この記事は2022年5月19日に三菱総合研究所で公開された「ウィズコロナ下での世界・日本経済の展望(2022~2023年度の内外経済見通し)」を一部編集し、転載したものです。
世界経済
2022年1〜3月期の世界経済は、2022年1月はオミクロン変異株の感染急拡大、2022年2月以降はロシアのウクライナ侵攻が下振れ要因となり、回復ペースが鈍化した。インフレ圧力の強まりや素原材料・部品の調達制約が、企業活動や消費の重しとなっている。中国のゼロコロナ政策による成長減速も、中国向け輸出やサプライチェーンを通じて世界経済に波及しつつある。
今後の世界経済は、防疫と経済活動の両立が進む中で、消費や投資を中心に景気回復を持続するとみるが、世界経済の回復ペースは、ウクライナ侵攻前と比べて大幅に鈍化するだろう。世界経済の成長率は2022年が前年比+2.9%、2023年が同+2.9%と予測する(ウクライナ侵攻前の2022年2月見通しから、それぞれ▲0.6%ポイント、▲0.1%ポイント下方修正)。予測期間における世界情勢の不確実性は高く、見通しを左右する要素として注目すべきは、次の4点である。
第1に、ウクライナ情勢である。ウクライナ情勢の悪化・長期化は、多様な経路を通じて世界経済の下振れ要因となる。ロシア・ウクライナからの供給不足が長引くことで、資源などの価格上昇や、世界の生産・消費への影響が本格化する。
また、西側の対ロ経済制裁が長期化すれば、ロシア事業からの撤退を決める企業が増加し、資産償却など企業の損失拡大が想定される。さらに、資源・エネルギー価格の高騰が継続すれば、交易利得・損失の不均衡が強まり、資源輸入国を中心に景気回復の重しとなる。
第2に、物価上昇圧力である。資源・エネルギー価格の上昇などコストプッシュ型のインフレと、コロナ危機からの需要回復がもたらすデマンドプル型のインフレが相まって、世界各国で記録的な物価上昇率となっている。当面は、家計の過剰貯蓄が、物価上昇による消費への悪影響を和らげる見通しだが、物価に対して賃金の伸びが鈍い状況が長引けば、コロナ危機からの消費の回復ペースを一段と弱める要因となる。
第3に、米国の金融政策である。デマンドプル型インフレ圧力が強まっており、FRBは2022年内に計2%ポイント、2023年内に追加で計0.5%ポイントの利上げを予想する。金融緩和の縮小は、米国の消費や投資の抑制要因となるが、上記のペースであれば、米国経済は潜在成長率を上回る成長を維持することは可能だ。ただし、新興国経済にとっては、通貨安がインフレ圧力を一段と強め景気の下振れ要因となる。
第4に、中国のコロナ対策である。中国はコロナの感染を抑えるべく、都市のロックダウンなど経済的犠牲を伴う厳しい防疫措置を実施している。中国政府は、ゼロコロナ政策による経済の落ち込みを補う財政・金融政策を併せて講じるとみられるが、ゼロコロナ政策を継続する限りは、2022年の成長率目標5.5%前後の達成は厳しいだろう。中国の消費や生産の停滞は、世界経済の下振れ要因となる。
先行きのリスクは、第1に、欧米での非常に高い物価上昇率の継続である。ロシアが経済制裁への報復として非友好国とみなす相手向けの輸出を停止すれば、国際市況が一段と高騰し、欧米を中心にスタグフレーションに陥る可能性が高まる。第2に、米国金融政策の過度な引き締めによる大幅な成長減速である。
インフレの加速により金融緩和の縮小ペースを速めすぎた場合に、金融市場の動揺や需要の過度な冷え込みを通じて米国の成長率が大幅に減速しかねない。第3に、中国経済失速と不良債権増加の悪循環である。ゼロコロナ政策の厳格な運用などをきっかけに、中国経済の期待成長率が大きく低下すれば、投資・消費が抑制され、成長失速と不良債権増加の悪循環に陥りかねない。
日本経済
日本経済は、2022年度前半は防疫と経済活動の両立が進み、高めの成長を見込む。2022年4〜6月期には実質GDPの水準がコロナ危機前(2019年10〜12月期)を回復するだろう。ペントアップ需要が一服した後も、2023年度にかけて雇用・所得環境の改善によって国内需要の増加基調が続くという基本的な見方に変更はない。
ただし、ウクライナ情勢の悪化や円安進行による物価上昇圧力が強まることから、実質賃金と消費の回復ペースは、前回2022年3月時点の見通しよりも鈍るとみている。2022年度の実質GDP成長率は前年比+2.3%(前回同+2.6%から下方修正)、2023年度は同+1.2%(変更なし)と予測する。
米国経済
米国経済は、2022年1〜3月は物流制約の緩和による輸入増もあり一時的にマイナス成長となったが、内需は堅調を維持している。雇用・所得環境の改善持続を柱に、2022年の実質GDP成長率は前年比+3.4%、2023年は同+2.2%と、潜在成長率(1%台後半)を上回ると見込む。
ただし、ウクライナ情勢の悪化などを背景に、先行きの不確実性は確実に高まっており、前回2022年3月見通し(同+3.7%、2.4%)から、いずれも下方修正する。素原材料価格の上昇圧力の強まりに加え、構造的な人手不足により賃金上昇圧力も高まっており、FRBはインフレ抑制に向けて金融緩和の縮小ペースを加速させるだろう。金融緩和縮小の効果はタイムラグを伴って波及し、2023年にかけて米国経済の成長減速要因となるだろう。
欧州経済
欧州経済は、エネルギーを中心にロシアへの依存度が高く、ウクライナ情勢の悪化による経済の下押し圧力は大きい。脱ロシア化のコストは欧州経済に大きな負担となり、経済活動の再開で回復が期待された企業活動や消費の下押し要因となるだろう。エネルギーだけではなく、防衛費の増額やウクライナ難民対応も、各国の財政負担となる。
ウクライナ情勢の悪化や中国など世界経済の減速が、欧州経済の回復を下押しすることから、欧州主要5カ国の実質GDP成長率は、2022年が前年比+2.7%、2023年が同+2.1%と、いずれも前回2022年3月見通し(同+3.2%、+2.6%)から下方修正する。
中国経済
中国経済は、政府のゼロコロナ政策が経済成長の妨げとなっている。2022年3月に入り深センや上海での都市封鎖を受け、物流の停滞、生産や消費にかげりがみえている。習政権は、2022年秋の中国共産党大会で3期目入りを確かなものとすべく、相応の景気下支え策を出動するとみられるが、厳格な防疫措置の継続は、中国経済成長の勢いをそぐことになるだろう。
ウクライナ情勢悪化の中国経済への影響は限定的とみるが、2022年の実質GDP成長率は、ゼロコロナ政策による成長下振れを受けて、前回3月見通しの前年比+5%から同+4.8%に下方修正する。2023年は、経済活動の正常化進展を想定し、前回見通しと同様に潜在成長率並みの同+5.2%を見込む。
新興国経済
新興国は、ワクチンの段階的普及に伴い多くの国でコロナとの共生が進みつつあり、2023年にかけて総じて成長回復を見込むが、ウクライナ情勢の悪化によるエネルギー価格上昇、世界経済の減速、米国利上げペース加速による資金調達環境の悪化という課題に直面している。
資源輸出国には資源高が成長の追い風になる一方で、資源の対外依存度が高いインドやタイ、経済の欧州・ロシア依存度が高い中東欧諸国、経済基盤が脆弱なトルコやアルゼンチンなどでは成長の下振れ圧力が強まるだろう。