(本記事は、ブレント・アダムソン氏、マシュー・ディクソン氏、パット・スペナー氏、ニック・トーマン氏の著書『隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法』実業之日本社の中から一部を抜粋・編集しています)

まったく違う「顧客理解」

行動を変える
(画像=enciktepstudio/Shutterstock.com)

この10年ほど、「顧客理解」に対する関心が爆発的に高まっている。マーケティング部門が顧客の期待に応えるだけでなく、顧客の期待を上回りたいと考えているのが大きな原因だ。

そこで当然、彼らは莫大な時間、労力、資金を、自社が「世界クラスの顧客体験」を提供しているかどうかを知るための広範なツールの開発に投じてきた。顧客とのあらゆる接点で忘れがたい「喜びの瞬間」を提供するのがねらいである。

インタビューからフォーカスグループ、民俗学的実地調査まで、方法はいろいろあるが、その多くが依存しているのは最も実績があるマーケティングツール、すなわち顧客調査だ。とはいえ、その進化の度合いは著しい。顧客満足度から顧客ロイヤルティ、ボイスオブカスタマー(VOC)、ネットプロモータースコア、顧客体験へという具合に。実際、世界中の企業がこうした調査の結果を頻繁に参照し、それに基づいて大規模な戦略的意思決定を行い、莫大な資源を配分している。

しかしそれらの調査は、企業パフォーマンスをさかのぼって評価するうえでは有効だが、世界クラスのコマーシャルインサイトを先回りして構築するためには、ほとんど役に立たない。なぜなら、どの調査もまったく同じことを調べようとしているからだ。それはサプライヤーに対する顧客の認識である。

「私たちのことが好きですか」「私たちに満足していますか」「私たちにロイヤルティを持ちつづけてくれますか」「私たちを推奨してくれますか」。たしかに、どれも大切な観点ではある。だが、サプライヤーにしか焦点が当たっていない。顧客がサプライヤーのことをどう見ているか、は正確にわかるとしても。

コマーシャルインサイトのカギになるのは、サプライヤーをめぐるストーリーではない。焦点を当てるべきは顧客のストーリーであり、顧客が彼らのビジネスにとって重要な何かを見逃していないかどうかである。したがって、世界クラスのコマーシャルインサイトを築くためには、サプライヤーは自分たちが顧客からどう見られているかを必要以上に詳しく知る必要はない。むしろ重要なのは、顧客が自分自身をどう見ているかである。

驚いたことに、「顧客理解」の名の下に行われている調査などのうち、そこにスポットを当てたものはほとんどない。幹部クラスのマーケターでも、顧客が顧客自身をどう見ているかはわからない、と述べる人が実に多い。なかには、顧客としゃべることなどめったにないと言う人もいる。

だが、本当のコマーシャルインサイトを生み出すには、その種の顧客理解が欠かせない。顧客に「あなたは間違っている」と(上手に)言うためには、彼らのそもそもの考え方をまず理解するしかないからだ。その考え方を、われわれは「メンタルモデル」と呼んでいる。

メンタルモデルの構築と破壊

先に見たように、ソリューションの販売とは、顧客を変化させることにほかならない。

何も買わない顧客に買わせる、ライバル企業ではなく自分たちから買わせる、自分たちからもっと買わせるなど、販売チームの主なミッションは、顧客に現在の行動をやめさせ、新しく望ましい行動を起こさせることだ。

しかしいまや、顧客関係者個人も顧客組織全体も、サプライヤーと接触せずともみずから学べる時代。そんな時代の最大の課題は、顧客にいまの考え方を再検討させることである。それは特定の案件に対する購買基準かもしれないし、現状で「そこそこ」満足という強い信念かもしれない。

ご記憶のように、この課題には2つのレベルがある。まず、モビライザー個人に考え方を再検討させること。次いで、5.4人全員にその集団としての考え方を再検討させること。

でも、どうすればよいか?変革が可能であり、しかも望ましいということをどうやって信じさせるか?現在の行動から望ましい行動へのシフトを苦労して推進することに、そもそも意味があるのか(図3・5を参照)。

6-1
(画像=『隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法』より)

さて、最も一般的な方法は、行動を変えるとどんなに素晴らしい世界が待っているかを描いて見せることだ(ただし、顧客がそれを受け入れるかどうかは別の話である)。

そこでサプライヤーは、彼らのソリューションが下支えする世界のメリットやベネフィットをこれでもかとアピールする。ありとあらゆるデータを駆使して新しい行動のメリットを強調し、ROIを算出して行動変革による経費削減効果を示す。申し分のないクオリティ、最先端テクノロジー、信頼と実績、新たな方向性を受け入れることで得られる「隠れた価値」など、幅広い魅力を提示し、この新しい世界がいかに素晴らしいかという顧客の証言を紹介する。

しかし残念ながら、これだけ努力しても顧客の反応は芳しくなく、これまでの行動をまったく変えようとしない。サプライヤーは頭をかきむしって困惑するしかない。「どこで間違った?」「ROIの計算法を変えるべき?」「もっとよい顧客証言が必要では?」「ウェブサイトを設計し直すべきか」「緊急性を高めないと」「提供価値をもっとシャープにしないと」。これだけの内省、非難、批判が生じると、どれだけ協力的な組織文化も損なわれてしまう。

だが、なぜこれほど苦労するのか?顧客の購買行動を変えるのがなぜこれほど難しいのか?ほとんどのサプライヤーが十分理解していないのは、現在の行動が思った以上に深く根づいているということだ。たんに幅広い「組織慣性」が働いているからでも、サプライヤーのソリューションの優位性が理解されていないからでもない。原因はむしろ、世界のしくみに対する根強い考え方や思い込みにある。

心理学者はこれを「メンタルモデル」と呼ぶ。顧客のメンタルモデルはその行動のほとんどを決定づける。したがって非常に重要なものだ。

行動を変えたければ、まずメンタルモデルを変えなければならない。インサイトの実現のためには「型」を破る必要がある。別の言い方をするなら、顧客の行動を変える唯一の方法は、顧客の考え方をまず変えることである。

5.4人それぞれのメンタルモデルは大きく異なっているため、変えるべき考え方は1つではなく、もっとたくさんある。

それでも、われわれの調査からは次のことがわかっている。つまり、優れた販売員(「チャレンジャー」販売員)と優れた企業(「チャレンジャー」組織)は、顧客の現在のメンタルモデルを、その行動を変えさせるためのレバレッジポイントと捉えている。

だから優れたサプライヤーは、自社のソリューションの利点について顧客と話し合うのではなく、顧客の現在の考え方について話し合う。そしてその話し合いのなかで、顧客の現在のメンタルモデルを、如才なく、共感を呼ぶように、文化的に正しく、だが手順どおり粛々と破壊し、その誤りや不完全さを示し、お金や痛みを伴いすぎると思われている変化が、実は現状維持に比べてお金や痛みを伴わないことを明確に説く。

顧客の現在のメンタルモデルは誤っているだけでなく、顧客が思いもしなかったようなコストやリスクをもたらしている。変わらぬことの代償は変わることの代償より大きい──ということを、注意深く、相手の信頼を得られるように証明するのである。

それがしっかりできれば、コマーシャルインサイトの真の力が発揮される。変化が素晴らしい結果を招くことを説明するだけでなく、そのまま変わらないことが思った以上にマイナスになると教えるのがインサイトだ。同時に、ほとんどのサプライヤーはコンテンツ作成においてこの点を見落としている。顧客のメンタルモデルを理解し、それを別のモデルに置き換えるための、規律ある体系的アプローチが不足している。

要するに、顧客のあなたに対する考え方を変えさせるには、顧客の自分自身に対する考え方をまず変えさせるしか方法はない。

だから、顧客が自身のことをそもそもどう考えているかを理解する努力が大切である。そのような「顧客理解」がなければ、メンタルモデルをそもそも確立できない。そしてメンタルモデルがなければ、顧客のいまの考え方を効果的に転換できない。顧客の自身に対する考え方を知らなければ、その考え方を変えることはできない。

隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法
ブレント・アダムソン(Brent Adamson)
CEBの金融サービス&顧客コンタクト・プラクティスのグループリーダー。『チャレンジャー・セールス・モデル』(海と月社)、『おもてなし幻想』(実業之日本社)の共著者。
マシュー・ディクソン(Matthew Dixon)
CEBの金融サービス&顧客コンタクト・プラクティスのグループリーダー。『チャレンジャー・セールス・モデル』(海と月社)、『おもてなし幻想』(実業之日本社)の共著者。
パット・スペナー(Pat Spenner)
CEBのセールス&マーケティング・プラクティスの戦略イニシアティブリーダー。
ニック・トーマン(Nick Toman)
CEBのセールス・プラクティス・リーダー。『おもてなし幻想』(実業之日本社)の共著者。

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