心のなかで密かに「バス停のグラニー」と呼ぶ人がいた。
グラニー（granny）とは英語で「おばあちゃん」という意味である。
筆者が結婚してロンドン郊外の田舎町で新生活を始めた頃、近所のバス停でよく一緒になる白人のグラニー（おばあちゃん）がいた。季節を問わず毛玉だらけのラベンダー色のコートとお揃いのアスコットハット、軍隊用の編み上げ靴という一風変わった身なりで、何となく近寄りがたい雰囲気だった。筆者の顔を見ると決まって「What’s the time？（今何時？）」と聞いてくる。時間を教えてあげるとしゃがれ声で「Thank you」とだけ言ってそっぽを向いてしまうので、会話が成立したことはなかった。
変化が訪れたのは、筆者が長女を身ごもった頃である。当時の市バスは「遅れるのが当たり前」だったのだが、その日は少し離れた曲がり角から珍しく時間通りにバスがひょっこり姿を現した。そのとき、列に並んでいたグラニーが突然振り返り、筆者の大きなお腹を指さして「賢い子どもに育てようなんて考えちゃいけないよ。強い子に育てればおのずと賢い子どもになる」と大声で言った。ポカンと口を開けて返答に窮している筆者を置き去りにして、グラニーはさっさとバスに乗り込んでいった。その日を最後にグラニーの姿を見ることはなかった。
地元の新聞でグラニーの訃報を目にしたのは、しばらくしてのことだ。「あ、バス停のグラニーだ」びっくりして記事に目を通すと、彼女は若い頃に女手一つで不動産事業を起こし、地元切っての大富豪に成り上がった人物と紹介されていた。いわゆる、女性版セルフメイドミリオネアである。そんなわけで「バス停のグラニー」の子育てアドバイスは「成功者の格言」として、いまも筆者の心に残っている。
筆者はこれまでに数々の「成功者の共通点」をテーマに記事を書いてきたが、その多くは富裕層を客観的に研究・分析したものがベースである。しかし、「バス停のグラニー」のように実際に自らの手で成功をつかんだ人のなかには、若干異なる視点から「成功」というものを捉えたものもある。たとえば、JPモルガン・チェースの会長およびCEO（最高経営責任者）を務めるジェームズ・ダイモン氏や、アマゾンの共同創設者のジェフ・ベゾス氏などだ。今回は彼らのこれまでの発言から「成功者の特質（Traits of Successful People）」について探ってみたい。
成功は「ポジティブなサイクル」から生まれる？
JPモルガン・チェースといえば、米国4大銀行の1つである。投資銀行のJPモルガンや、商業銀行のJPモルガン・チェース銀行を傘下に置き、時価総額は2021年11月17日時点で4,860億ドル（約55兆3,982億円）に達する。そのトップに君臨するのが、ジェームズ・ダイモン氏だ。
ダイモン氏は祖父がウォール街のブローカー、父親はアメリカン・エキスプレスのエグゼクティブバイスプレジデントを務めた「金融業界のサラブレッド」とも呼べる人物だ。ある意味、金融エリートの道を約束されたような環境で育ったともいえるが、どんなに恵まれた環境でもそこに胡座（あぐら）をかいているようでは成功もおぼつかない。
では、ダイモン氏のような成功者になるための特質とはどのようなものか？
カリスマ性や飛びぬけた創造性、頭脳の明晰さ、あるいは勤勉さだろうか？
2020年7月、ダイモン氏はLinkedInのダニエル・ロス編集長のポッドキャスト『Coffee with The Greats』に出演した。その際、成功するために必要な特質について「謙虚さ、開放性、公平性、本物であること」と「他人を尊重できること」だと語っている。
まず、「本物（authentic）」という単語には、「信頼のおける」という意味もある。たとえば、出世したいがために利己的であったり、人の手柄を横取りするような振舞いをしていると、仕事仲間やクライアントから信用されず、それが仕事の成果に反映する。ダイモン氏は「自分がそうされたいと望むように、相手にも接することだ」と述べているが、その言葉通り、相手の地位や損得勘定にとらわれず、誰に対しても謙虚に公平に、尊敬の念をもって接することで信頼関係が生まれる。信頼関係が生まれると仕事が円滑に進み、期待通りあるいはそれ以上の成果につながるという「ポジティブなサイクル」がつくられる。
ちなみに、「開放性」は心理学分野でパーソナリティを分析する際に用いられる分類法「ビッグファイブ理論」でも重視されている。ビッグファイブ理論とは、米国の心理学者でオレゴン大学の名誉教授でもあるルイス・ゴールドバーグ氏らが提唱する「人間の性格は5つの因子によって構成されている」という学説だ。その5つの因子とは、（1）外向性、（2）情緒安定性、（3）開放性、（4）誠実性、（5）協調性……である。興味のある人は、今年8月5日配信の当コラム『「お金持ちの心理学」彼らに共通する重要な特性とは？』でも取り上げているので、ぜひ参考にしてほしい。
