本記事は、堀内都喜子氏の著書『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ社)の中から一部を抜粋・編集しています

一人当たりのGDPは、日本の1.25倍

MaaS
(画像=PIXTA)

現在、フィンランドの一人当たりのGDPは約5万ドル(2019年、IMF)で世界16位。日本は約4万ドル(24位)だ。

石油やガスといった天然資源が乏しく、気候的にも厳しいが、国土の7割は森林で、豊かな水を蓄えた湖もたくさんある。従って主要な産業は伝統的に製紙・パルプ・木材といった森林資源を活かしたものだ。

他に金属、機械産業、さらに最近は電気・電子機器、情報通信も強みの1つだ。国内の市場規模はわずか人口550万人でそれほど大きくないため、輸出中心にならざるをえない。

かつて90年代の経済危機から復活するきっかけを作り、10年ほど前まで携帯電話で世界に名を轟かせたノキアも、100年以上の歴史を持つフィンランドの会社だ。

現在は、携帯事業ではなく、B to Bの通信事業に注力しているため、昔ほど一般的に名を聞くことはなくなったが、いまだにフィンランドを代表する企業の1つであることは変わらない。現在、5G、6Gといった次世代通信技術の開発で、世界におけるノキアの存在感は大きい。

また、日本にもファンの多いアパレルのマリメッコやガラス製品のイッタラ、陶器のアラビア、家具のアルテックなど、フィンランドのデザインブランドは世界でも知られるようになり、経済効果以上に国のイメージ向上や、北欧ブームのけん引役として貢献している。

マクロ経済の安定は世界1位

世界経済フォーラム(WEF)が141ヵ国・地域を対象に「革新力」「労働市場」など12の指標で調査して比較する国際競争力ランキングによると、2019年、フィンランドは世界で11位(日本は6位)だった。この調査の指標の中で、フィンランドが世界1位だったのは、マクロ経済の安定と制度。特に、マクロ経済の分野では、インフレーションや政府負債残高の項目が高く評価された。

制度においては、治安の良さや報道の自由、法の中立が保たれていること、公的機関の効率の高さなどが評価され、世界1位となった。さらに、技術適応力の高さという指標も、スイスに次いで高くなっている。

逆に、弱点は何か。1つは輸送を含むインフラ整備で、欧州の中でも端にあり、人口密度が低いゆえの問題が指摘されている。さらに、労働市場において、フィンランドの順位はそれほど高くない。

意外かもしれないが、フィンランドではオープンに人員を募集していても実際は、知り合いに声をかけて雇用することも多い。賃金制度もあまり柔軟ではなく、頻繁にあがることもない。外国人の人材登用も他の欧州の国と比べると少ない。競争力を高めるにはそういった部分で改善の余地がある。

日本も、硬直的な労働市場や、女性の労働参加が不十分という点で、労働市場の項目は弱点となっているが、長寿を背景に「健康」は世界トップだ。さらに、日本とフィンランドを比較すると、フィンランドが強いマクロ経済は日本が42位、技術適応力は28位で、違いが大きい。

特に日本は「学校教育の長さでは世界屈指なのに、不十分な教育方法で技能の格差を拡大させている」と指摘されている。また、批判的な思考能力の教育においては、フィンランドが1位、デジタルスキルやスタッフトレーニングでも上位に入っている一方で、日本は87位にとどまっている。

インフラや教育が高く評価されている

さらに、スイスのビジネススクールIMD発表の2019年版「世界競争力ランキング」の国際競争力では、フィンランドは15位(日本は30位)だ。このIMDの国際競争力を判断する基準は、経済のパフォーマンス、経済の効率性、ビジネスの効率性、インフラと大きく分けて4つある。

日本の場合、他が良くともビジネスの効率性が若干足を引っ張り、順位を下げていた。フィンランドはインフラや教育、制度などが高く評価された一方で、他に比べて経済のパフォーマンスに課題が残る。

経済成長が弱く、雇用や国際投資が前回より改善したとはいえ、トップレベルとは言えない。さらに、燃料の値段が高いことも指摘されている。ただ、これは高い税金によるもので、それは環境面で考えれば一概に悪いこととは言えない。

こういった経済指標でフィンランドが突出しているとは言い難いが、それでも石油やガスなどの天然資源があるわけでもなく、人口規模が小さい中で、かなり健闘していると言えるのではないだろうか。

ヨーロッパのシリコンバレー

そしてここ最近、フィンランド経済を語る上で欠かせないのが、スタートアップの興隆である。ヨーロッパのシリコンバレーと言われるほど、様々な技術とアイデアを融合させたスタートアップがたくさん生まれている。

世界的に成功する企業も続々と誕生し、環境、医療、教育から衛星事業まで幅広い分野でスタートアップが急成長している。

特にITを用いて個人がスピーディーかつ簡単に移動できるようにするMaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)の分野では先進的な企業が生まれ、日本企業からも大きな注目を浴びているし、ゲーム産業でもRovioやSupercellのように世界で大人気のゲームメーカーがフィンランド発で、さらにVRやARといったxRの研究開発も盛んだ。

かつて若者は、ノキアや大きな製紙メーカー、機械メーカーで働くことを目標としていたが、今は起業に可能性を見出している人も少なくない。政府機関も起業家支援や産学連携支援を積極的に行っている。

さらに、北欧のバランスのとれたライフスタイルに、高いレベルの教育、確かな技術を持ったエンジニアが揃い、様々な支援も身近にあるとして、スタートアップやイノベーションに適した国という称号が、ブルームバーグなど様々な国際ランキングやメディアで使用されている。

ロックフェスのようなスタートアップの祭典

そんな盛り上がりを示す一例が、Slushと呼ばれる、ヨーロッパ最大規模のスタートアップの祭典だ。スラッシュは英語でぬかるみを意味するが、毎年11月、フィンランドが最も暗く、天候的に魅力のない時期にこのイベントは開かれる。

もともとは、起業に対してもっとポジティブな社会や文化を育てることを目指したムーブメントで、起業家と投資家を結びつけるため2008年にヘルシンキで第1回目が開催された。その時集まった参加者は300人。それが10年後には世界130ヵ国以上から約2万人が集まるものへと成長している。

イベントには誰でも参加できるが、スタートアップ起業家、投資家、そしてジャーナリストが主だ。メインステージでは名だたる世界経済界のキーパーソンや起業家がスピーチをし、サブステージではスタートアップが投資家を前にピッチングと呼ばれるビジネスアイデアの発表をする。

さらに様々な企業や自治体、関連機関のブースがあったり、あらゆるところで人々が交流する姿が見られたり、外の天気とは裏腹に会場の中はとにかく熱い。しかも、堅苦しい従来のビジネスイベントの雰囲気は皆無で、ロックフェスティバルに来たかと錯覚してしまうほどだ。

そして何よりもこのイベントがユニークなのは、運営が学生中心に行われていることだ。何百人もの大学生たちが自主的に参加して企画、準備、当日の運営など全てをカバーする。

はじめはなんとなく軽い気持ちでボランティアとして参加した学生が、成功した起業家を間近で見て、スタートアップ文化に触れ、「かっこいい!クール!」と感化されることも少なくないようだ。

それは各国の投資家や起業家も同じで、現在、ヘルシンキだけでなく、東京、上海、シンガポール、ニューヨークといった都市でも同じコンセプトのイベントが開催されている(東京は2019年を最後に名称を変更)。

フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか
堀内都喜子(ほりうち・ときこ)
長野県生まれ。フィンランド・ユヴァスキュラ大学大学院で修士号を取得。フィンランド系企業を経て、現在はフィンランド大使館で広報の仕事に携わる。著書に『フィンランド 豊かさのメソッド』がある。

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