本記事は、藤井 聡の著書『なぜ、日本人の9割は金持ちになれないのか』(ポプラ社)の中から一部を抜粋・編集しています(聞き手 木村博美)
資本家たちが世界を不況に陥れた
藤井:日本だけでなく、世界の主要国もたとえば成長著しい中国と比べれば、コロナ不況の遥か前から、長い不況状態にさらされているんです。これは1970年代からアメリカをはじめとする先進諸国が、「新自由主義」のもとに、あらゆる規制を取り払うグローバル化を推し進めてきたからです。ちょっとややこしい話になりますが、理解を深めるためにお話ししておきますね。
「新自由主義」とは簡単にいうと、政府による市場への介入を最小限にし、経済活動をできるだけ自由にすべきだという考え方で、「規制緩和」「自由化」「民営化」、さらには「グローバル化」といった政策を推進します。
―日本では、小泉元総理と竹中平蔵さんがやり始めた一連の政策ですね。
藤井:そうですそうです、端的にいえば、竹中さんや小泉さんがやったことが、新自由主義政策ですね。新自由主義的グローバル化を展開すると、何が起こるか。まず、経済が不安定化します。金融経済で、急激なおカネの集中と散逸が起こります。国境の壁があれば、おカネの流れはある程度制限されてさほど動きませんが、国境が低くなるとあちこちに行ったり来たりする。この「グローバルマネー」が暴れ出すと、「おいしい投資先」に世界中からおカネが集まり、バブルが膨らんでいくのです。
ところが、投資先で問題が起こったり、ほかにおいしい投資先が出てきたりすると、おカネはすぐに移動します。どこかに飛んでいってバブルが崩壊するわけです。97年の「アジア通貨危機」(タイからアジア各国に派生した自国通貨の暴落による経済危機)は、その一例です。また、景気とは関係なく、日本国内で株価が上がっている場合、大きな理由はグローバルマネーが集中した結果だということもできます。
―まさに「今だけ、カネだけ、自分だけ」の亡者の世界ですね。
藤井:さらにグローバル化の進展は、実体経済にも大きく影響します。モノやサービスを売り買いする企業が国境を越えて行き来すれば、グローバル企業がどんどん国内に流入してくるようになる。そうなると、生産量が増大します。
ところが、人間は1日3食、大食漢でもせいぜい5食くらいしか食べられないでしょう。需要は一定程度しか増えません。なのに、供給は1日10食20食というふうに米国並みに増えていくと、供給と需要の差が拡大し、供給に需要が追いつかない状態が続いて慢性的なデフレに陥ります。しかもグローバル企業が大量に流入すると、国内の会社がどんどん潰れていって、人々は失業し、賃金も下がっていきます。そうなるとますます需要が減ります。つまりグローバル企業の流入は、需要を引き下げ、供給を引き上げることになって、ますますデフレがひどくなっていくわけです。
そして、いうまでもありませんが、格差が拡大します。グローバル企業のせいで国内の会社がいっぱい貧乏になっていき、いっぱい潰れていくんですから。グローバル経済が進むにつれて、大企業と中小企業の格差、グローバル企業と地域企業の格差が拡大する。グローバル企業の内部でも、資本家と労働者の格差がどんどん広がっていく。国家間の格差も拡大します。
たとえばアフリカの国々がますます貧困化しているのは、こうしたグローバル企業がいろんな国で暴れ倒している、という背景もあるんです。そういう状況は、新自由主義の必然の帰結なんです。
―なぜ、そんな愚かな経済思想が世界でもてはやされてきたのですか?
藤井:いろいろ理由がありますが、やはり最大の理由は、世界中の政治のなかでお金持ちや大企業の影響力が強くなったからでしょうね。彼らはもっとカネを儲けたいから、競争を激化させる新自由主義の普及を望むわけです。
そういう金持ち連中に対決できるのは各国の政治家なんですが、彼らの質が下がってきたというのも大きな問題です。そもそも多くの政治家は大学で勉強しているわけですが、金持ち連中が大学の経済学部にカネを出しまくって教授たちを手なずけ、金持ちにとって都合の良い新自由主義を「これこそ正しい教えなのである!」なんて形で、宗教のように学生たちに吹き込んでいくよう仕向けたんですよ。今の多くの政治家はそんな宗教みたいな新自由主義を散々吹き込まれながら大人になって、政治や行政をやり始めるものだから、みんなが新自由主義をやるようになっちゃったわけです。
その結果、各国の労働者や中小企業の経営者たちが搾取され続ける、っていう残念な状況が21世紀に入ってからめちゃくちゃ加速し続けているんですよ。ホントにひどい状況です。
時代遅れの「新自由主義」
藤井:ただ、あまりにもひどい状況が続くものだから、各国の庶民は今、急速に、グローバル化に反対、反発の声を上げるようになってきています。アメリカでは多国籍企業優遇主義への反乱という形で「米国第一主義(アメリカ・ファースト)」「保護主義」を掲げたトランプ大統領が生まれました。その後生まれたバイデン大統領も、コロナ不況に打ち勝つために、トランプ大統領と同規模の400兆円もの財源を組んで、国内の雇用の確保と産業維持のための政策を打っています。フランスではエリート・グローバリストの支配階級への反撃として「黄色いベスト運動」が起こり、イギリスでは移民政策に対する反発を中心としてEUの離脱が起こったのです。
―EUは、グローバリズムが実現したユートピア的な世界だと報じられていましたけど、現実は理想郷どころか、弱肉強食の世界だったわけですね。
藤井:そうそう、まさにおっしゃる通り。単なる新自由主義のグローバリズムの申し子、それがEUなわけで、イギリス人がそれに対してNOを突きつけて離脱したっていうわけです。そもそもEUに入ったら、共通通貨ユーロを受け入れないといけなくなるのですが、そうするためには関税自主権や対ユーロ諸国の為替レートの変動という特権を手放すことになるんです。その結果、ユーロ加盟国は外国から輸出攻勢を受けた場合に、関税で自国企業を保護することも、為替レートの引き下げで自国企業を保護することもできなくなってしまう。EUなんて、各国にとって何もいいもんじゃないんです。だって、経済に関する主権を失っちゃうんですから。
いずれにしても、得をするのは資本家であり、大企業のオーナーたちであって、割を食うのは「弱者」です。バブル期あるいは経済成長期は需要が大きいので、他の仕事で食べていくことができますが、バブルが崩壊して不況になると、需要が激減します。結果、「弱者」の雇用環境は悲惨な状況になる。いいですか、ここでいう「弱者」とは、ほとんどの国民のことですよ。資本家や大企業のオーナーなど富裕層以外の国民です。だから、デフレ不況のなかでグローバル化を進めるなど言語道断なんです。
新自由主義というのは一言でいえば、多国籍企業、世界的大企業優先主義です。これが、はびこりすぎて、世界は大企業たちに国民の利益が吸い取られているような状態なんです。この勢いが加速すれば、多国籍企業が国家を凌駕してしまいます。前にもいいましたが、今や多国籍企業がマスコミを操り、政界を操るというのが先進国のスタンダードになりつつあるんですよ。
それにもかかわらず、今なお多くの日本の政治家、官僚、経済学者たちは、「グローバル化以外に成長の道はない」と叫び続けて、まるでグローバリズムの先にバラ色の未来があるような話をする。自民党の幹部連中のほとんどはそんなのばっかり。TPPを進めているのもそう考えているからでしょう。いまだに、新自由主義が新しいと思っているんですね。まるで古いカセットテープで聴くような演歌を、最新の音楽だと思って聴いているわけです。
―ハハハ。って笑ってる場合じゃないですね。
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