前回、プライベートバンカーの本質は「お客様一人一人に対する専属のファンドマネージャー」だと記した。加えて「お客様の投資特性や資金の性格などを120%把握して、気持ちの良いインベストメント・ジャーニーを続けて頂くのが優秀なプライベートバンカーだ。つまりプライベートバンカーにも肝心なのは『パフォーマンス』だ」とも論じた。だが、実は日本でこの考え方をきちんと適用するには大きな課題がある。

日本のプライベートバンク・ビジネス(あえてビジネスと呼ばせて頂く)は、発祥の地である欧州のように「プライベートバンク」として一から始まったものではなく、主に有価証券売買等に伴う手数料ビジネス、いわゆる「ブローカレッジ・モデル」の延長線上で始まっている。それ故、考え方の根底に「アセットマネージメント(資産運用)」の要素や思想が欠落している。アセットマネージメントの要素や思想がなぜ必要なのかと思われるかも知れないが、「パフォーマンス」という考え方はそちらの世界のものだ。「ブローカレッジ」と「アセットマネージメント」は、外部からは似ているように見えるかもしれないが、両者は似て非なるもの、本質的な部分では全然違うということはあまり知られていない。

「ブローカレッジ」と「アセットマネージメント」は人事評価の基本発想が違う

富裕層ビジネス,金融
(画像=kawamura / pixta, ZUU online)

また日本の場合、1980年代のバブル崩壊後の超低金利と金融自由化による手数料競争によって金融機関の収益環境が悪化する中、富裕層ビジネスこそ「ラスト・リゾート」と位置付けられる状況でプライベートバンクが勃興したことが、現状のその姿をあるべきものから歪めたとも考えられる。

更に言えば「富裕層」というカテゴリーが、単なるマスリテールの大口勘定、平たく言えば伝票にゼロの数が2つ3つ増えただけのもの、といった浅薄な理解から始まっていることも災いしている。欧州の王侯貴族の執事や金庫番といったものから発展したものと、上述のような背景で始まったものでは、出来上がるものが違うのは仕方ないと言えるかもしれない。だがこれは修正していかないと、日本のプライベートバンク・ビジネス、ウェルスマネージメント・ビジネスの未来は「ラスト・リゾート」と呼ぶには、かなり荒れ果てたものとなる可能性が高い。

こうした状況は現役のプライベートバンカー達のキャリア・パスを見ても明らかだ。そもそも日本ではプライベートバンカーとして金融業界でキャリアをスタートさせることはできない。日本に拠点を持つプライベートバンクで新卒採用からプライベートバンカーを育成しているところは筆者の知る限りにおいては例がない。それは恐らく求められる職責からいって、新卒から数年程度の育成では充分に求められるスキルを身に着けることは不可能だからだ。仮に「プライベートバンカー」という肩書は付与できたとしても、それはお客様にとっても、そのプライベートバンカー自身にとっても相当に辛い結果となる。それだけ高い専門性と、高度な知識が求められる。従って、ほとんどのプライベートバンカーに何らかの形で前職があるが、多くの場合「マスリテールのブローカレッジ」サイドからの転職組、或いは社内異動組となる。誤解なきように付言するが、決してそれ自体が悪いという意味ではない。ただ社会人として最初に刷り込まれた文化とか、基本的なものの見方や考え方というのは後年までずっと影響するので、プライベートバンカーの本質を体得するまでには時間を要することが多い。

何故なら「ブローカレッジ」の会社と「アセットマネージメント」の会社では、全くと言っていいほど人事評価の基本発想が違うからだ。前者は当然「より手数料を稼いだ者」の評価が高く、後者は「より良いパフォーマンスをあげた者」の評価が高い。従って前者の社員は当然「どうしたらより手数料を稼ぐことができるか」を常に念頭において全力疾走するし、後者の社員は「どうすればパフォーマンスを高められるか」ということを追求し続ける。身についた習慣を変えるのは簡単なことではない。これが一つ目の大きな問題点だ。

プライベートバンカーの命題「良いパフォーマンス」とは何か?