(本記事は、近藤駿介の著書『202X 金融資産消滅』ベストセラーズの中から一部を抜粋・編集しています)

国民の目に触れないお金だけを増やした異次元の金融緩和

金融市場
(画像=PIXTA)

ではなぜ政府と日銀はこうした株式市場に直接介入するという危険な行動に出たのでしょうか。それは、彼ら、少なくとも日銀は「異次元金融緩和」だけでは景気を押し上げられないことを自覚していたからにほかなりません。

黒田日銀は、2013年4月4日に「消費者物価の前年比上昇率2%の『物価安定の目標』を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」ことを高らかに宣言し、「金融市場調節の操作目標を、無担保コールレート(オーバーナイト物)からマネタリーベースに変更」し、「マネタリーベースが、年間約60〜70兆円に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行う」という「異次元の金融緩和」をスタートさせました。

ここで黒田日銀が金融市場調節の操作目標とした「マネタリーベース」というのは、世の中のお金の量を示すものです。「異次元の金融緩和」が始まった時のマネタリーベース増加の目標は年間約60〜70兆円でしたが、2014年10月31日の追加緩和「量的・質的金融緩和の拡大」で、その目標額は年間約80兆円まで10〜20兆円拡大されました。この年間約80兆円というマネタリーベースの増加目標は、2016年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」、いわゆるイールドカーブコントロール政策が導入されるまで続き、それ以降はマネタリーベースの具体的な増加目標は設定されなくなっています。

さて、一般にはマネタリーベースを増やすことと、世の中で流通するお金の量が増えることは同じ意味として扱われていますが、実際にはこの両者は同じものではありません。「異次元の金融緩和」は、日銀が国債を購入することで世の中のお金の量、つまりマネタリーベースを年間約60〜70兆円増やそうというものです。では、日銀がどこから長期国債を購入するかというと、それは銀行です。

皆さんにとって銀行は極めて身近な存在だと思いますが、正しく理解されていない業態の一つでもあります。銀行の本来の姿は利用者から預金という形でお金を集め、そのお金を企業や個人に貸出し、貸出金利と預金金利の差である「利鞘」で利益を出すというものです。銀行は貸出しなど業務に必要なお金の約7割を預金という形で集めています。しかし、預金で集めたお金の全てを貸出しに回せているわけではありません。2019年3月期の国内銀行111行全体で見ると、預金として集めたお金のうち貸出しに使われているのは3分の2程度です。

銀行は通常、貸出しに回さなかった、回せなかった資金は国債を中心とした有価証券で運用しています。「異次元の金融緩和」が始まる直前の2013年3月末時点では、銀行は預金やその他の方法で集めた資金全体(総資産)の52.5%を貸出に、31.2%を国債を中心とした有価証券投資に振り向けていました。

しかし、2013年4月から「異次元の金融緩和」が始まったことによって、日銀は銀行の保有する国債を、銀行が確実に売買益を得られるような高い価格で購入するようになりました。銀行にとって確実に売買益が得られることもあり、「異次元の金融緩和」が始まってから銀行の有価証券の残高は急激に減って行きました。2013年3月末時点では銀行は総資産の31.2%の有価証券を保有していましたが、2018年度にはその比率は20%を割込むところまで減ってきています。

銀行は保有する国債を日銀に売却することで、売却益を含めてその代金を受け取ります。しかし、もともと貸出しに回せないでいた余剰資金で有価証券を購入していたので、日銀から国債売却代金を受け取っても、その資金を簡単に貸出しに回せるわけではありません。それ故に、銀行は日銀から受け取った国債売却代金を貸出しに回すのではなく、そのまま日銀内の当座預金に預けることになったのです。

こうしたことができるのも、リーマン・ショック後の2009年11月から日銀が銀行の当座預金のうち所要準備額を超える部分に0.1%の利息を付ける(付利する)ようになっていたからです。日銀が付利している0.1%という利息は、国債の表面利率と同じであるため、銀行にとっては日銀当座預金に国債売却資金を寝かせておいても、国債を保有しているのと同じだけの利息を手にできるようになっているのです。それ故に、売却益を得られる価格で日銀に喜んで保有する国債を売却したのです。その結果、2013年3月末には銀行全体で総資産の5.6%であった日銀当座預金を含む銀行の「現金預け金」は、2018年度には21.7%まで膨れ上がっていきました。

こうして進められている「異次元の金融緩和」には二つのポイントがあります。

まず、日銀が銀行から国債を購入するための資金は、他から借り入れているのではなく日銀自らが生み出しているということです。そのため、資金的な限界はありません。ですから、日銀が銀行から国債を買えば買うほど世の中に新しいお金が放出される結果になるのです。「異次元の金融緩和」はこのような仕組みで「お金の量」を増やしているのです。

二つ目は、日銀が「異次元の金融緩和」によって生み出したお金のほとんどが「日銀当座預金」に戻ってきていることです。それは、日銀が生み出したお金のほとんどが民間には渡っていないことを意味しているのです。

「異次元の金融緩和」を始める直前の2013年3月末のマネタリーベースは134兆7413億円でしたが、2019年11月には517兆6305億円と382兆8892億円も膨れ上がってきました。しかし、同じ期間に「日銀当座預金」は47兆3674億円から405兆3420億円まで357兆9746億円も増えています。つまり、マネタリーベース増加分382兆8892億円の93.5%は国民に渡ることのない「日銀当座預金」の増加によって占められているのです。

多くの国民がイメージするお金というのは、現金、つまりお札と貨幣だと思います。しかし、このお札と貨幣の合計額が「異次元の金融緩和」が始まってからどのくらい増えているかというと、2013年3月の87兆3789億円から2019年11月の112兆2885億円まで24兆9146億円しか増えていないのです。

つまり、黒田日銀が「異次元金融緩和」によって大量の資金をばら撒いているといっても、そのほとんどは国民が目にすることのない日銀当座預金に入り、国民の手にまで届いていないのです。

金融市場で円安・株高が進み、企業収益が過去最高だという報道がされる中で、多くの世論調査でアベノミクスによる景気回復を実感できていないという回答が7、8割を占めているのは、「異次元金融緩和」によってばら撒かれたお金がほとんど国民にまで届いていないからなのです。

人が景気回復を実感するのは、収入や売上が実際に増えたり、増えるという確信を持てたりする時、つまりお金が自分のところに流れてきた、或いは流れてくる確信が持てる時のはずです。しかし、マネタリーベースの上では「異次元金融緩和」によって383兆円近いお金がばら撒かれたことになっていますが、そのうち93.5%が国民の目に触れることのない「日銀当座預金」に滞留し、実社会に流れているお金は25兆円程度しか増えていないのですから、景気回復を実感できる人が少ないのは当たり前だということです。

「異次元の金融緩和」を始めてから6年9か月が経過し、マネタリーベースは517兆円と日本のGDPに匹敵する規模まで膨らんできています。しかし、「2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」とした「2%の物価安定目標」は達成できるどころか、達成の目途すら立っていない状況にあります。物価が上昇しないのは、「異次元金融緩和」によってばら撒かれたとされているお金のほとんどが日銀内の「当座預金」に滞留しており、実社会のお金の量がほとんど増えていないからだと考えれば当然の結果だといえるのです。

2006年から2014年まで米国の中央銀行に当たるFRBの第14代議長を務めたベン・バーナンキは「デフレ克服のためにはヘリコプターからお札をばら撒けばよい」と発言し「ヘリコプター・ベン」という異名をとった人物でした。しかし、「ヘリコプター・ベン」が想定していたのはヘリコプターから民衆に向かってお金をばら撒くことであり、中央銀行の「当座預金」にお金をばら撒くことではなかったはずです。日銀の「異次元金融緩和」が「ヘリコプター・ベン」の主張した「デフレ克服」に繋がらないでいるのは、日銀がお金のほとんどを「日銀当座預金」にばら撒いているからにほかなりません。

202X 金融資産消滅
近藤駿介(こんどう・しゅんすけ)

金融・経済・資産運用評論家。1957年東京生まれ。早稲田大学理工学部土木工学科卒業。大手総合建設会社勤務を経て、31歳で野村投信(現・野村アセットマネジメント)に入社。ファンドマネージャーとして25年以上にわたり、株式、債券、デリバティブ、ベンチャー投資、不動産関連投資など、さまざまな運用を経験。90年代中頃には合計約8000億円と日本最大規模の資金を運用していた。現在は、評論家、コンサルタントとして活動し、テレビ、webメディア、雑誌などにコメント提供や記事執筆をしている。著書に『1989年12月29日、日経平均3万8915円』(河出書房新社、2018年)などがある。

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