本記事は、堀内都喜子氏の著書『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ社)の中から一部を抜粋・編集しています

16時を過ぎると、みんな帰っていく

労働時間,賃金,ワークライフバランス
(画像=docstockmedia/Shutterstock.com)

外国人から見てフィンランドの仕事文化で一番いいことは何かと問われれば、多くの人が「ワークライフバランス!」と答えるだろう。

フィンランド人は長時間の残業をほとんどせず、休みもきっちりとる。就業時間内はしっかり働くが、それと同じぐらい休みも大切にするし、全ての人にそれが徹底されている。フィンランド人はどんな風に働いているのだろうか。

フィンランドでは、8時から働き始める人が多く、16時を過ぎるころから一人、また一人と帰っていき、16時半を過ぎるともうほとんど人はいなくなる。金曜の夕方ともなればなおさらだ。それは不思議なほど、どこの業界でも徹底されている。

かつて留学していた大学も、16時過ぎになるとフィンランド人研究者や教授はほとんどいなくなってしまい、残っているのはたいがい外国人か、夕方の授業を担当する講師のみだった。

以前、フィンランド系の企業で働いていた時も、日本のお客様が15時、16時にミーティングをしようとすると、フィンランド人はあまりいい顔をしなかった。帰る時間が近いからだ。逆に、朝早い8時や9時は大歓迎なのである。

最近は、仕事の開始時間や終了時間を柔軟に決められるフレックスタイムを採用している企業が多い。もちろん業種によって多少事情は違い、シフト制の仕事だと時間厳守は避けられない。だが、通常のオフィス勤務であれば、状況に応じて出社時間や退社時間を決めることができる。

冬至のころは太陽がほとんどのぼらないが、4月も過ぎると6時に朝日がのぼり、夜8時まで外は明るい。すると、早めに仕事に来て、15時ごろには家に帰るという人も増える。通勤時間が長くかかる人や子どもを送ってから来るという人の中には、遅めに来る人もいる。

ただ、どちらかというと早く来て、早く終わらせて、家族や趣味に時間を費やしたいという人が多いように感じる。就業時間やコアタイムと言われる必ずいなければならない時間をきちんと守っていれば、文句を言う人はいない。

この徹底ぶりは、企業レベルの努力というより、国や社会全体の常識と言ったほうがいいだろう。非常にシンプルに、決まりは決まり、休むことも社会人の権利で、人間誰しもそれが必要という認識がきっちり共有されている。

法律で決められている1日8時間、週40時間以内の勤務時間は守られるべきで、よっぽどの理由がない限り、残業はしてはならないし、雇用主もさせてはいけない。それは、官公庁でも、大企業でも、中小企業でも同じで、雇用経済省のデータによると、多くの業界では平均的な勤務時間は40時間よりも短く、週37・5時間だそうだ。

それは、医師も例外ではない。地域のヘルスセンターで働く医師の就労時間は週38時間と15分。ある外科医からは、こんなエピソードを聞いたことがある。前の手術がおして、自分が執刀する予定だった手術の時間が後ろにずれこんでしまい、このままでは定時で帰ることは無理になってしまった。

すると「執刀医をあなたから、次のシフトの医師に替えるから、普通に帰っていいよ」と言われたそうだ。手術の内容によってはそうできないこともあるのだろうが、極力、決まった勤務時間を守ろうという文化がよくわかる。

さらに3歳未満の子どもがいたり、子どもが小学校に上がる時など、法律で決められているよりも柔軟に時短勤務を認めている企業も多い。だからといって、やらなければならない仕事の量が大きく減るわけではないので負担は増すが、それによって、家庭や仕事の両立がしやすくもなっている。

残業しないのが、できる人の証拠

だが、何かの事情でどうしても残業が必要な場合がある。その時は、事前に上司の許可をとったり、上司がそれを望む場合は、本人の意思を事前に確認したりする必要がある。残業はお金もしくは休暇で補償されるが、どちらも企業にとってみれば損失になる。会社の損失を少なくする上でも、休日出勤や残業は極力避ける方向にある。

そして、仕事を終えて、また次に仕事に行くまでに11時間のインターバル(仕事をしない時間)を設けることや、週に1度は35時間の休憩をとることも法律で決められている。

だが、一部の人がまだ仕事をしているのに15時や16時に会社を出るのは後ろめたくはないだろうか。フィンランド人は「人は人、自分は自分。既定の時間数を働いたら帰るのは当然」と考えていて、誰かの顔色をうかがう様子は見られない。どちらかといえば「私もそんな風に定時で帰りたい」と思っている人も多い。

フィンランドの友人が「大変な仕事を簡単そうにやっていたり、効率よくこなしサーッと帰るのが格好よく、できる大人の証拠」と言っていたが、まさにそういう効率のいい人が求められている。

在宅勤務は3割

フィンランドでは、週に1度以上、在宅勤務をしている人は3割になる。職場が遠いために自宅で仕事をしている人もいれば、職場が近くともまだ小さな子どもの送り迎えの時間を考えて、週に1、2度自宅で働いている場合もある。

私の友人の一人は、結婚を機に数百キロ離れた地域に引っ越すことになったが、会社も本人も仕事の継続を望んだため、在宅に切り替えた。今は、パソコンと電話があれば、ほとんどの仕事は問題なくできる。社内の会議にもインターネット電話で参加している。

もう一人の男性の友人は、週に一度だけ自宅で仕事をしている。彼は、頻繁にレポートなど文章を書く必要があるため、家の静かな環境で集中してやりたくて上司に提案した。さらに、まだ小さい子どもが小学校から帰宅した時に、家で迎えたいと願ったことも在宅を選んだ理由の1つである。

オフィスで働くことは、同僚に気軽に相談したり、コミュニケーションをとって刺激を得たりする意味ではとても重要だが、週に一度は一人になれる今のペースがとてもいいのだそうだ。

在宅勤務というと、勤務時間の管理ができないので難しいという声を日本で聞いたことがあるが、フィンランドでは逆にそれを管理するツールを聞いたことがない。やらなければいけない仕事は山ほどあるし、自宅にいたらサボるとは、あまり考えていないようである。

今のような就労時間や場所に柔軟性が生まれたのは、1996年に施行された就労時間に関する法律の影響が大きい。この法律は2020年1月にさらに改正され、働く時間や場所が今まで以上に自由になる。就労時間の半分は、働く時間も場所も、従業員と雇用主が相談して自由に決定することができるようになるのだ。

それによって、皆が一斉に会社に来て、一斉に帰るというよりも、一人ひとりが自分のライフスタイルにあった働き方を見つけ、多様な働き方が可能になる。「仕事=会社で行う」という図式は崩れ、その人のライフスタイルにあった形で、最も生産性が高くなる場所と時間に行うというように変わっていっている。

先日も、フィンランドの友人がこんな話をしてきた。「この前、美容院に行く時間がなくて、仕事の時間中に行ってきたのよ。だって今は美容院の中にいても、メールは読めるし、書けるし、調べものもできるでしょ。

電話で話すことだってできるんだし。仕事の時間として認めてもらったわ。もし認めてもらえなかったら、仕事のモチベーションがダダ下がりだし、信頼されてないのかって思うわよね」と。

フィンランドを良く知っている私でも、驚かされるスピードで働き方がより柔軟に変わっていると感じさせられる。

さらに、人材を確保する意味でも、こういった柔軟な働き方の制度は求められている。場所を問わず遠隔での作業も可能になれば、田舎にある会社でも優秀な人材を全国から集めてくることができるし、柔軟な働き方を認める企業は社内外の評判も高まる。

フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか
堀内都喜子(ほりうち・ときこ)
長野県生まれ。フィンランド・ユヴァスキュラ大学大学院で修士号を取得。フィンランド系企業を経て、現在はフィンランド大使館で広報の仕事に携わる。著書に『フィンランド 豊かさのメソッド』がある。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます
ZUU online library
(※画像をクリックするとZUU online libraryに飛びます)