クリスマスツリーを新調しようと思ったら、値段がびっくりするぐらい上がっていて、一瞬言葉を失った。人工樹木のクリスマスツリーなのだが、本物のクリスマスツリー(モミの木)の価格よりも割高なのだ。筆者の暮らす英国では新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、各地でクリスマス・マーケットの開催中止が相次いでいる。せめて、クリスマスツリーを新調して家族だんらんのひとときを過ごす計画を立てたのだが、想定外の価格に軽い衝撃を受けた。

それにしても……何をどうすれば、ニセモノのクリスマスツリー(人工樹木)の価格が本物のクリスマスツリー(モミの木)と逆転するのだろうか? 人工樹木の前で腕組みをして固まっている筆者の心中を察したのか、店員が話しかけてきた。「高いですよね。みなさん驚いています。輸送コスト高騰の影響らしいのですが」その店員によると、人工樹木のクリスマスツリーは1年前に比べて25%も値上がりしているという。こんなところにまでインフレ(物価上昇)の影響がおよんでいるとは驚きである。

すでに金融市場では、景気停滞とインフレが同時進行する「スタグフレーション(Stagflation)」を懸念するムードも広がっている。資産運用会社のアセットマネジメントOneが今年10月に公開した情報提供資料『スタグフレーション懸念がくすぶる』によるとウェブ上の「stagflation」というワードの検索人気度(検索数に基づく)が2008年以来の高水準に達したという。それだけ人々の関心が高いということなのだろう。

ちなみに、筆者は物心ついてからスタグフレーションを経験した記憶がない。読者のみなさんも未経験の人が多いのではないだろうか。そこで今回は、スタグフレーションが懸念される背景とともに、資産運用のヒントも探ってみたい。

米消費者物価指数、31年ぶりの大幅な上昇

スタグフレーション,原因
(画像= UDON / pixta, ZUU online)

スタグフレーションとは「Stagnation(停滞)」と「Inflation(インフレーション=物価上昇)」を組み合わせた造語である。すなわち、景気停滞(減速)とインフレが同時進行する状態を指すもので、1965年に英国の下院議員イアン・マクロード氏が議会演説で用いたのが最初とされている。1960〜1970年代の英国は労使紛争、国際競争力の低下、オイルショック、財政の悪化などを背景に経済が停滞していた。いわゆる「英国病」と呼ばれる時期とも重なる。

とはいえ、スタグフレーションは稀な現象でもある。10月12日付の日経電子版で配信された記事『インフレに強い株へマネー退避 物価高と景気減速共存で』では「インフレの影響を受けにくい資源株や金融株に資金を退避させる動きが出始めている」と伝える一方で、「過去にスタグフレーションとはっきり定義されたのは1970年代の石油ショック後(1973年〜)」とも指摘している。実に50年近くも前の話だ。記事によると、当時は原油価格の高騰を背景とした高インフレに加えて、米国の失業率は一時8.0~9.0%台に達したという。

世界的なエネルギー不足については10月21日付の当コラム『光熱費の値上がりが止まらない!? 新型コロナ禍の世界を襲う「エネルギー危機」』でも取り上げているが、確かに1970年代の石油ショックと重なる部分もあるかもしれない。

ちなみに、10月の米CPI(消費者物価指数)は総合で前年同月比6.2%上昇し、1990年以来31年ぶりの6.0%超えとなった。内訳を見ると、エネルギーが30.0%上昇したほか、半導体不足を背景に中古車価格が26.0%上昇、食品も5.0%上昇している。このままインフレが加速するのだろうか?

一方、1970年代と現在では異なる部分もある。たとえば、11月5日に米労働省が発表した10月の米雇用統計は非農業部門雇用者数が前月比で53万1,000人増加し、市場予想(45万人増)を上回った。失業率も4.6%と9月の4.8%から改善している。また、10月28日に米商務省が発表した2021年7~9月期のGDP(実質国内総生産、季節調整済み)の速報値は前期比年率換算で2.0%増である。ただし、増加率で見ると前期(4~6月期)の6.7%増からは3分の1以下に減速しており、物価上昇の影響も色濃く出た様子だ。

米景気は目下のところ1970年代のように停滞しているわけではないが、新型コロナウイルスが終息する見通しも立っていないことから「手放しで楽観できる状況でもない」といったところだろうか。世界的なエネルギー危機が続いている現状を鑑みると、スタグフレーションの可能性は排除できないようにも感じられる。

「1970年代の再来?」専門家の間でも意見が分かれる

実際、スタグフレーションの可能性については専門家の間でも意見が分かれているようだ。『焦点:スタグフレーションに身構える市場、70年代の再来は本当か』そんなタイトルの記事がロイター通信のヘッドラインに並んだのは10月28日のことだった。記事ではフェデレーテッド・ハーミーズのチーフ株式市場ストラテジストのフィル・オーランド氏が「景気減速と物価上昇が同時に進むスタグフレーションが再燃する態勢になっている」と指摘、さらに「高インフレと経済成長減速の局面を乗り切れる銘柄に資金を集中させつつある」ことを明らかにした。

ちなみに、バンク・オブ・アメリカ・グローバル・リサーチは、スタグフレーションを想定するファンドマネジャーの数が10月に14ポイント増え、2012年以来の水準に達したという。

一方で1970年代のスタグフレーションの再来に懐疑的な見方もある。