(本記事は、八木龍平氏の著書『成功している人は、なぜ聞き方がうまいのか?』日本文芸社の中から一部を抜粋・編集しています)
人の器は聞く力で測れる
●人の話を聞ける人は信頼、尊敬される
あなたの職場や取引先には、こんなタイプの「偉い人」はいないでしょうか。
周りに部下や後輩たちを集めて、ずっと自分の話をしている。それは説教だったり、自慢話だったりします。それだけでもあまり歓迎されないのに、しばしば態度も大きかったりもする。
自分が話したがりの割には、人の話には聞く耳を持たない。だから、その人が中心になっている「会議」や「打ち合わせ」は、周りの人が「はい、はい」「そうですね」「けっこうなお話ですね」と、うなずくだけになってしまう。
こういう人は、たしかに地位や権力を持っているという意味では「偉い人」なのですが、残念ながら尊敬はされません。
本人はいい気分で話しているけれど、他の人から大事な話を聞かせてはもらえません。悪い意味で「ワンマン社長」といわれる人はこのタイプですね。
一方で、部下や若い世代の話をよく聞く人、立場は上なのに、人の話に耳を傾ける姿勢のある人は尊敬されます。
「器が大きい」と評価されるのはこんな人です。
自分と異なる意見でも、ちゃんと受け入れられる。自分が知らないことを誰かが知っていたら、その話に謙虚に耳を傾けられる。
つまり、聞き上手な人は、器が大きい。人間の器は「聞く力」で測れるというのは、そういうことです。
そして聞く力の基本は、違いを理解する能力「エンパシー」です。
●偉くなるほど聞く力が落ちる理由
聞き上手な人は器が大きいこと。たぶん誰でも理解はできると思います。にもかかわらず、ついつい年を取るほど、経験を重ねるほど、人の話に耳を傾けられなくなってしまうのは、なぜでしょうか。
組織の中で偉くなるほど、聞く力が落ちてしまう人がしばしばいるのは、どうしてでしょうか。
それは「不安になりたくないから」です。
不安に耐えられなくなればなるほど、聞く力は落ちます。
人間は、知らないことに対して不安になります。
わからない状態は、心が不安定な状態です。
たとえば会社員なら、新卒で入社したてのときには何もかもわからないことだらけです。当然、不安になる。これを解消するには、一生懸命に人の話を聞くしかありません。
しばらく経験を積むと、どんどん知識が溜まっていきます。経験も増えていきます。すると、わからないこと、知らないことが減る。
自分の知識と経験で、なんとかやっていける──という、一応は安心できる状態になる。当然、この安定した状態でずっとやっていきたい、と思います。
すると、どうなるか。
へたに人の話を聞いて自分の知らないことに出合ったり、自分が「わからない」問題に気づいてしまったりするのは、めんどうくさい。せっかく安心できる境地に至ったのに、また不安を感じなければいけないからです。
こんな心の動きで、人の話を聞かない、器の小さい「偉い人」が生まれてしまうというわけです。
●大切なのは「わからないことに耐える力」
一方、人としての器が大きい、聞き上手な人はどうでしょうか。
聞き上手な人は、「知らないこと」「わからないこと」を恐れません。
もちろん、人の話を聞いて、知らないことやわからないことに出合ったら不安にはなります。
けれども、この不安から逃げない。不安と一緒にいる。不安をちゃんと見つめることができる。そうすることによって、より深く、広く聞くことができるのです。
言い方を変えると、自分の常識と違うこと、知らなかった知識や価値観を人から聞かされたとき、やみくもに否定しないし、簡単に「わかるよ」「だよねー」と同調もしない。
「わからない」状態に耐えながら、話を聞き続けることができる。
すると、話し手はより深いこと、自分でも意識していなかったことまで話せる。だから聞き上手と評価されるわけですね。
このように、「わからない」「知らない」ことに耐えられる力、「わからない」「知らない」ことの不安と一緒にいられる力。
これを、作家で精神科医の帚木蓬生さんは「ネガティブ・ケイパビリティ」と呼びます(『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』朝日新聞出版)。
ケイパビリティとは、平たく言うと問題を理解したり、解決したりする能力のこと。つまり、「わかる」力です。
常識的には、1を聞いて10を知るようなケイパビリティ、あっという間に正解にたどり着いて問題を解決してしまうようなケイパビリティこそが素晴らしいもの、身につけるべき能力だとされています。
しかし、私たちはこれまで、この常識は必ずしも正しくないことを見てきましたね。そう、簡単にわかってしまうこと、軽々しく「正解」に飛びつくことは、聞き上手になるためにはマイナスに働くこともある。
本当の問題に気づけなかったり、偽りの「正解」に飛びついてしまうことだってある。これは、昨今のデマやフェイクニュースの問題ともつながっています。
コロナ禍のあおりで、デマでトイレットペーパーがなくなる事態とか、ありましたね。それでもまだデマと判明すればわかりやすいのですが、たとえばマスクをする派・しない派で、アメリカ国内は、口をきかない関係になるほど対立しました。
日本でもアメリカほどではなくとも、自粛する派・しない派など、対立はあるでしょう。
こっちが正しいと結論が明確なら、対立はありません。しかし、そんな単純な問題はなかなかなくて、専門家でも見解が分かれることは多々あります。
そんないまだからこそ、逆方向のケイパビリティ──つまり、すぐには「わからない」「解決できない」こと、いわば宙ぶらりんで不安な状態に耐える力、すなわち「ネガティブ・ケイパビリティ」が大切だ、と私は思います。
ちなみに、「ネガティブ・ケイパビリティ」という概念を最初に唱えたのはイギリスの詩人、ジョン・キース(1795─1821年)です。帚木さんは、精神科医としていかに患者の話を聞き、深く理解するかを研究するなかで、この考え方に出合ったのだそうです。
精神科のお医者さんやカウンセラーのような、いわば「プロの聞き上手」にかぎらず、すべての「聞き上手になりたい人」にとって、ネガティブ・ケイパビリティという考え方は役に立ちます。
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