(本記事は、ブレント・アダムソン氏、マシュー・ディクソン氏、パット・スペナー氏、ニック・トーマン氏の著書『隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法』実業之日本社の中から一部を抜粋・編集しています)
教えるよりも忘れさせる
顧客の注意を引こうとしたら、当然、サプライヤーのコンテンツは何かしら価値あることを言わなければならない。だが顧客の行動変革を促すために、いったい何を言うべきか?どんなコンテンツにそれができるだろう?
それを解明するため、CEBのチームは数百人の顧客関係者に大規模なアンケートを実施した。すべてB2B購買の関係者で、主な産業、地域、市場開拓モデルを広くカバーしている。
もっと正確に言えば、顧客の現在の考え方(現状維持であれ、特定の行動指針であれ)に大きな影響を及ぼす「コンテンツ属性」を、データで明らかにしたかった。言い換えれば、次のような問いかけをした。「どんなサプライヤーコンテンツが、顧客の『私』から『私たち』への道筋に影響を与えるか」
ただ、「どんな情報に心動かされますか」と顧客に訊くだけではダメだ。彼らはたぶんわかっていないし、わかっていても認めないだろう。そこでまず、複雑なソリューションの最近の購買事例を思い出してもらい、購買プロセスの方向性がどの程度変わったかを1~7のスケールで評価してもらった。
またそれとは別に、顧客が購買プロセスの一環として消費するコンテンツのさまざまな側面(「読みやすさ」「妥当性」「データの質」「信頼性」など)にどれだけ価値を置くかを評価してもらった。
これら2種類の質問を組み合わせて、それぞれの要素が顧客の購買方向性を変えるうえで及ぼす影響を、統計的に明らかにできた。結果は興味深いものだった(図3・2を参照)。
何が重要かを見る前に、何が重要でないかを見ておこう。検証したコンテンツ属性のうち、統計的に有意だったのは2つだけである。それ以外はすべて、顧客の購買方向性を変えるうえで統計的に有意な影響をまったく及ぼさなかった。
たとえば、コンテンツが「利用しやすい/すぐに見つかる」という事実は、顧客が考え方を変える可能性とは無関係である。コンテンツが「興味深い事実やエピソードを含む」かどうか、「わかりやすい」かどうかも、やはり関係がない。
多くの点でそれは理解できる。コンテンツがすぐに見つかるとか、うまく書かれているとかの理由だけで、顧客が方針を変更するとは思えない。
だが、同じように有意でない属性のなかでも、かなり意外なものがひとつあった。「専門家の視点/スマートな視点を示す」というドライバー(要因)だ。
多くのサプライヤーにとって、この結果はたいへん興味深い。その属性は、世界中のほとんどのB2Bマーケターの戦略を映しているからだ。質が低く、妥当性のないコンテンツがあふれた世の中では、質の高いコンテンツを提供してこそ頭角を現すことができる、と多くのマーケターは考える。それはつまり、自分たちを業界の「ソートリーダー」と位置づける、独自のスマートな視点を表現することでもある。
コンテンツのみならずサプライヤーの能力をも差別化するには、ソートリーダーシップが欠かせないという考え方だ。質の高いソートリーダーシップを生み出す企業は、質の高いソリューションも提供できる。そこから信頼・信用が生まれ、顧客には「私たちはこの世界を熟知しています」「意思決定の前に私たちにご一報を」というメッセージが届く──。
実際、この5年間ほど、コンテンツマーケティングやマーケティングオートメーション技術の台頭に押されて、マーケターは多大なリソース(時間や資金)をソートリーダーシップのために投じてきた。それはまさに前記のような理由からだ。多くのCMOがわれわれに次のように語った。ライバルがひしめく市場では、油断するとすぐ陳腐化してしまう。そこで頭角を現すための戦略がソートリーダーシップである、と。
だが、もしそうなら、このデータは少々厄介だ。その戦略は顧客の購買行動を変えるうえで、統計的に有意な影響を及ぼさないのだから。とりわけ、サプライヤーの敵が顧客の現状維持である世界にあっては、控えめに言っても、それは気がかりな結果である。
では、顧客の購買行動の変化に対して、統計的に有意な影響力を持つ属性は何か?分析からわかったのは、たった2つのドライバーだ。
(1)顧客のビジネスについて新しい魅力的な情報を教える。 (2)なぜ行動を起こすべきかについて、説得力ある理由を顧客に提供する。
言い換えれば顧客は、世界全般ではなく、彼ら自身のビジネスに関する意外な情報に接したとき、現在の針路を考え直したり、従来の購買基準をリセットしたりする可能性が最も高い。もっと具体的には、行動を起こすことのメリットだけでなく、行動を起こさないことのコストについて説明した情報が効果的である。
この種のコンテンツを、われわれは「インサイト」と名づけるようになった(「コマーシャル」部分については、また後ほど)。販売員との会話を通じて提供されるにせよ、その他のコンテンツチャネルを通じて提供されるにせよ、インサイトは次の事実を顧客に対して実証することを目的としている。
いくら学習し、専門知識を持っていても、あなたは自社のビジネスパフォーマンスにとってきわめて重要な何かを見逃している──。それはたとえば、収益増、経費削減、リスク低減、新市場参入の新しい方法だったりする。いずれも顧客単独では発見できないような情報がもとになっている。
換言すれば、インサイトはたんに顧客が思いもしなかった新しい知見を教えるのではなく、顧客がすでに持っている情報を忘れさせるのもねらいのひとつである。
ここまでインサイトについて述べてきた。この概念は『チャレンジャー・セールス・モデル』でも最初から中心的役割を担っていた。その間、われわれはこの言葉をできるかぎり正確に定義するよう留意してきたが、全世界の企業と仕事をするなかで、何がインサイトかにとどまらず、何がインサイトでないかも慎重に定義する必要があることを知った。
インサイトはソートリーダーシップにあらず
「インサイト」という言葉はいま、「偽陽性」問題に直面している。インサイトと謳うたわれるものの多くが、もっと広範で、おそらくはもっと価値の低い「ソートリーダーシップ」のカテゴリーに属している。では、インサイトの意味をめぐって明確な境界線が引けるのかどうかを見ていこう(図3・3を参照)。
サプライヤーがインサイトの名の下に生み出すあらゆるコンテンツを考えたとき、そこにはいくつかの「層」があり、それぞれの層は境界線で隔てられていることがわかる。
まずは「一般情報」から。文字どおり、ほぼすべてのものを全般的にカバーする情報である。圧倒的な情報量なので、顧客はそれを取り込むよりもむしろ選別することに時間をかける。したがって、サプライヤーがインサイトを築く際にまずクリアしなければならないハードルは、顧客の注意を引き、話を聞いてもらうことである。
つまり、コンテンツ創出における最初のハードルは、インサイトの名前で何を生み出すにせよ、信頼性や妥当性を確保することだ。顧客に信じてもらえなかったり、自分たちには合わないと思われたら、サプライヤーの「インサイト」は注目を浴びないだろう。
もちろん、ひと口に信頼性といっても、その目標は場合によって変わってくる。サプライヤーのインサイトのいわゆる「立証責任」の程度によって、そのインサイトのもとになる情報がどの程度信頼できなければならないかが決まる。発見内容が意外であればあるほど、立証責任は重くなり、したがって証拠も確かでなければならない。
サプライヤーの公表する情報がその最初の条件をクリアしたとしよう。信頼性も妥当性もある。結構なことだ。しかし、それはまだインサイトではなく、いわば「認定情報」の仲間入りをしたにすぎない。
認定情報は信頼性と妥当性があるものの、正直な話、さほど関心を引かない。まあどこにでもある情報だ。擬似事実(ファクトイド)やデータポイントの形をとることも多い。インサイトの名の下に、実は認定情報でしかないデータを毎日山のように生み出している企業が、世間にはゴマンといる。例を挙げよう。
•CIOの90%が、クラウドコンピューティングが自社にとってどんな意味を持つか心配している。
•CEOの75%が、サステナビリティを優先事項に挙げながら、それをどうやって実現すればよいかわからないと認めている。
•全世界の労働者の80%が「仕事から切り離されている」と感じている。
いずれも興味深く、妥当で、信頼できる統計であるが、しょせんは統計にすぎない。インサイトではない。インサイトとデータは同じではない。さらに、このデータは何も目新しい情報を提供しない。クラウドコンピューティングが自社にとってどんな意味を持つか心配しているCIOが90%いるとは知らなかったとしても、それくらいたくさんいることは容易に推測できる。
それが認定情報の特徴である。相手が知らなかったことを言うのではなく、すでに知っていたことを確認・追認するのだ。
そのため、顧客は必ずしも情報を無視せず、それに目を通す。ダウンロードもするし、「いいね」と言ったりもするだろう。しかし、それに関わる行動を起こすことはない。少なくとも、何か新たに行動を起こそうとはしない。それでも、この手の情報をもとにつくられるコンテンツや販促資料は驚くほど多い。しかも、ことごとくインサイトの名の下に提供される。
次は何か?われわれが「ニュースバリュー」と呼ぶ境界線を越えてみよう。
相手に違う行動をとってほしければ、まず相手に違う考え方をさせなければならない。そのためには、ニュースバリューのある情報を示す必要がある。それが情報の第3層「ソートリーダーシップ」である。
興味深いことに、ここまでに説明したどのカテゴリーのコンテンツにも増して、ソートリーダーシップはサプライヤーを困惑させる可能性が高い。ほとんどのサプライヤーがこの種のコンテンツを作成しているという理由もあるが、それだけでなく、ほとんどのサプライヤーがこの種のコンテンツを作成したがっているのも理由である。マーケターの10人中ほぼ10人が、自社は業界の「ソートリーダー」になりたがっていると言うだろう。
ではソートリーダーシップとは何か?顧客単独では発見できなかったであろう、興味深く、ニュースバリューがある、追加的な情報だ。認定情報とは違って、ソートリーダーシップは新たな内容を付加する。単なる追認ではなく、教えるべき情報を含んだ新しい視点やデータを提供する。だから、公正を期して言えば、この第3層で初めて一定の指導が発生したことになる。ついでに言うなら、それはなかなか素晴らしいことだ。
だが、伝統的なソートリーダーシップの本当の限界は、必ずしも行動を喚起しないことにある。人はそこから学習するが、行動するとはかぎらない。「いいね」を押し、リツイートしても、アクションは起こさない。なぜなら、ほとんどのソートリーダーシップは既存のアイデアを批判するのではなく、新しいアイデアを提示することを重視しているからだ。だからいったんは注目を集めても、その効果は長続きしない。
「こいつはおもしろい!」とみんなが思うけれども、その後は元の日常に戻ってしまう。顧客の行動を変えさせるだけのパワーがないので、取引上の効果も大きくない。
さて、他に何があるか?次なるフィルターは「型破り」かどうか。本当の意味で「インサイト」と呼べるコンテンツであるための、最後にクリアすべきハードルだ。でもなぜ「型破り」なのか?われわれは、インサイトはまったく別物であると気づいた。それは現状をひっくり返すためのものだ。
だから、1つで終わらず、2つをなし遂げなければならない。(ソートリーダーシップのように)顧客ができるかもしれないアイデアを伝えるだけでなく、顧客がいまやっていることに関するストーリーを伝え、その行動のせいで思いのほか時間やお金がかかっているという事実を明確にするのだ。
それがカギである。現状の行動に伴うコストと、別の行動のポテンシャルを対比させるのだ。
優れたインサイトに内在するのは、「ねえ、それ間違ってますよ!」という簡潔なメッセージである。うまくいけば、「じゃあ変えなきゃ!」と顧客に言わせることができる。だから「型破り」なのだ。
多くの企業がめざす伝統的なソートリーダーシップからは、こうした結果は得られない。インサイトは顧客の需要をつくり、つくり直すための強力な手段である。現状の行動と、別の新しい行動とのあいだに認知的・感情的不協和を引き起こすのがねらいである。
優れたソートリーダーシップに対する顧客の反応は、「なるほど、スゴイ」。
優れたインサイトに対する顧客の反応は、「なんと、私は間違っていた」。
言うまでもなく、ずっと述べてきたように、そのメッセージの伝え方がとても重要である。インサイトが効果的であるためには(そして攻撃的でないためには)、プロらしく、如じょ才さいなく、共感を呼ぶように、そして文化的に正しく伝えなければならない。単なる緊張ではなく、建設的な緊張をもたらす必要がある。さもないと、インサイトというよりも単なる侮辱で終わる。
それでも、CEBチームがメンバー企業の生み出すインサイトについて検討するとき、われわれがまず尋ねるのは、「それを示すデータやグラフ、事実を見せてください。お客さんの目を見て『それは違う』と言うときのことを教えてください」。もしそのような瞬間が見つからないなら、それはたぶんインサイトではない。
CDKグローバル(かつてのADPディーラーサービス)の販売チームがよく言うように、「変わらないことの痛みは、変わることの痛みより大きい、と顧客に教えなければならない」。
ただ、これでおしまいではない。お金をもらえるようにする必要がある。どうすればいいだろう?
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