(本記事は、ブレント・アダムソン氏、マシュー・ディクソン氏、パット・スペナー氏、ニック・トーマン氏の著書『隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法』実業之日本社の中から一部を抜粋・編集しています)
正しい問題を解く
マーケターがコンテンツやメッセージの個別化などのB2Pマーケティングをめざすのは、結局のところ、購入するのは企業ではなくヒトである、という考え方からきている。その人たちをもっとよく理解し、彼らともっと上手につながらなければ、説得するのは難しいだろう。
しかし、われわれは各種の調査から次のように結論づけるに至った。ビジネスの世界でも、購入するのは企業ではなくヒトであるというのは正しい考え方だが、今日のB2B環境では、購入するのはヒトではなく、ヒトの集団であるという考え方も同じように正しい。
これらの集団の協働のしかたを理解しないと(つまりは集団レベルを考えず、個人レベルだけで売っていたら)、今日のB2B販売の最も重要なダイナミクスを見失う可能性が高い。そのダイナミクスとは、購買集団を構成する多様な個人を、現状より高次のビジョンを中心にいかに結びつけるかである。
なぜか?ちゃんとした理由がある。それはデータにも如実に表れている(図1.4を参照)。
関係者の多様性と、「関係者の機能不全」とわれわれが命名した要素との関係を調べると、両者のあいだには明確な関係があることがわかる。
まずは定義から。関係者の多様性は、購買意思決定に直接関わるさまざまな関係者の役割、部門、チーム、地域、優先事項の幅広さを表す。関係者の機能不全は、購買集団の構成員が重要な側面での協業にどの程度苦労しているかを表す。もっと具体的に言うと、ここでは以下の場合に関係者の機能不全度が上昇する。
(1)さまざまな関係者が話し合いのなかで公正な発言の機会をもらえない。 (2)関係者が購買に関する最も重要な事項について話し合いを避ける。 (3)関係者が購買の細部について何度も激しく言い合いをする。
これらはどれも、アンケート回答者に対して、購買集団の他のメンバーとどのように協業したかを尋ねることで定量的に測定できる。あなたも見覚えがあるはずだ。最近関わった集団購買について思い出したら、ここに挙げたケースの1つか2つは実際に経験しているのではないか(たとえば、顧客関係管理〈CRM〉ソリューションを購入した直近の事例を思い出してみよう)。
では、多様性と機能不全の関係を見てみよう。データは明確である。関係者の多様性が増すと、機能不全も劇的に増す。別の言い方をすれば、サプライヤーの売り先である関係者の多様性が拡大を続けると、そうした多様な個人から成る集団の機能不全レベルも劇的に高まる。
これは大いに理にかなっている。多様性の高い集団がうまく機能しにくいのは当たり前だ。全社から異なる(時に対立する)視点や優先順位を持つ人たちが集まって仕事をしていたら、意見の相違が1つや2つ生じるのは避けられない。個人的な衝突ではなく、おそらくは仕事上の衝突だ。それぞれが自分にとって納得がいく優先事項をめざして働いているからだ。
そんな環境では、集団の話し合いのなかで各人が理解し合うことはまずない。人間はさまざまな種類やレベルのグループエンゲージメント(集団の積極的関与)について、その費用と便益のトレードオフを慎重に検討する傾向がある。「意見を言いたくありませんし、自分の立場を強く主張したくもありません。どうせわかってもらえませんから。労多くして益少なし。ムダです」
あるいは「バカだ、利己的だ、支配的だ、弱気だ、チームプレーヤーじゃないと思われたくないので、発言は控えます」。
他方、押し出しが強すぎる者もいるだろう。気力で、話術で、はたまた数の力で集団を口説き落とそうとするから、周囲の異なる意見を理解できるはずもない。
そうした環境で集団のコンセンサスを得るのは、きわめて難しい。時間がたつにつれて忍耐力が失われ、あきらめが支配する。そんなふうに考えると、集団が何かで合意できるのは奇跡に思える!
とはいえ、それに甘んじる必要はない。顧客コンセンサスを築くという点では、データが一縷の望みを与えてくれる。多様性と機能不全の相関性が高いというだけでは、両者がつねにつながっているとは言えないからだ。
顧客の多様性はサプライヤーがどうこうできる問題ではないが、顧客の機能不全についてはできることがあるかもしれない。ただし、伝統的な営業・マーケティング戦略では、めでたく解決というわけにはいかないだろう。顧客の機能不全が高まっているなかで、「全員を追跡、全員を説得」式の手法がどう役に立つか想像してみてほしい。
機能不全問題の解決を想定した手法ではないから、問題解決には貢献しない。現在の営業・マーケティング戦術は目的がまったく違う。顧客関係者同士をつなぐのではなく、顧客関係者とサプライヤーをつなぐことに重きが置かれている。
サプライヤーの古い販売手法が顧客の新しい問題(購買をめぐる機能不全)の解決にいかに不向きかを明らかにするため、そもそも購買集団が何の合意に苦労しているのかを詳しく見ていこう。結局のところ、顧客が機能不全に陥る原因はサプライヤーとは無関係なので──。
「私」から「私たち」へ
顧客関係者が購買プロセスを前に進めるために通るべき各種ステージについて考えたとき、それはおよそ3つに絞り込むことができる。どれも非常に重要である。
(1)問題の定義 (2)ソリューションの特定 (3)サプライヤーの選定
このうちどのステージでも、顧客関係者が合意に達しない可能性があり、するとものごとが思うように進まない。
たとえば、ある企業が、データに基づく質の高い知見(インサイト)がないせいで、戦略的な意思決定ができないことに気づいたとしよう。どうすればよいか?まず、何がそもそもの問題かについて意見の一致を見なければならない。データの質か、データの数量か、データ収集か、分析力か?それとも、必要なデータはすべてあるのに、レガシーシステムのせいで有効活用できていないのか?いずれにせよ、解決しようとする問題をまず定義しなければならない。
問題の定義で合意できても、今度はどう対処するかが問われる。たとえば、データ分析が問題視されたとしよう。では、どうやってデータ分析力を向上させるか?
高性能の分析ソフトウェアを買うといった比較的単純な方法から、スタッフがデータを新しい切り口で扱うのに必要なツールを提供する、高度な分析に必要なスキルを養成するための教育研修や能力開発に投資するなど、やり方はいろいろある。
当然そのなかでも、比較的安いものや革新性の低いものから、高価なものや革新性の高いものまで、数多くの選択肢がある。しかし具体的な行動指針についての合意がなければ、その取引はどこにも行きようがない。
仮に、購買チームの全員が合意できるソリューションが特定されたとしよう。たとえば、新しい分析ツールの購入で意見が一致したとする。次なるステップは、さまざまなベンダーを見て回って、どこがニーズに一番合ったソリューションを提供できるかを判断し、全員が合意できるベンダーを選定することである。
これよりも複雑で入り組んだソリューション購買はざらにあるけれども、この仮事例からは、一般的な購買プロセスの各「意思決定ポイント」の相対的な難しさを知ることができる。
この分析で解明しようとしたのは、あるビジネスサービス企業の幹部の印象深い言葉を借りるなら、「わめき声や歯ぎしり」が社内で最高潮に達し、その取引が最大限の顧客機能不全にさらされるのはどの時点か、である。もっと身もふたもない言い方をするなら、その購買がどの段階でぽしゃる可能性が高いか──。
それを知るため、B2B購買に関わる顧客関係者3000人に対する調査のなかで、これら3つのステージの相対的難しさを評価した。それぞれ、個人の意思決定(「私」の決定)と集団的合意(「私たち」の決定)の両方を測定した(図1.5を参照)。
分析でまず判明したのは、集団の意思決定のほうが個人の意思決定よりずっと難しいということだ。全体として、3つの意思決定ポイントのそれぞれで、集団(「私たち」)の意思決定が個人(「私」)の意思決定よりかなり難しいことがわかった。この差は定量化できる。平均すると、集団の意思決定は個人の意思決定の倍近く難しい。あなた自身が関わった大型購買について思い出したとき、うなずける点があるのではないか。多様な購買集団に対して、われわれはこれだけの代償を払っている。
しかし、この分析結果でさらに興味深いのは、「私たち」の意思決定の難しさが3つとも同じではないということだ。「ソリューションの特定」がとくに難しいとされている。
つまり、問題があるという点では見解が一致しても、その問題を解決する最善策については意見が相当分かれることが、データから(日常的な体験からも)わかる。これは価値ある情報だ。サプライヤーが顧客コンセンサスの構築に時間と労力を割くとき、最も注力すべき場所は、サプライヤーとは無関係に、顧客が抱える問題に対する具体的ソリューションであるとわかるからだ。
また、分析からは、関係者のあいだで最も意見が分かれにくいのは「サプライヤーの選定」だということもわかる。なぜか?優先順位の高い明確な問題と、そのためにどうすべきかという行動指針について集団の意見がまとまったら、多くの場合、あとはどのサプライヤーが適切なソリューションを比較的安価に提供できるかを決めればよいからだ(「3分の1問題」を思い出そう!)。
だが、もしそれが事実なら、このデータからはさらに、たいていの販売員やマーケターがいままさにやっていそうなこと(何かをやっているとして)がわかる。伝統的に、すべてのサプライヤーが顧客関係者に合意させたい点がひとつあるとすれば、それは彼らの会社が偉大であるということだ。うちがナンバー1!お客様がすでにお探しのソリューションを何でも提供いたします!
そのメッセージはこんな具合だろう。「当社は、最先端イノベーションに支えられた革新的ソリューションを提供する世界有数の企業です。お客様中心の姿勢を貫き、さまざまな組織のニーズに応じて、これまでにない、幅広い価値創出の機会をお届けします。おまけに、環境にやさしい企業でもあります」
聞き覚えがないだろうか?すべてのサプライヤーが顧客に合意してもらいたい点がひとつあるとすれば、これがまさにそうだ!うちは市場リーダーです。ナンバー1ブランドです。ベストパートナーです。顧客のニーズを満たすだけでなく、ニーズを上回る製品・サービスを提供します!
サプライヤーはみんな、その点にフォーカスする。
だが、それがサプライヤーの合意形成努力の中心だとしたら、3つのポイントのうちひとつにしか対応していないことになる。しかも、そのひとつは顧客が最も合意しにくい項目ではなく、最も合意しにくくない項目である。同時に、紛糾しやすい残る2つのポイントについては、顧客に任せきりになっている。
したがって、購買の意思決定が行き詰まるとしたら、そのタイミングはほとんどのサプライヤーが思っているよりもたいてい早く訪れる。彼らの関心の中心がもっぱら、自社製品・サービスの価値について顧客の意見が一致しているかどうかである場合は、なおさらだ。
営業リーダーは部下の販売員が「早めに入り込む」ことを望むが、このデータからはっきりわかるのは、どうにか早めに入り込めたとして、彼らはその機会を使って、顧客が早めに直面している課題の克服を助ける必要があるということだ。しかも、その課題はサプライヤーの選定とはほぼ関係がなく、どの問題が解決に値するか、問題解決のためにめざすべきソリューションは何かと関係がある。サプライヤーが誰かは関係ない。
この手の不整合がいかに不幸を招くかを、ある医療機器メーカーのCMOの話から感じ取ってもらおう。彼はこのデータを見て、次のような話をしてくれた。かつて、彼の会社の販売相手は外科医だった。議論の中身は、その会社の製品とライバル製品の長所の比較である。どの会社の製品性能が優れているかをめぐる純粋な戦いだった。
ところがいまは、同じ病院を訪れると、席に就いているのはもはや外科医だけではない。外科医長、CFO、調達責任者、各種事務員など、多様な購買者たちが顔を並べている。したがって、このきわめて多様な購買集団が話し合うのは、どのサプライヤーの医療機器を買うかではなく、医療機器をそもそも買い足すのか、とか、その資金で新しい駐車場をつくって収入源を増やしてはどうか、などの内容になる。
多様な関係者が集まるとこんなふうになる。視点も違えば優先順位も違うので、機能不全が起こるのも無理はない。だが、どのサプライヤーを選ぶかをめぐる機能不全や対立ならまだしも、ほとんどの場合、それは、そもそもどんな問題に対処するか、どのように対処するかをめぐる対立である。
現実は厳しい。だが、サプライヤーの誤りもここからわかる。ソリューションを買ってもらううえで最大の障害(と思われるもの)を顧客が克服できるようサポートしているつもりでも、実は、顧客コンセンサスを勝ち取るための最大の課題は、サプライヤーのソリューションとはまったく関係ないのである。
さらに厄介なことに、顧客の主なコンセンサス課題は、売り手が登場してくるずっと前に生じている。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます