(本記事は、和田秀樹氏の著書『「ボケたくない」という病』世界文化社の中から一部を抜粋・編集しています)

拒否
(画像=PIXTA)
Q 認知症で拒食になる人もいるのですか?
認知症の人は「食べたことを忘れて、いくらでも食べる」という話はよく耳にします。「認知症になると過食する」というイメージが強いのですが、反対に、食べなくなることもあるのでしょうか?
A さまざまな原因で食べなくなる認知症患者もいます。
食べ方がわからない、うまく飲みこめない……。さまざまなことが原因となり、食事を拒否する認知症患者もいます。

解説

「食事拒否」は認知症の周辺症状のひとつです

認知症になると食行動に異常が出てくることがあります。よくあるのは、さっき食べたばかりでも食べたことを忘れて次々と食べ物を口にする、いわゆる過食行動です。

認知症患者は脳の食欲中枢にダメージを受けて満腹感を感じにくくなっている人もいますから、食べても食べても、まだ食べる……というようなことが起こるのです。一般的には、食べたことを忘れてまた食べようとするのは、満腹感を感じていないとき。ですから、カロリーの低い食品を食べて満腹感を感じると過食が治まることがほとんどです。

一方、食事拒否になる認知症患者もいます。認知症の人に限らず、高齢者は活動量が少ないため、食欲が湧かないことは珍しくありません。1食、2食抜く程度なら問題はありませんが、ずっと続くなら、認知症の周辺症状にあげられる「食事拒否」が疑われます。

重度の認知症の人の食事拒否の原因のひとつとして、目の前にあるものが食べ物だと認識できないことがあげられます。認知症では、視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚の五感を働かせて状況を把握するのが難しい「失認」という症状があらわれてきます。これによって、自分の前に出されたものが食べられるものかどうかわからないから口にしない、という可能性があるのです。

食べ方がわからないことも食事拒否の原因になります。認知症には、以前は当たり前のようにできた行為ができなくなる「失行」と呼ばれる症状があります。ごはんだけ食べない、汁物には手をつけないなど、特定のものだけ口にしないような場合は、この失行が原因で食べ方がわからなくなっていることも考えられます。食事をしようとしているけれど、手が止まって戸惑っている様子があるなら、失行の可能性が高いでしょう。ただし、この症状が出るのは重度の場合に限られます。

無理強いせず食べてもらう工夫が大切

また、認知症の人は集中力が続きません。そのため、周囲の環境の影響を受けやすく、ちょっとした環境の変化や刺激で食事どころではなくなる場合があります。テーブルの高さが合わない、照明が暗い、周囲がざわざわしている……。ほんのちょっとしたことでも、認知症の人は気になってしまいます。安心して心地よく食べられる環境でないと、気が散ってしまって、食事拒否につながることがあるのです。

このほか、義歯が合っていなかったり、嚙み合わせが悪かったりと、口の中のトラブルを抱えているなら、それも認知症患者が食事拒否をする原因。食事拒否の陰に、食べ物や飲み物がうまく飲みこめない嚥下(えんげ)障害が隠れていることもあります。この場合は、飲みこむことでむせてしまうために、不快になって食べるのが嫌になるのです。

このように、食事拒否の背景には、さまざまな要因があります。いずれにせよ、食事拒否が続くと、周囲は食べない理由を問いただしたり、なんとか食べてもらおうと強く食事を勧めたりしがち。しかし、周囲の人のこうした行為によって、認知症の人は、食事の時間自体が不快なものとなり、かえって食事拒否が強くなってしまう場合もあります。

高齢者はエネルギー必要量が若いころにくらべて少なくなっているとはいえ、食事量が足りなければ低栄養になってしまいます。その結果、体重が減少して生命維持が難しくなったり、感染症にもかかりやすくなったりしてしまいますから、食事拒否は深刻な問題です。決して無理強いをせず、食べる気を起こしてもらう工夫が大切ということです。

ボケたくないという病
(画像=「ボケたくない」という病)

Q 認知症の人の心の中はどうなっているの?
認知症の人は、自分の異変を感じて不安になったり、「できないことがふえて情けない」などの思いを抱えていたりするのですか?認知症の人の心の中はどうなっているのでしょうか?
A 初期段階では不安やもどかしさを感じています。
認知症初期なら、自分の異変に気づいて不安になったり、認知機能が思いどおりに働かないことで、とてももどかしい思いをしています。

解説

さまざまなネガティブ感情にさいなまれます

認知症の初期であれば、物忘れが顕著になってきたりして、自分に何か異変が起きていることに気づきます。そうなると、「自分に何が起きているのだろうか」「この先、どうなってしまうのだろうか」などと考えて、不安でたまらなくなるでしょう。認知症になると人とのコミュニケーションがうまくとれなくなってきますから、孤独を感じもします。

かつては当たり前のようにできたことができなくなったりして、「どうしてこんなこともできないんだろう」と、自分でも情けないと感じもします。また、家族から注意されることがふえてきて、「バカにされた」などと屈辱感を覚えることもあるはずです。

「家族に迷惑をかけて申し訳ない」「今までのように役に立ちたい」と思うのに、結局迷惑をかけて、役に立たない自分にもどかしさを感じていることもあるようです。

認知症になると、「認知資源」がへってきます。認知資源とは、注意・集中・自制など脳が活動をするときに使う「頭の余裕」のこと。これがへってくると、普通の人が5つ覚えられることを2つしか覚えられない、普通の人が同時に3つできることをひとつしかできない、といった状況になり、ひじょうにもどかしさを感じてしまうのです。

認知症の人はへってしまった認知資源をめいっぱい使って余裕がありません。思いどおりに認知機能が働かなくてもどかしい思いをしているところへ、できないことを責められたり、何かを強制されたり、急かされたり、子ども扱いされたりすると、心の中には嫌な印象だけが残り、それがストレスとなって問題行動につながってしまうこともあります。

認知症の初期では、このように、さまざまなネガティブ感情にさいなまれるのです。

介護保険料,40歳
(画像=Monkey Business Images/Shutterstock.com)

Q 日中、終始眠そうな高齢者は認知症ですか?
かつてはアクティブに行動していた父親が、近頃は日中も家の中で眠そうにしていることがふえました。寝不足でもないのに日中、ずっとうとうとしている高齢者は、認知症が疑われるのでしょうか?
A 認知症の周辺症状かもしれません。
夜はしっかり寝ているのに昼間もうとうとしているなら、「傾眠(けいみん)傾向」の可能性があります。これは、軽度の意識障害の一種で認知症の周辺症状のひとつです。

解説

高齢者のうとうとは単なる居眠りとは異なる場合が

日中うとうとするのは、高齢者にはよく見られることです。若くて健康な人でも、睡眠不足で昼間に居眠りをすることがありますが、高齢者のうとうとは、単なる居眠りとは異なり、「傾眠傾向」が疑われます。

「傾眠」とは軽度の意識障害の一種で、声を掛けたり、軽く肩を叩いたりするなど弱い刺激で意識を取り戻し、呼びかけにも反応しますが、放っておくと、再び眠ってしまうというもの。薬の副作用、内科的疾患、慢性硬膜下血腫、脱水症状などいろいろな原因が考えられますが、高齢者の場合、認知症も傾眠傾向を誘う大きなファクターです。傾眠傾向は、認知症の周辺症状のひとつとしてあげられています。認知症に傾眠傾向が出てくるのは、無気力になることと関係しています。認知症初期には無気力状態になることがあり、これが原因で、昼間の覚醒している時間に脳の興奮作用が起こりにくくなり、傾眠傾向が強くなるのです。また、老人性うつの可能性も視野に入れる必要があります。

いずれにせよ、夜はしっかり寝ているのに昼間もずっとうとうとしているようなら、傾眠傾向が疑われます。しかし、夜間は起きていて、その代わりに日中うとうとしているようなら、傾眠ではなく、睡眠サイクルの昼夜逆転の可能性があります。高齢者の睡眠は浅いものですが、認知症の人はさらに浅くなり、さまざまな睡眠障害が生じます。なかなか寝つけない入眠障害があったり、眠りが浅くて夜中に何度も起きてしまったりする人が大勢います。重度の認知症の場合、1時間でさえ連続して眠れなくなるのも珍しいことではありません。

認知症の中核症状のひとつに、自分がいる場所や日付、時間がわからなくなる見当識障害がありますが、これもまた、睡眠を妨げる原因になります。自分がどこにいるのかわからず、不安になって家中を歩き回ったりして、結果的に寝不足になってしまうのです。

こうした夜間の不眠とともに、昼寝をすることがふえていき、認知症の人は、昼夜逆転の不規則な生活リズムに陥るようになってしまいます。こういう場合は、睡眠導入剤が有効なことが多いので試す価値があるかもしれません。そうしないと介護者が倒れかねないからです。

ボケたくないという病
(画像=「ボケたくない」という病)
「ボケたくない」という病
和田秀樹
1960年大阪生まれ。1985年、東京大学医学部卒業。老年精神科医。国際医療福祉大学大学院教授。和田秀樹こころと体のクリニック院長。『自分が高齢になるということ』(新講社刊)ほか著書多数。

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