(本記事は、ブレント・アダムソン氏、マシュー・ディクソン氏、パット・スペナー氏、ニック・トーマン氏の著書『隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法』実業之日本社の中から一部を抜粋・編集しています)

3分の1問題

隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法
(画像=Webサイトより※クリックするとAmazonに飛びます)

世界中の営業・マーケティング幹部が最も懸念する点がひとつあるとすれば、それは先行き不透明な時代が続くなか、取引規模、利益率、成長率が容赦ない下方圧力を受けていることだろう。CEOからは「2桁成長への復帰」を命じられているのに、気がつけば、これまでにないほど価格競争に巻き込まれている。

しかし、おそらく一番もどかしいのは、かつての2桁成長の推進力となった戦略がもはやいっこうに通用しないことではないか。幹部たちはどこかで道を見失ったのではないかと考え、「基本に戻る」ことを求める。「もっと規律ある実行を再徹底」するようチームメンバーに説くが、すでに通用しないことがわかっている方法をいくら極めたところで、業績は低迷を続け、みんなはやる気を失うばかりである。

あるグローバルな業務用香料メーカーの営業・マーケティング責任者は最近、次のように述べた。

「わからない。うちは業界トップです。製品は世界クラス、ブランドは一流、販売員も腕利きの者ばかりです。お客様が購買先を決めるとき、うちがサプライヤー候補として招かれないことは一度だってありません。毎回交渉の席につかせてもらってます」

「でもそのとき」

と彼は続けた。

「必ず候補企業が3社あり、うちはその3社のひとつなのです。これほどの強みがあるにもかかわらず、最後はいつも価格競争になります。それではビジネスが立ち行きません。当社のように高級品を扱っている会社は、そんなふうに利益率が下がるとやっていけません」

こうした異常にフラストレーションのたまるシナリオが、いまや驚くほど当たり前になった。重要と思われるあらゆる面で優れている会社が、にもかかわらず深刻なコモディティ化に直面している。

これがわれわれの言う「3分の1問題」である。あるサプライヤーが顧客の検討対象(あるいはお気に入りの対象)として選ばれる。なのに最後は他の2社との価格競争になる──。

これにどう対応するか?営業・マーケティングの責任者はたいてい次のように言うだろう。

「わが社が提供するすべての価値についてその対価を支払わない顧客がいたら、それはわが社が提供する価値を完全には理解していないからだ」。

そこでチームに対して、会社の提供価値(バリュープロポジション)を「研ぎ澄ます」よう指示を出す。販売員には、会社が多方面から顧客のニーズを満たし、さらにはニーズを上回る活動もしていることを「もっと手際よく」説明できるよう訓練を施す。マーケティングキャンペーンや販促資料を注意深く設計し直して、会社の「ベストインクラスの最先端ソリューション」や「深い顧客満足を提供する類まれな能力」をもっとうまく伝達しようとする。

それなのにいまは、サプライヤーが提供価値を的確に表現しようとお金をかけて努力しても、たいていの顧客の反応は「えっ!知りませんでした」ではなく、「ええ、知ってましたよ」に近い。

たとえば次のように、あらかじめ譲歩の姿勢を見せる客も多い。「おっしゃるとおりです。素晴らしい!貴社のソリューションは断トツです。ぜひいっしょにやらせてください!」

ただし、そのあとにこう付け加える。「だから、3社のうちの1社としてこの入札にご参加いただいたのです。ただし、貴社のソリューションも素晴らしいが、こちらの会社のソリューションも悪くない。それにずっと安い。もしその値段で貴社のソリューションが手に入るなら、決めようと思いますが!」

これではやっていられない。

類まれな価値を上手に伝えようと最大限努めても、今日の顧客はそれにお金を払ってくれるとはかぎらない(たとえ価値を認めていても)。少なくとも、2番目の選択肢が「そこそこ」であれば、あなたの提供する価値にお金を払ってはくれない。

つまりサプライヤーは、顧客に認知・検討・推薦してもらうという点での勝負には勝っても、「お金をいただく」という肝心な点ではまだ勝てていない。現代のソリューション販売の中心的ジレンマはここにある。サプライヤーの最大の競争相手は、ライバル企業の販売力ではなく、むしろ顧客の決断力なのだ。

この5年間、CEBの担当チームは、営業・マーケティングの能力と顧客の購買行動に関する大量の調査研究を用いてこの問題を掘り下げ、サプライヤーが過去の失敗を繰り返さないために何ができるかを知ろうとした。そこからわかったことは興味深い(少々厄介でもあるが)。

問題の本質は、サプライヤー組織が上手に売れないことではなく、顧客組織が上手に買えないことにある。そして、その問題の大部分は、顧客がソリューション購買のほぼすべてに関与する幅広い関係者の合意をなかなかとりつけられない点にある。

5.4人の興亡

顧客のコンセンサスは特別新しい課題ではない、とおっしゃる向きもあるかもしれない。たしかに、これは昔から聞く問題である。それに、2009年の景気低迷はこの問題をさらに悪化させた。コスト意識とリスク回避傾向の高まった意思決定者が、たとえ小さなことがらでもひとりで決めるのをためらうようになったからだ。

ただ、現在に話を戻すと、奇妙なのは、グローバル経済は重要と思われるほとんどの指標で大きく回復しているのに、顧客コンセンサスの問題は同じ時期にむしろ悪化している点である。営業幹部に対する最近の調査では、80%近くが、取引に関わる顧客関係者の数が増えつづけていると回答した。

なぜか?関係者が増える理由はいろいろあるが、以下が主なものになる。

(1)グローバルな経済危機のあと、顧客組織と顧客関係者が広くリスクを回避する状況が続いている。

(2)今日のソリューションの大半は技術的な要素を伴い、価格も安くないため、IT部門の関与だけでなく、オペレーションや調達担当の幹部による精査も必要となる。

(3)規制要件や情報保護手順が厳しくなるなか、それらを必ず守らなければならないと法務やコンプライアンス担当責任者が気を揉んでいる。

(4)政府の規制改革(とくに医療分野)により、顧客の事業運営や購買活動のあり方を業界全体で変革しなければならない。

(5)顧客が事業を全世界に拡大しようとする結果、各地域の新しいプレーヤーがプロセスに加わる。

(6)サプライヤーが提供するソリューションの大半は、顧客へのインパクトや価値を高め、使い勝手をよくするため、顧客サイドのたくさんの機能やタスクを統合するようになっている。

(7)新しい経営スタイルや組織構造の影響で、組織がフラット化かつネットワーク化し、頻繁な横の連携が重視される。

以上のトレンドの一つひとつが意味するのは、一般的な購買案件に関わる人が増えたということ、さらに、かつては関わっていなかった役割の人も関わるようになったということである。当然、そうしたトレンドが近いうちに反転する可能性は低い。要するに、予算権限者、インフルエンサー(影響力の強い人物)、エンドユーザー、外部コンサルタントなどなど、挙げればきりがないほど幅広い人たちを考慮に入れずに取引を成立させることは、いまや不可能に近い。

だが、コンセンサスをめぐるストーリーが進化を続けるなか、最も厄介なのは、「同意」すべき人の数が増えたことではなく、「署名」すべき人の数が同じように大きく増えたことである。2006年の頃はひとりの上級意思決定者と彼(彼女)のチームを口説き落とせばだいたいよかったが、現在のコンセンサス問題はもっと複雑になっている。50人の会社であろうが5万人の会社であろうが、いまは神話的な上級意思決定者が全員を代表して複雑な取引を単独で承認するケースはまず見られない。

多くの場合、実態は「委員会による購買」である。幹部社員のフォーマルまたはインフォーマルなグループの集団的コンセンサスが必要なのだ。ただし、それぞれの幹部がいわば拒否権を持っており、自分のニーズや優先順位に合わない取引にストップをかける。なおかつ、この問題は大手の顧客や戦略的な顧客にとどまらない。

従来は単一の交渉窓口を通じてビジネスが実行できていた中小の顧客にも、コンセンサスの問題が発生することがある。飲食業界のある営業リーダーが冗談交じりにこう言っていた。「家族経営の会社に売るときでも、夫婦の意見が一致するとはかぎらなくて」。中小企業であってもコンセンサス問題を免れない。

実際の数字を当てはめてみよう。一般的なB2B購買に関わる3000人以上の関係者に尋ねたところ、購買決定に正式に関わる人数は平均で5.4人になる、と顧客自身が答えている。誰かが「ノー」という可能性もそれだけある。サプライヤーとしてはいろいろな疑問が浮かぶ。

たとえば、その5.4人が誰かをわれわれは知っているのか?さらに言えば、その5.4人が誰かを顧客もわかっているのか?各人の興味関心はどこにあるか。当社のソリューションは彼らのニーズをどう満たすか。どうやって彼らを説得するか……。

顧客コンセンサスをめぐるこの新しい世界でクセモノなのは、たんに人数が5.4人なのではなく、5.4の異なる視点や考え方があるということだ。われわれが尋ねた顧客関係者の4分の3が、この5.4人は幅広い役割、チーム、部門、地域にまたがると答えた。これは相当面倒な問題である。同じような人が5.4人いるのではなく、新しい視点がそれだけ増えたのだ。

どんなサプライヤーにもこれと似たような話がある。たとえばITソリューションの販売者なら、いままでは顧客企業のCIOやその部下を訪ねていればよかった。だが、最近のITソリューションは他のビジネス分野にも関係するので(または技術的な要素に関わる意思決定事項が増えているので)、ソリューション(システム)の利用者に応じて、CMO(最高マーケティング責任者)やCOO(最高執行責任者)、人事責任者にも接触しなければならない。

さらに、ソリューションの対応範囲が広がっていることから、CFO、調達部門、はたまた地域責任者にも話をする必要があるかもしれない。それから、忘れてならない法務部(別名「販売防止部」)。実際、医療業界のあるマーケティング責任者は最近、次のように話してくれた。「うちにとっては5.4人ではなく、委員会が5.4あるようなものです!」

要は、業界に関係なく、どのサプライヤーも同じ問題を抱えている。以前はXに売っていたが、いまはX、Y、Z、さらにはA、B、時にはCにも売らなければならない。おまけに全員が違っている。違う優先順位、違う視点、違う権限。サプライヤーのソリューションがそもそもどういうものなのかに関する知識レベルも違ったりする。

それが現在の顧客コンセンサスの実態である。単なる数の問題ではなく、多様性の問題だ。これらのグループが集まって決定を下すと、まず間違いなく話は決裂すると思われる。

図1・1を見てほしい。

1-1
(画像=『隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法』より)

B2B購買に関わる3000人の顧客関係者へのアンケートで、「今後半年のあいだにこのサプライヤーからぜひ購入したい」と思うかどうかを1~10の10段階で尋ねた(半年以外の期間もテストし、ほぼ同じ結果を得た。半年のときに最大のサンプルを確保できた)。そして購買チームの人数に従って回答をマッピングした。

図1・1の折れ線には、明らかな下降線が2つ見られる。まず、購買の意思決定者が1人から2人になるだけで、購買可能性が80%から50%半ばへ大きく落ち込んでいる(たしかに夫婦の意見が一致するとはかぎらないらしい)。その後はしばらく横ばいが続き、5人を超えたところで購買可能性がまた30%程度まで低下する。

5.4人に売るサプライヤーにとって、これは見るに忍びないグラフである。左から右へ、「決められない」状態への片道切符。終着点は、一部の営業リーダーが「ソリューションの墓場」と呼ぶようになった場所か。

この調査結果はきわめて重要である。サプライヤーが抱えているのは販売上の問題というより、むしろ購買上の問題だということが初めて明らかになったからだ。その問題を引き起こしているのは、いまやどんなソリューション購買にも関わるようになった、多様な新しい登場人物たちである。

しかしサプライヤーにとって、これは受け入れがたい事実だ。どう対処したらいいか、わからないのだから。結局、顧客の多様化という問題は、サプライヤーが顧客に「法務や調達の方々が本件に目配りされる必要はないかと……」と言ってもなくなりはしない。その試みは短期的に奏功したとしても、長期的には高くつきかねない。あるグローバルメーカーの最高営業責任者は最近、次のように言った。

「去年、それと同じことを試したら、うまくいったのです!執行責任者以外は購買プロセスから外すことに成功し、記録的な短時間で成約となりました」

「問題は」

と彼は続けた。

「販売した製品を据え付ける段になって、以前に外した人たちがそのことに気づき、反対の大合唱で設置を妨げたことです。難しかったかもしれませんが、最初から彼らをプロセスに加えていれば、もっとうまくいったのにと思います。というのも、設置が難航したことでわだかまりが生じ、今後しばらくは私たちが外されそうだからです」。

あとの祭りである。だが、次のような疑問が生じる。顧客の多様性を完全には(部分的にも)なくせないとしたら、サプライヤーはそれにどう対応すればよいか?ますます多様化する顧客の購買集団に対して、どんな販売戦略をとるのが正解か?

隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法
ブレント・アダムソン(Brent Adamson)
CEBの金融サービス&顧客コンタクト・プラクティスのグループリーダー。『チャレンジャー・セールス・モデル』(海と月社)、『おもてなし幻想』(実業之日本社)の共著者。
マシュー・ディクソン(Matthew Dixon)
CEBの金融サービス&顧客コンタクト・プラクティスのグループリーダー。『チャレンジャー・セールス・モデル』(海と月社)、『おもてなし幻想』(実業之日本社)の共著者。
パット・スペナー(Pat Spenner)
CEBのセールス&マーケティング・プラクティスの戦略イニシアティブリーダー。
ニック・トーマン(Nick Toman)
CEBのセールス・プラクティス・リーダー。『おもてなし幻想』(実業之日本社)の共著者。

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