算結果を図表6にまとめた。同試算では、新型コロナウイルスの集団感染が中国国内に留まっている場合には20年の米国の経済損失が実質GDP比で▲0.1%~▲0.2%ポイントと限定的となる見込みだ。一方、全米規模で集団感染となる場合には、発病率や致死率に応じて同▲2.0%~▲8.4%ポイントの損失が発生するとしており、20年のGDPはゼロからマイナス成長となる可能性が高い。

米国経済の見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

一方、金融政策は3月の緊急利下げを受けても資本市場が依然として不安定なことから、3月下旬のFOMC会合と4月会合でそれぞれ▲0.25%の政策金利の引き下げを実施すると予想する。もっとも、資本市場の動向次第では、3月の引き下げ幅は▲0.5%に拡大しよう。

その後は、新型コロナウイルスの感染終息に伴い、大統領選挙後の12月会合で+0.25%の政策金利引き上げに転じ、21年末の2.0%まで緩やかな政策金利の引き上げを継続すると予想する。政策金利見通しに関するリスクは、新型コロナウイルスの感染長期化に伴う政策金利の下振れリスクである。

長期金利は、米国内の新型コロナウイルスの感染者数の増加が続いていることから、当面金利は上がり難いとみられる。ただし、足元の金利低下は行き過ぎと判断しており、新型コロナウイルスの感染終息に伴い、20年末に1.6%、21年末には2.4%に上昇すると予想する。

米国経済の見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

上記見通しに対するリスクは、新型コロナウイルスに加えて、米国内政治である。11月の大統領選挙に向けてトランプ大統領が支持者向けのアピールから対中をはじめ、通商政策で関税策を強化する場合には、設備投資の回復が遅れるほか、消費に悪影響がでよう。

また、大統領選挙で民主党候補が勝利する場合には、トランプ大統領による経済政策からの軌道修正に伴う予見可能性の低下から米経済にはネガティブとなろう。民主党の大統領候補者選びは事実上、前副大統領のバイデン氏と上院議員のサンダース氏の2人に絞られており、現状ではバイデン氏が獲得代議員数でサンダース氏をリードしている。

バイデン氏が大統領選挙で勝利する場合には、政策面で規制強化や法人税率や一部富裕層に対する所得税率引き上げが見込まれるものの、国民皆保険などは回避されるほか、通商政策でトランプ大統領が賦課した追加関税の撤廃が期待されるため、ネガティブではあるものの、米経済への影響は限定的に留まることが期待される。

一方、サンダース氏が勝利する場合には国民皆保険や大企業・金融機関、富裕層に対する大幅な増税を掲げるとみられ、政策実現の可能性は低いとみられるものの、政策の予見可能性の低下から米資本市場が不安定化するなど、米経済には大きなネガティブ要因となろう。

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(2)過去のパンデミックの経験に基づく疫学的仮定を考慮して、ショックを経済ショックに変換して各国の労働供給おえ減少させる一連のフィルターを作成(死亡率と罹患率)。各国の生産ネットワークの破壊を含む事業コストの上昇や、各国の産品に対する消費者の嗜好の変化による消費の減少、各国企業の株式リスクプレミアムの上昇、疫病への曝露やマクロ経済状況の変化に対する脆弱性に対するカントリーリスクプレミアムの上昇などを反映。

実体経済の動向

●(労働市場、個人消費)足元で雇用増加は堅調、新型コロナウイルスの影響を見極め

非農業部門雇用者数(対前月増減)は、10年10月から20年2月まで統計開始以来最長となる113ヵ月連続で増加している(図表8)。また、20年初からの雇用増加ペースは、月間平均27.3万人増と19年の17.8万人増から加速している。さらに、失業率は3.5%とおよそ50年ぶりの低水準を維持しており、労働需給が逼迫していることを示している。

もっとも、2月の雇用統計では新型コロナウイルスの感染拡大に伴う影響は反映されていないと考えられており、労働市場への影響がどの程度あるかは来月以降の統計で確認する必要がある。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、企業業績の下方修正が続いていることから、企業の採用計画も下方修正される可能性が高い。現状では大企業、中小企業ともに依然として企業の採用意欲は強いものの、18年後半以降は大企業を中心にピークアウトもみられており(図表9)、今後、労働市場にどの程度影響がでるのか注目される。

米国経済の見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

一方、GDPにおける個人消費の伸びは前期から鈍化したものの、労働市場の回復持続、高水準の消費者信頼感など、個人消費を取り巻く環境は引き続き良好である。

また、貯蓄率は20年1月が7.9%と、19年初の8%台半ばからは低下しているものの、高い水準を維持しており、所得対比で消費余力を残す状況となっている(図表10)。

米国経済の見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

このため、20年も個人消費主導の景気回復は持続が見込まれる。もっとも、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、旅行や観光関連の支出が減少しているとみられるほか、株式市場が不安定になっていることから、今後、消費者信頼感の悪化や、感染予防のための外出自粛などの措置が発動される場合には個人消費には下振れ圧力とな