この記事は2021年10月15日に「The Finance」で公開された「決済プラットフォーマーのビジネスモデルから決済手数料について考える」を一部編集し、転載したものです。

QRコード決済の分野で多くのシェアをもつPayPayは、2021年10月より加盟店向けの決済手数料を有料化(1.60%または1.98%)することを発表した。一方で、楽天ペイは2021年10月より決済手数料の実質無料のキャンペーンを開始し、d払いやau PAYは2022年9月末まで決済手数料無料のキャンペーンを継続することをそれぞれ発表している。PayPayは2018年10月にサービス開始して以降、消費者に対して「100億円あげちゃうキャンペーン」など大規模なポイント還元策を導入するだけでなく、消費者がQRコードを読み取る方式については決済手数料無料とすることで加盟店の獲得を進めるなど、消費者と加盟店の両面でPayPayユーザーを拡大してきた。

目次

  1. [1]ネットワーク外部性と範囲の経済性
  2. [2]決済サービスの今後

ネットワーク外部性と範囲の経済性

決済サービスは利用者(消費者)と利用者(加盟店)をつなげるプラットフォーム(基盤)の特徴を持つ。決済サービスのようなプラットフォーム・ビジネスにはネットワーク外部性が働くとしばしば指摘される。ネットワーク外部性とは、製品やサービスの利用者数が増えれば増えるほど、そのサービスから得られる便益が増すことをいう。

ある決済サービスが利用できる加盟店が増えれば、消費者は多くのお店でその決済サービスを利用することができるようなり、消費者の便益が増す。その決済サービスを利用する消費者が増えれば、その決済サービスを導入している加盟店は多くの消費者を獲得することができるようになり、さらにその決済サービスを導入する加盟店が増える。

このように、ネットワーク外部性が期待できる製品やサービスでは、利用者が増えることが、さらなる利用者を増やすことを促すことにつながっていく。しかもネットワーク外部性が一定水準を超えて効果を発揮するようになれば、消費者も加盟店もその決済サービスがなければ商取引が成立しないような状況にまで到達し(ロックイン効果)、利用者に対する交渉力も強まることになる。

PayPayや楽天ペイ、d払い、au PAYといったQRコード決済事業者が加盟店に対する手数料無料キャンペーンと消費者に対するポイント還元キャンペーンを同時に行うのは、自らの決済サービスにネットワーク外部性が働くというロジックが前提になっている。

しかしながら、「加盟店への手数料無料キャンペーン」と「消費者へのポイント還元キャンペーン」からネットワーク外部性が効果を発揮できるようになったとしても、これらのキャンペーンの下では決済サービス単体で収益が得られるようにはならない。

決済サービス事業者がネットワーク外部性から収益を得る方法として考えられるのは、決済サービスで得られた顧客との接点を他のサービスにつなげて収益を獲得するか、これらのキャンペーンの片方または両方を終了させるかの2択である。

決済サービスで得られた顧客との接点を他のサービスにつなげられるのかという観点で重要になるのが、いかに範囲の経済性を働かすことができるのかということである。

範囲の経済性とは、すでに提供している製品やサービスの資源を他の製品やサービスでも共有化することで、それぞれ単体で提供するよりもコストメリットが獲得できることを指す。決済サービスでは、消費者の購買履歴データや位置データ等のビッグデータ収集による範囲の経済性が期待される。

収集したデータを分析することで得られた結果を他のサービスにも生かすことができれば、決済サービスによるシナジー効果が発揮できるというわけである。特に機械学習等のAI(人工知能)技術は他の製品やサービスを販売する際にも横展開が可能で、しかも、範囲の経済性だけではなく、特に金融ビジネスでは規模の経済も働くため、このような技術を持つ決済サービス事業者は多角化・巨大化した方がシナジー効果をより発揮できるようになる。

その意味で、決済サービス単体での収益よりも、決済サービスをきっかけにして、PayPayはヤフー&ソフトバンクの、楽天ペイは楽天グループの、d払いはNTTドコモの、au PAYはKDDIの、加盟店を含むそれぞれが提供するエコシステム(経済圏)に消費者に誘導して、エコシステム内で消費をしてもらえるかが決済サービスの成否を決めるのである。

そもそも決済は何かの製品やサービスを購入するための付随的なものであって、決済サービスを使いたいから製品やサービスを購入するわけではない。あくまでも彼らのエコシステム上にある製品やサービスから収益を得るための手段として、魅力的なキャンペーンから決済サービスを起点としてエコシステムのユーザーを拡大させていく必要がある。

キャンペーンやデータ分析等によって、エコシステムにある製品やサービスが消費者にとって魅力的と感じられるかどうか、製品やサービスを購入する際にその決済サービスに利便性を感じられるかどうか、決済サービスとのシナジーが効果的かどうかを考える上でこれら要素は重要なポイントとなる。

QRコード決済だけでみると、2020年の市場規模は約3兆円である。クレジットカードの市場規模の70兆円と比較すると、まだまだ十分にネットワーク外部性の効果が発揮されているとは言い難い。

SuicaやWAON、nanacoなどの電子マネーの市場規模も6兆円ある。消費者の行動特性を知るには、消費活動に関する多くのデータを独占的に収集する必要があると考えられるが、これらの市場規模から考えると、QRコード決済から収集されるデータ量も範囲の経済性から得られるシナジー効果を発揮するにはまだ十分とは言えないだろう。

現時点ではロックイン状態は実現しておらず、決済サービスはユーザー(加盟店)に対して交渉力を確保した状況にないものと思われる。決済額の規模の拡大状況から考察するに、ネットワーク外部性や範囲の経済性が十分に発揮される状態が実現するシナリオをさらに長期的なものに変えていく必要性があったのではないかと筆者は想像している。

これらのネットワーク外部性と範囲の経済性のロジックから導かれる結論として、加盟店に対して決済手数料ゼロでサービス提供をしているうちは、彼らと顧客の接点を実店舗から自らのエコシステムに移行させない限り、収益化は実現しない。

一方で、これらの効果が十分に発揮されるまで時間がかかるとの認識の下、実店舗と決済プラットフォーマーが長期的に共存する形を模索していくのであれば、決済手数料を加盟店に負担してもらう一方で消費者による実店舗での利用も推進していくことで、実店舗の消費からも収益が上がるようなビジネスモデルも合わせて追求した方がいいことになる。

そういう意味では、PayPayによる手数料有料化は実店舗と決済サービスの両者が共存に向けて長期的な関係を構築していく動きだと解釈でき、実店舗にもメリットのあると結論付けることもできるかもしれない。

決済サービスの今後

PayPayは2021年より決済手数料を1.60%または1.98%に設定する。実は、この手数料設定は、有料化している決済サービスの中では、銀行系(J-coin、はまPay、マネータップなど)のサービスと同等で、業界全体でみると最安水準にある。そのため、短期的にはキャッシュレス決済を複数導入している加盟店にとっては、今回の手数料改定をきっかけにしてキャッシュレス化から撤退するインセンティブに乏しい。

一方で、日本の潜在成長率はゼロ%台で、決済手数料が成長率よりも高いという現状がある。コスト面から中小店舗を中心にキャッシュレス化は負担だとする声も聞かれる。しかも、コロナ禍で対面サービスを中心に需要の戻りは遅い。

今回の有料化をきっかけとして、PayPayのみを導入している加盟店を中心に、特にコロナ禍において業績が悪化している飲食店、観光業、交通サービスなどでは、手数料支払いに耐えられず撤退するところも出てくるかもしれない。

別の見方をすると、PayPayの加盟店に対する決済手数料無料キャンペーンと消費者に対する大規模なポイント還元キャンペーンは、加盟店や消費者にQRコード決済の使い方を学んでもらうための一種の教育コストを支払ったのだと解釈することもできる。

加盟店と消費者が日常的にQRコード決済を利用するようになったのは、PayPayのこれらのキャンペーンが果たした功績が無視できない。その一方で、使い方に慣れたユーザーからみると、決済手段の選択において経済的なメリットの優先順位が高まっていくことになる。

実際に、ポイント還元率を重視して決済手段を選択する消費者が増えているとする調査結果が多くみられる。今回の、楽天ペイ、d払いやau PAYの2022年月末まで実施される加盟店に対する(実質を含む)無料キャンペーンは、加盟店サイドも決済手数料の水準で決済サービスを選択するようになるのか、注視すべきと考える。

このようにポイント還元率や決済手数料がユーザーによる決済サービスの選択において無視できない条件になっていくのだとしたら、現在の乱立状況は決済サービスにとって厳しい競争環境だと言える。しかしながら、ユーザー獲得の競争激化から決済サービスに淘汰が起きるのか、というと、このような消耗戦に対して体力のある大手企業が提供する決済サービスを中心に乱立状態は継続していくだろうと考えている。

その理由は「データ」である。現時点では、情報銀行を通じたデータの共有化などの検討は行われているものの、特に日本の消費者はマスキングされているか否かに関わらず、自らに関するデータを第三者に利用されることに対する抵抗感が強い。過去にもデータの第三者利用について、法的な手続きに則っていたとしても、社会的な批判を受けて断念したケースがあった。

決済サービスにおいても、他の決済サービスからデータそのもの、または分析データを共有・購入できる選択肢があれば、現在のような乱立状態から、決済手数料の低廉化も合わせて、各決済サービスがいくつかのグループを形成して協力してデータを収集するといった状況に移行できるかもしれない。

決済サービスの乱立状態が解消されれば、ネットワーク外部性がさらに発揮され、消費者も加盟店もキャッシュレス決済にロックインされる状況に近づくことになるのではないか。


[寄稿]福本 勇樹
2005年京都大学大学院経済学研究科修了後、大手信託銀行を経て、2014年ニッセイ基礎研究所に入社(2021年7月より現職)。主な研究領域は、金融市場・決済・価格評価。著書に「日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響」(成城大学経済研究所)、「金融リテラシー入門 基礎編」(きんざい)など。日本証券アナリスト協会検定会員。