(本記事は、ブレント・アダムソン氏、マシュー・ディクソン氏、パット・スペナー氏、ニック・トーマン氏の著書『隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法』実業之日本社の中から一部を抜粋・編集しています)
野心的な調査
CEBの営業・マーケティング班は数年かけて、複雑な販売というテーマをめぐる世界最大級のユニークなデータセットを構築した。この取り組みの一環として4つの調査を行い、「花形販売員はコンセンサスに基づく販売をどのように勝ち取っているのか」との疑問に答えようとした。
4つの調査のうち2つは販売員のパフォーマンスに焦点を当て、残る2つは顧客の購買行動に焦点を当てた。前者2つはまず、40社以上の花形パフォーマーと中核的(平均的)パフォーマー1000人以上からデータを集め、販売員の行動や信条を幅広く調査した。
販売員たちには、機会の発掘からプロセスの実行、ステークホルダーエンゲージメントまで、自分のさまざまな考え方や行動を評価してもらった。ねらいは、サプライヤーの優秀な販売員の日常的な振る舞いについて、できるだけ正確な像を描くことだ。調査の眼目は、花形販売員の取引の「実情」。いつものように、主な産業、地域、CEBの市場開拓モデルを広くカバーしている。
重要な点としては、「チャレンジャー」販売員だけを調べて結果が偏らないようにした。多くの企業がチャレンジャーモデルを積極的にめざしているのは知っているが、そこにとどまらず、できるだけ幅広い範囲を対象とし、調査結果が(チャレンジャーアプローチを採用している企業だけでなく)すべての企業や営業リーダーに当てはまるようにしたかった。それでも結果を見ると、花形販売員の行動には「チャレンジャー」的な要素が色濃く反映されているのは確かだろう。
販売員アンケートを回収したあとは、花形パフォーマーに構造化インタビュー(あらかじめ質問事項を決めた面談)を実施して、アンケート調査を補強すると同時に、彼ら独自の行動パターンを直接教えてもらった。この対話は実に興味深いものになった。
また、2つの顧客調査も同時に実施した。第一に、顧客コンセンサスが調査テーマなので、B2B顧客組織内の約600人の関係者にアンケートを実施。目的は、チームによる購買決定がどのようになされるか(誰がどのように関わるか)を突き止めることである。
第二に、B2B購買に関わる700人以上の顧客関係者に別途アンケートを行った。こちらは、変革を推進し、組織内に合意を形成するのがもともと上手な関係者がいるのか──それを探るのがねらいである。複雑な購買の経験がない人や、小規模な組織(従業員1000人未満)に勤務する人は対象者から除き、基準をクリアした関係者に、実際の購買体験に関する135問のアンケートに答えてもらった。
以上4つの調査からは大量のデータが得られたため、その整理には時間がかかったが、一歩引いてすべてを一度に眺めれば、花形販売員が実に独特の戦略を用いていることがわかる。たんに合意を見いだすのではなく、合意を築くための戦略である。マーケティングを担当する読者にとっては、質の高い取引からさかのぼって、花形パフォーマーがその取引を勝ち取るために何をしているかを知れば、提供価値の構築から需要創出、メッセージングまで、アップストリームマーケティング(顧客セグメントなど)の取り組みにも大いに参考になる。
新しいハイパフォーマンス戦略
営業の世界には、昨今のB2Pマーケティングへの移行を映したような表現が昔からある。売る相手は会社ではなくヒトである、と。顧客エンゲージメントが営業・マーケティングの核心なのだ。それはずっと変わらない。
結局、顧客と膝を交え、彼らの目を見て、契約を勝ち取ろうとしなければならない。それはアートでもあり、サイエンスでもある。だがいずれにせよ、研修、コーチング、ツールなど、あらゆる素材が結集される夢のような時間──少なくとも、取引を前へ進められる人物と話をしなければならない。
データによると、この会話に関して、花形販売員はまるで違う内容を違う方法で語るだけでなく(この点は「チャレンジャー」もそうである)、まるで違う人と話をしている。言い換えれば、売る相手がヒトというのは真実だが、花形販売員はさらにそのヒトを選んでいる。彼らはどのように売るか、そして誰に売るかを意識している。だが、それが誰なのかを見る前に、かつてはどうだったかをまず確認しておこう。
顧客エンゲージメントへの伝統的アプローチ
多くのサプライヤーが同意しそうなことがひとつあるとすれば、それは、成約を勝ち取るには、どこかの時点で上級意思決定者を探し出し、その人に会わなければならないということだ。したがって、販売員の時間の多くは、その人への接触を認めてくれる人を探すことに費やされる。だが、ソリューション販売が複雑化したいま、そうした伝統的営業の「物理学」はもはや通用しない。
実際、数百社の上級意思決定者(この伝統的手法の中心ターゲット)を調べたところ、彼らがサプライヤーの選択に際して一番気にするのは、そのサプライヤーが顧客組織全体で幅広く支持されているかどうかだった。言い換えれば、上級意思決定者が複雑な取引で最重要視するのは、サプライヤーのソリューションではなく、自社の賛同である。ちょっと考えてみれば、それも道理だとわかる。新しいソリューションに何百万ドルも使って、結果的にみんなに反対されたら目も当てられない。それは災いのもとである。クビも危ない。
このように、企業が顧客に売るソリューションが複雑化すると、当然、意思決定者は独力で決めることに慎重になる。その結果、販売員が苦労して上級意思決定者と面会し、説得力ある売り込みをかけても、最後はこんなセリフを言われてしまう。
「素晴らしい。ぜひ協力したい!でもその前に、この人に会ってもらわないと……あと、この人と、この人と、この人と……そうしたら準備はばっちりだよ!」
このような取引は、最重要とされる人の支持を得ても頓挫する危険性が高い。販売員が賛同者の口利きで重要人物に会い、その人を説きつけて成約と相成るような時代は遠い昔。合意形成の世界にあっては、全員が重要人物だ。いまでも「決裁権限者」や最終的な「意思決定者」はいるかもしれないが、実態はチームベースの購買である。
では、どうするか?販売員はそれでも誰かに会って話をする必要があるが、いったい誰に?
5.4人のなかで誰をまずターゲットにせよと、販売員に教えればよいか?多くの企業はいま、どうしているのか?
そこで、世界中の100人を超す販売リーダー、営業責任者、営業研修リーダーに、ステークホルダーマネジメントについて販売員にどう教えているかを尋ねた。すると、理想的な顧客関係者はこういう人だと販売員が教えられる属性はどれも似ていることがわかった。
この理想的な関係者は「賛同者」と呼んでもいいし、「指南役」と呼んでもいい。いずれにせよ、顧客組織のなかで購買意思決定の実情について助言し、そのプロセスの舵かじ取りを手伝ってくれる人に働きかけろというのが、その世界の常識である。
たとえば、接触しやすい人。サプライヤーに会って話をするのを厭いとわない人が必要である。また、サプライヤーの手に入りにくい貴重な情報を提供してくれる人。たとえば、顧客組織内の政治情勢に関する内部情報や、購買プロセスが実際どのように展開するかという有用な情報を提供できる人が考えられる。
それから当然、サプライヤーのソリューションをライバルのソリューションよりも支持する関係者が望ましい。同僚に影響を及ぼし、彼らをこちら側に引き寄せるのが得意な人なら、なおよい。そのためには他者に信用される人でなければならないし、もちろん、ビジネスケースを明確に説明して買う気を起こさせるだけの説得力も必要である。
また、正直で信頼できる人がいい。サプライヤーや同僚に真実を言う人、責任を最後まで果たすと信頼できる人でなければ、他の優れた特徴が無に帰す。理想的には、この関係者自身にも「一枚噛かんで」もらいたい。自分も利益を得る立場の賛同者であれば、もっと助けになる。そして最後に、販売員と他の関係者のネットワークを築き、最終意思決定者をはじめ、他のインフルエンサーをサプライヤーに紹介してくれる人。
やけに長いリストだ。いっそ最終意思決定者自身に直接かけあったほうが簡単では?論理的にはそのほうが単純明快に思えるが、その意思決定者が、決定を下すために必要な幅広い支持を得られるよう販売員を送り込んだりすれば、結局は同じことである。
われわれが探しているのは、たんに重役室へ導いてくれる人物ではなく、会社のあらゆる場所でわれわれの主張を述べさせてくれる人物である。だから、属性リストがここまで長くなる。
実際、これだけ長いリストが象徴するのは、ここ20~30年のソリューション販売活動を通じてベテランから新人、マネジャーからチームへと綿々と受け継がれてきた一般通念である。そして正直なところ、これらの属性が妥当でないと主張するのは難しい。このすべてに当てはまる顧客関係者を歓迎しないサプライヤーなどいないはずだ。
だが、ひとつだけ問題がある。CEBのあらゆる調査のあらゆるデータを調べてみても、こうした人は存在しないのである。
もちろん、どんな顧客組織でも幅広い関係者をあたれば、これらの属性をすべて見つけることができるだろう。だが、そのすべてを兼ねそなえた人物はまずいない。
なぜそれが問題か?「売る相手はヒト」だからだ。売る相手は属性ではない。販売員は、こうしたリストをもとに営業するとき(頭のなかに入れていることもあれば、トレーニングマニュアルに書かれていることもある)、それが別々の特徴を列記したものとは考えず、実在の人物の記述だと考えやすい。その結果、存在しない人を探して膨大な時間を費やしてしまう。
だが当然、平均的販売員はどこかの時点で選択を迫られる。誰かと話をしなければならないからだ。これらの属性をすべてそなえた人は見つからないため、最低でも一部をそなえた人で妥協せざるをえない。
だが、どの属性を優先すればよいか?ビジネス推進の点で優先すべきものがあるか?それをどのように見分けたらよいのか?
販売員はそれ以上のアドバイスはもらえず、自身で推測しなければならない。しかし、その選択は容易ではない。この理想的な賛同者を見つけてこいと販売員に命じるのは、網を持たせて森へ放り込み、「一角獣をつかまえてこい」と言うようなものだ。みんなそれなりの創造性を発揮するので、手ぶらで帰ってくる者はほとんどいないが、獲物はせいぜい大きなヤギか、やせたサイ。四つ足で角つのがあるけれども、同じではない。一角獣も存在しないからだ。
正しい選択をしようと誠意を尽くす平均的販売員だが、結局は間違いを犯し、花形販売員が成約のために頼る人物を通り過ぎてしまう。
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