温室効果ガスの排出量を削減する「脱炭素化」に向け、エネルギー分野でさまざまな技術開発が加速しています。

「小型モジュール式原子炉」はその選択肢のひとつです。世界的なクリーンエネルギーへの移行を促進し、産業革命以降の平均気温上昇を2℃未満に抑制するというパリ協定の気候目標を達成する上で、重要な役割を果たすと期待されています。

注目されている背景

ビル・ゲイツ氏も投資する「小型モジュール式原子炉」 原子力のイノベーションとなるか?
(画像=Surasak/stock.adobe.com)

1954年、核を燃料とする原子力発電所が世界で初めてロシア(旧ソ連連邦)で設立されて以来、原子力発電は世界で2番目に供給量の多い低炭素エネルギー源(2019年時点)へと発展しました。

国際法律事務所ホワイト&ケースが原子力発電の未来についてまとめた報告書によると、2021年6月の時点でおよそ30ヵ国において約400基の原子炉が稼働しており、世界の電気供給量の約10%を担っています。

原子力発電は化石(天然ガス・石炭・石油)を燃料とする火力発電と比べて、大気汚染物質や温室効果ガスの排出量が少なく、運用コストが低いというメリットがあります。

核の原料となるウランは地上に豊富に分布する天然資源で、少量で大量の電力を生産できるため、燃料を安定的に供給することができます。風力や太陽などの他の再生可能エネルギーのように、天候の影響を受けることもありません。

デメリットは、建設コストやリスクが高く、使用済みの廃棄物の処理が困難であることです。廃棄物から放射能がなくなるまで数万~10万年かかるとされており、その期間は地層深くに埋めるなどして、放射能が漏れないように社会から完全に隔離して保管する必要があります。

安全性へのリスクが極めて高い点も問題視されています。チェルノブイリ原子力発電所(1986年)や福島原子力発電所(2011年)の核メルトダウンは大惨事を引き起こし、世界に原発の恐ろしさを知らしめました。

世界では毎年約34,000㎥の核廃棄物が発生していると推定されており、より効率的で安全な原子力発電を求める声が高まっています。

小型モジュール式原子炉のメリットとは?

小型モジュール式原子炉(SMR)は、原子力発電が抱える課題の解決策として注目されています。

通常、従来の原子炉の電気出力は1,600 MWe(メガワットエレクトリカル)以上ですが、SMRは300 MWe相当以下のコンパクトな核分裂炉です。従来の原子炉ほど構造が複雑ではなく、個々の部品を工場で製造して建設地で組み立てるモジュール(組み合わせ)式を採用しているため、設計・建設・設置といった初期費用や労力の削減につながると期待されています。

また、原子力発電所の建設に不適切とされている場所(石炭発電所の跡地など)にも設置でき、石炭火力発電所のタービン(蒸気などの流体が持つエネルギーを回転エネルギーに変える技術)などの既存のインフラを利用することにより、初期費用をさらに抑えることも可能です。

部品と設計を標準化すれば大量生産できるため、より低コストで経済性の高い原子力発電エコシステムを築くことができるでしょう。

さらに中~大型の原子炉よりもメンテナンスが容易で、緊急時に放散する必要のある熱が少ないため、安全性が高まるとされています。

小型モジュール式原子炉の最新動向

小型モジュール式原子炉の概念は比較的新しいものですが、国際原子力機関(IAEA)によるとすでに70以上の商業用小型モジュール式原子炉の開発が進められています。現在注目されている2つのプロジェクトを見てみましょう。

1.テラパワー「小型モジュール式ナトリウム原子炉」

原子力発電イノベーション企業テラパワー(Terra Power)は、より安価で安全、かつ環境に優しい原子力エネルギーを世界に提供することを目標に、2006年にワシントンで設立されました。ビル・ゲイツ氏が取締役会長を務め、ウォーレン・バフェット氏率いるバークシャー・ハサウェイが所有する電力会社パシフィコープが出資しています。

同社の発表によると、小型モジュール式ナトリウム原子炉開発プロジェクトに40億ドル(約5,240億円)を投じ、2028年までにワイオミング州ケミアアーに最初の原子炉を建設する計画です。

ナトリウム原子炉では、液体ナトリウムを冷却剤として使用します。ナトリウムは沸点が高く、水よりも多くの熱を吸収できるため原子炉内に高圧が発生せず、爆発の危険性が低くなるといった利点があります。

また、ナトリウム発電所は溶融塩のタンクに熱を蓄えることでバッテリーのように蓄電し、供給量を通常の345 MWeから最大500 Mweまで増やすこともできます。

2.ロールスロイス「加圧水型原子炉技術を基盤とする小型モジュール式原子炉」

英国政府では原子力発電から電力の25%を供給することを目指し、政府と欧米の主要原子力発電所や技術会社間で具体的な協議が進められています。

ロールスロイスの小型モジュール式原子炉事業であるロールスロイスSMLは、産業用電力の生産から水素や合成燃料の製造まで、コスト競争力が高く多様なニーズに対応可能なクリーンエネルギーソリューションを開発しています。

現在、独自の小型モジュール式原子炉の設計案を英国の原子力規制局や環境庁に申請中です。2024年半ばまでに英国の規制当局の承認プロセスが完了し、2029年までに電力を生産できると見込んでいます。

同社の小型モジュール式原子炉は加圧水型原子炉(PWR)技術を利用したもので、原子炉の部品を自社工場で製造し現場で組み立てるというシステムを採用しています。各ユニットのコストは約18億ポンド(約2,900億円)で、10エーカーの敷地に建設される予定です。

470MWeとテラパワー同様に既存の小型モジュール式原子炉の規格より大きめですが、安価で迅速に構築でき、船や航空機にも配備できると期待されています。

小型モジュール式原子炉にもデメリットがある

小型モジュール式原子炉はメリットばかりではなく、デメリットも指摘されています。

大型原子炉のように生産量が増加して供給網が確立されない限り、資本コストが大きく経済性が悪くなります。

また、各国における既存の規制や認可制度が、大規模な商業用原子炉を対象としている点も考慮する必要があります。今後は各国政府による小型モジュール式原子炉に適した新たな評価基準や認可制度の構築が必須となるでしょう。

また、小型だからといって安全面の懸念が完全に解消されるわけではありません。

このように賛否両論あるものの、化石燃料への依存を減らす手段のひとつとして小型モジュール式原子炉への期待はますます高まっているようです。Wealth Roadでは、今後もクリーンエネルギー市場の動向をレポートします。

※為替レート:1ドル=131円、1ポンド=161円
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(提供:Wealth Road