(本記事は、和中清氏の著書『中国はなぜ成長し、どこに向かうか、そして日本は?』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)
【中国経済から考える】住宅建設と需要
住宅の経済へのインパクト
中国の成長要因を考える時、住宅需要の影響は非常に大きい。日本経済も高度成長過程で住宅需要が多大な貢献をした。都市の郊外に住宅団地が造成され、国民は「マイホーム」を夢見て、働きバチと揶揄されながら長時間労働に耐えた。
筆者の幼い時、テレビで米国のホームドラマが放映されていた。そこには芝生のある庭、大きな電気冷蔵庫があった。子供たちの誕生日にはキャンドルをたてた大きなケーキが映った。当時の日本の家庭の冷蔵庫は氷屋さんで氷を買い使っていた。「芝生のあるマイホーム」「電気冷蔵庫」は憧れの生活の象徴だった。
そして日本の経済も成長をはじめ、憧れの電気製品を買える家庭が増えた。日本の国民が三種の神器と呼んだ「テレビ、冷蔵庫、洗濯機」に憧れたのは1960年頃である。まず三種の神器を手に入れ、その後住宅ブームが始まった。
中国人にとっても「マイホームの夢」は日本人と同じだ。改革開放前の中国では「私の家」は夢だった。国の住宅で暮らすことが当然の姿だった。そこに土地使用権制度が導入されて「私の家」が建てられた。そして皆が夢に向かい走った。13億人もの国民が一斉に夢に向かう、経済に与えるインパクトでこれ以上のものはない。
過熱を冷やす巧みな政策
「土地使用権制度」は住宅の個人所有を可能にして住宅市場に火を点けた。中国の経済成長の突破口ともなったのは「土地使用権制度」である。それにより人生最大の買い物、財産である「私の家」への転換が図れた。
だから「社会主義市場経済」と「土地使用権制度」は改革開放の二大発明であると言える。「私の家」が経済に与えたプラスの効果は計り知れない。
だが日本では、多くのメディアや知識人が中国の住宅市場を「バブル」の象徴で語り、「バブル崩壊」「中国経済崩壊」という論に導いた。イソップ物語の「狼少年」のように「中国経済の崩壊」を言い続ける人は今もいる。
「13億人の住宅市場」は世界に類を見ない。過去の経験から答えを導く経済理論ではその市場は読めない。だが、日本では「中国の特殊性」を考えずに狭い日本の経験だけで中国の住宅市場が語られた。「中国は既に不動産バブル崩壊が進行中、その驚愕の内容」「始まった中国経済の厳冬」、これは2014年の日本のウェブニュースの見出しである。
これらの記事では、国家統計局発表の4月の住宅価格動向が掲載された。それによると、全国70都市の新築住宅価格は下落が8都市だった。だが、ウェブニュースの見出しはなぜか「驚愕」「厳冬」だった。
当時、中国指数研究院が発表する100都市の住宅価格は、2014年4月までの連続23カ月、前月比で上昇が続いていた。北京、上海、深圳、広州の4大都市は2013年9月から連続3カ月、前年同月比での上昇率が20%を超えた。低下の原因は、市場の過熱を抑えるための金融引き締め、購入制限や政府保障の低価格住宅建設促進だった。政府保障住宅は2011年まで3000万戸が建設され、さらに5年計画で3600万戸が計画されていた。また住宅ローン規制、2戸目の住宅や外地人の購入制限などの「限政策」も影響を与えた。
2006年〜2010年の北京の住宅販売数の37%が北京以外の人や外地企業の購入で、その購入制限は市場に大きな影響を与えた。
中国の経済政策は成長と安定のバランスが重要である。豊かさの追求と共に過熱も抑えなければならない。成長に重点を置けば、過熱が物価を押し上げ生活を脅かす。だから市場の熱を冷ます「限政策」は常につきまとう。住宅だけでなく車も北京や上海や深圳では購入制限がある。それだけ13億人の経済の舵取りは難しいということでもある。日本のように政府がお金を市場にばら撒けばいいという単純なものではない。政府は住宅や車の「限政策」を取り入れ、経済を安定した成長に導いている。ここにも「社会主義」による「市場経済」の巧みなコントロールがあった。
特殊性を読む
「驚愕」「厳冬」と日本で報道された時、中国経済は「房冷車熱」、住宅需要は冷え込み、車の販売は好調だった。2014年5月までの5カ月でアウディは2010年の年間売上を達成し、世界販売台数の30.5%を中国で占めた。その年1月のベンツの販売は前年比45%増で米国を超えていた。
2010年から2014年にかけ日本の多くの経済誌も成長率低下や住宅価格の下落で「中国リスク」「中国の終わり」「中国危機の真相」などの特集を組み、中国経済のリスクを報道した。
ある経済誌は「高度成長は終わり、輸出と投資という経済成長の2大エンジンは減速。これを産業の高度化や構造改革で乗り越えようとしている。どこから手をつければいいのかわからないほど中国には問題が山積している」と報じた。もし彼らが「中国の成長要因」を振り返る時、そこにどんな言葉が発せられるのか聞いてみたい気もする。
故意の情報操作はともかく、中国経済への誤解には、大きく物事を捉え判断する能力を衰えさせる社会の細分化の問題もある。木ばかりに目が向き森を見なくなるからである。「中国バブル崩壊」の日本での報道がそうである。
13億人もの国の歴史や社会環境、発展の経緯、住宅への国民の思い、政策などを考えることなく、日本のバブル崩壊から中国を連想して結論づけてしまう。
またイエスかノーで結論づける明快さが読者にうけるからでもある。
「驚愕」「厳冬」が日本で報道された時、中国でも住宅の“空き室率”から住宅市場の先行きは暗いと報道された。
下図に見られるように、中国の住宅販売が大きく増加したのは1998年頃である。
1986年の住宅販売面積は1835万㎡、2012年の販売面積の1.86%に過ぎない。1986年から1990年の5年間の合計でも2012年の12% である。つまり13億人の大半の人々が90年代の後半から一斉に住宅取得に向かった。
1977年の都市化率は17.52%、1981年に20.16%、1991年に26.9%、2012年に52.6%である。住宅を持たなかった人々が都市化とともに一斉に住宅取得に向かったのだから市場も過熱する。
中国の住宅市場を支えたのはバブルでなく実需である。
2012年頃、筆者は担当するコラムで次のように述べた。
- 「1991年から2012年までの中国の住宅販売面積は79.7億㎡、1戸平均80㎡とすれば9961万戸である。それで計算すれば都市家庭の住宅取得率は40%程度になる。都市人口には、すぐには住宅取得の対象にならない人もいる一方で、40%の取得者には投資や子供たちの将来に備え、複数の住宅取得者もいる。また小産権房など一般市場の外での住宅取得者もいる。60%が2012年の未取得率とは断定できないが、農民工など、これから住宅を取得する人たちも考えた場合、中国にはまだ大きな実需の市場も残る」
日本では、夜に灯りが点かない住宅で「中国バブル崩壊」を指摘する意見もあった。灯りが点かない住宅にも中国の「特殊性」がある。
中国では住宅は結婚のために重要である。だが買った住宅に住まずに交通便利な両親の家に泊まり職場に通う夫婦も多い。そのため灯りが消えたままになる。さらに日本の住宅市場との違いは「都市化」の進展で、そこには実需が拡大していく住宅市場がある。中国経済を読むには「森」を見て、「特殊性」を捉えることが大切である。