弁護士に求められる「聞かないスキル」とは?
そこで必要になってくるのが「聞くスキル」だ。
「事故の訴訟や離婚裁判、遺産相続など、個人の感情が影響する案件に携わる弁護士は、総じて聞き上手です。依頼人の話が長くても、『そこは関係ないのだが』と言いたくなるような昔話が始まっても、絶対にさえぎらずに真摯に耳を傾けます。これは一見無駄なようで、一番重要なプロセスです。この段階で信頼を得ることが、その後のコミュニケーションの基盤になるからです」
ちなみに山口氏自身が多く担当したのは企業法務。ここでは逆に、「聞かないスキル」が求められる場面が多かったという。
「相手側企業の弁護士が話しているとき、プレッシャーをかけるためにわざと目をそらしたり、書類に目を落としながら首をひねったり、これ見よがしに同僚と内緒話をしたり。非常に嫌な人物を演ずるわけですが(笑)、交渉を有利に導くために、これもまた大事な技術でした」
無関心や不賛成を示して話し手の自信をくじくのが「聞かないスキル」なら、その正反対のことを行なうのが聞くスキルだ。
「目を合わせる、うなずく、あいづちを打つ。これを徹底して行なっていらしたのが有働由美子さんです。一度お会いした際、なんとあちらから『コメントをされる際、気をつけていらっしゃることを教えてください』とご質問を受けました。大先輩にお教えできることなど……と恐縮しながらお答えしたら、すかさずノートを出されてメモまで取られるのです。関心を全力で示される姿勢に驚き、とても嬉しく感じたのを覚えています」
全員を「インクルード」するワンランク上の技術
司会やアナウンサーを務める人々の「聞く技術」は際立っている、と山口氏。
「高橋真麻さんもその一人です。仕事でご一緒したときに感じたのは、その場にいる人全員が会話に参加できるよう気を配られているということ。質問を投げかけ、全員を『インクルード』する達人なのです」
ハーバード大学法科大学院在学中は、アメリカの人々のインクルードの姿勢に助けられたと振り返る。
「言葉の壁もあって会話にうまく入れない私に、『真由はどう思う?』『日本の法律ではどうなっているの?』と、答えやすい質問を投げかけてくれる人がいました。その人には今でも感謝していますし、仕事ができる人ほどこの技術に長けていると感じます。ビル・クリントンやイヴァンカ・トランプも、パーティで輪に入れない人を会話の中心に引き寄せ、誰一人疎外感を抱かないようにする優れた会話テクニックを持っているそうです」
このテクニックはビジネスを有利に運ぶ手段としても活用される。
「例えば会議の席。優れた進行役は参加者全員に目を配り、どのメンバーにも一度は発言を促し、要所要所で文脈を整理しつつ合意へと近づけていきます。ただ、中には『全員の意見を聞いた末の決定』という体を取りつつ、さりげなく自分の望む方向へ結論を近づける人も」
良きにつけ悪しきにつけ、こうしたハイレベルな聞き方は、全体像を把握する力量があってこそ発揮できるものと言える。
「結論までのステップを組み立て、『ここでこの人に聞こう』『次に、この人からこんな話を引き出そう』と考える、まさに指揮者的な能力ですね。近年、情報番組の司会者にもこのタイプの方が増えています。自ら意見を言うのではなく、コメンテーターに『言ってもらう』──各々に適したタイミングで質問を投げかけ、引き出した発言を構成する、新しいリーダーシップの形だと思います」
これらの達人を間近で見るにつけ、聞くことは話すことより難易度が高い、と感じるという。
「話すことは、自分の考えが明確にありさえすればできますが、聞くことは他者の思考の領域に入ることです。それを引き出し、理解し、複数の話し手がいれば各々を組み合わせる。非常に高度な技と言えるでしょう」