この記事は2022年5月18日に「第一生命経済研究所」で公開された「岸田政権の物価高対策に対する評価(2)」を一部編集し、転載したものです。


消費者物価
(画像=PIXTA)

目次

  1. はじめに
  2. GoTo再開に加えて経口薬普及、指定感染症見直しが課題
  3. 早急に求められる省エネ対策の加速

はじめに

政府はウクライナ戦争に伴う物価高に対する支援などを掲げた緊急経済対策を決めた。岸田政権後2回目の経済対策となるが、今年度補正予算案を編成し、補正予算額は2.7兆円規模になった。

今年度(2022年度)の予備費を積み増すほか、石油元売りへの補助金増額、低所得の子育て世帯に対する子供一人当たり5万円の給付等が盛り込まれたことで、補正予算編成が必要となったわけだが、5月9日付で公表したEconomic Trends「岸田政権の物価高対策に対する評価(1)」でも指摘した通り、政策効果が未知数の事業や不公平感が強い支援も混じったものになっている印象である。

GoTo再開に加えて経口薬普及、指定感染症見直しが課題

こうした中、需要喚起の側面では「GoToトラベル」の再開も期待される。政府は、一昨年度補正予算で1.7兆円の予算を計上してGoTo事業を実施し、実質的にその効果で2020年10-12月期を中心に宿泊・飲食・旅行などのサービス消費が年換算で+3.7兆円程度押し上げられたと推測される。こうした実績からすれば、今回のGoTo事業もある程度の需要喚起は期待できるだろう。

しかし、それでもコロナショック前に比べて依然としてサービス消費が年換算で12兆円も低い水準にとどまっている。こうしたことから、GoTo再開に加えて国民の新型コロナに対する恐怖心を新型インフルエンザ並みに下げる措置が必要になろう。そのためには、新型インフルエンザの経口薬並みに新型コロナの経口薬を普及させ、指定感染症を見直すことが必要になってこよう。

なお、政府は「水際対策」の緩和を表明しており、来月にも一日あたりの入国者の上限を1万人から2万人に引き上げる方向で検討している。しかし、コロナショック前には月平均で200万人を大きく超える入国者数があったことからすれば、2万人程度では効果は限定的といえよう。

むしろ、今年3年ぶりの行動制限なしのGWにより観光地にそれなりに恩恵が及んだことからすれば、行楽シーズンとなる今年の夏休みの時期にいかに行動制限の発出を回避できるかが、経済の観点からは重要といえよう。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=第一生命経済研究所)

早急に求められる省エネ対策の加速

このように、岸田首相はウクライナ情勢に伴う物価高などを踏まえた新たな経済対策について既に補正予算を編成しているが、さらなる深刻化が予想される化石燃料や穀物の価格上昇への応急処置が中心となっている。そして、具体的なメニューとしては、現在実施されている石油元売り業者への補助金の拡充や、家計向けの給付金等が中心である。

しかし、旧来型の補助金や給付金のような需要喚起の乏しい政策のみでは、国民全体からの合意を得られにくいだろう。こうした政策では、一時的なエネルギーや食料支出の負担軽減にしかならないため、政府が参院選後に予定している大型経済対策では、今回のような補助金や給付金ではなく、より省エネ耐久財の更なる普及や省エネ向けの設備投資等を更に促す攻めの政策をとるべきだろう。

そこで参考になるのが、リーマンショック後に世界で実施されたグリーン・ニューディール政策である。具体的には、給付金で負担を軽減するというより、家計や企業に省エネ関連の支出を促す減税や補助等により、需要喚起とエネルギー消費抑制の両立を目指す政策である。

実際、日本でもリーマンショック後にその一環としてエコカー補助金や家電エコポイントを実施し、エコカーや省エネ家電の買い替えを喚起したことは記憶に新しい。特に白物家電の買い替えサイクルが10年超であることからすれば、このタイミングで実施すれば、当時買い替えられた家電の買い替え需要が期待できよう。こうしたことから、エコカーや省エネ家電への買い替え促進策への支出を拡充すること等を提案したい。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=第一生命経済研究所)

特に、グリーン社会に関する政府計画を海外の取り組みと比べると、日本はこの点で出遅れていることからすれば、海外の対策に倣った企業や医療・教育現場、住宅や公共施設等への省エネ設備、電気自動車の充電インフラ整備の更なる拡充等が必要である。

環境・省エネに関する投資が促進されれば、省エネに結び付くだけでなく、雇用や所得環境にも好影響が及ぶことが期待される。更に海外からの省エネ関連需要も加われば、日本の環境関連産業もさらに競争力を高めることができる。つまり、環境・省エネ消費や投資を起点として環境関連産業を活性化させることができれば、需要を創出して経済が成長することにもつながる期待が持てよう。

こうした視点からも、政府には給付金や補助金などによる一時的な痛み止めではなく、環境・省エネ投資に対する減税や補助等によって、投資を促すことなどが求められるといえる。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=第一生命経済研究所)

また、物価高対策で重要なもう一つの視点は国民生活の「安心」「安全」であり、食料・エネルギー安全保障がそのための基礎であることに異論の余地は無いだろう。すでに輸入食材が値上がりしていることからすれば、値上がりが少ない国内食材への需要シフトも見られよう。

特に古くから日本人の主食とされ、自給率の高い米は値下がり傾向にある。日本ではこれまで食の欧米化が進んできたが、健康のためにも節約のためにも、米を中心とした和食にシフトする可能性があり、消費者の米や米商品に対する関心は高まろう。

実際、穀物価格が高騰した2007~2008年にかけて、食料自給率は一時的に上昇に転じた。今回も価格が上昇する輸入小麦に代えて国産米粉が見直され、米粉などの加工品の需要が拡大すれば、国内農業ひいては地域産業の活性化にもつながることが考えられる。

岸田政権は前回の衆院選でも食料自給率を上げ、農産品食料品の輸出を2030年までに5兆円とする施策を打ち出している。現状の円安も良いチャンスなのでもっと本腰を入れてやるべきだろう。

特に日本の農地法では農業関係者が議決権の半分以上を持つ企業でないと農地取得できないが、国家戦略特区で2016年から兵庫県養父市で一般企業の取得を認めて、耕作放棄地の有効活用など成果が出た。にもかかわらず、与党からの慎重論を踏まえて特例が2023年8月まで2年延長されていることからすれば、一刻も早く全国解禁すべきだろう。

なお、エネルギー安全保障面では、原発もエネルギーコストの収支だけで考えることではないが、こういう状況なので多方面から本格的に議論することが必要だろう。

もちろん、経済が正常化すれば財政再建は必要である。しかし、効果的に財政出動をするためには、需要喚起が見込める省エネや生活必需品の国内自給率向上を思い切って加速させ、将来やらなければならないことをこの際前倒しすることも必要であろう。これらの政策により、環境関連や第一次産業を更に伸張させることに加え、食料やエネルギーの国内自給率をいかに高めるかが今の日本経済にとっては最優先の課題である。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト・永濱 利廣