本レポートは三菱UFJ信託銀行で公開された「シリーズ:DX 時代の企業不動産(CRE5.0)『Introduction ―― デジタル空間の発展で不動産の役割は再定義される』」を一部編集し、転載したものです。
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この記事の概要
• 企業活動の一部は、その場を不動産からデジタル空間へ移行し、
将来はリアルとデジタルが融合して機能発揮
• Society5.0に向かって不動産の役割は再定義される(CRE5.0)
• 企業におけるDXとCRE5.0は並行して進む
企業活動の場は次々にデジタル空間へ移行
いま、我々はどのように仕事をしているでしょうか。数年前はオフィスに毎日通うのが当たり前だったのに、いまは自宅やリモートオフィスから会議に参加するのが日常になっています。以前なら機械設備や現場から離れられなかったのに、いまは遠方から複数の施設をモニターし、操作することができます。
また、身近なビジネスの活動空間も、大きく変化しています。原材料や製品の保管・物流は、専門業者に委託して在庫は必要最小限に管理され、売り場の役割が変化し、ネットショップでの販売の割合が増加し続けています。
▽図表1:不動産はビジネスの要素の器だった
ビジネスの3大要素は、「人材」「物資」「資金」と言われ、これに「情報」を加えて4大要素とする考え方もあります。これまで多くの企業では、「人材」「物資」を特定の場所に集め、知恵を出し合ったり加工したりすることでビジネスの価値を生み出してきました。
「資金」や「情報」という形がないものも、「物資」の移動に伴って集まり、あるいは「人材」が意味づけを行うことで価値を発揮するので、これらの要素を集めるための器が必要とされてきました。この器を、不動産と言い換えることができます。企業が使う不動産には、オフィス、研究所、工場、倉庫、店舗、福利厚生施設、データセンターなどがあります。
冒頭に例示したように、今まで不動産が物理的な器として果たしていた機能の一部は、すでにデジタル空間に代替が進んでいます。会議の多くはオンライン開催され、会議室に集まることは減りました。ネット販売のみを行う小売業者に物理的な店舗は必要ありません。
このようにして既存の不動産の機能や器としての必要な面積が縮小していくことが、変化の第一段階と言えます。この段階で企業にとって大切なことは、リアルな不動産に求められる必要な機能は何かを特定し、その機能を発揮するための最適空間を再構築することです。
これは、AとBという2つのオフィスの片方だけを残すというような、単純な選択ではありません。オフィスで働くことで、新しい価値が持続して生み出させるような仕掛けを作ることが必要になります。
そして、変化はこれにとどまらず、その先へと続きます。
さらにデジタル空間と不動産の融合へ
企業活動の場は、会議をどこで行うか、商品をどこで売るかといった、デジタルとリアルの二元論で分かれていくのではなく、融合が進んでいくと考えます。この背景としては、政府が提唱するSociety5.0 (*1)の将来像がうまく説明しています。
現在、まだ多くの企業はSociety4.0にいると位置付けられ、リアル空間にいる人が、デジタル空間(*2)にアクセスして情報をインプットし、人はそこから必要な分析結果を取り出しています。デジタル空間とリアル空間は分けられて、デジタルはリアルからの能動的な働きかけによって機能する関係とされています。
これが「新たな社会」Society5.0では、リアル空間の情報をデジタル空間が集め続け、それをAIが処理の上、リアル空間の人や機械に働きかけるという一連の流れが、絶え間なく起こるようになると予想されています。つまり、デジタル空間とリアル空間が高度に融合した状態になるということです。
具体的には、自動車の自動運転や都市生活における人への様々なサポート、工場生産の高度な自動化などがあり、すでに実装後の姿が見えてきているものも少なくありません。
▽図表2:リアル空間とデジタル空間は融合していく
Society5.0が想定するデジタル空間とリアル空間が高度に融合した世界では、都市の中で、デジタル空間にあるAIとリアル空間にある施設や人が、つながったまま情報を与え合うようになります。
そこまで進むと、デジタル空間のAIとリアル空間の不動産が結びつくことで、例えば、建物や街区にいる人に対して次の行動へのサポートが自動的に次々に提供されるような、高度な機能が発揮されるようになるでしょう。それに適応して、不動産に求められる仕様や立地もさらに変化していくものと予想されます。
*1:政府が第5期科学技術基本計画以降提唱している。人間の社会は、狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(同2.0)、工業社会(同3.0)と発展してきた。そして、20世紀の終わり頃からインターネットを介してデジタル技術が活用される情報社会(4.0)に移行したとされる。
*2:本稿で用いるリアル空間とデジタル空間は、Society4.0と5.0の説明では、それぞれフィジカル空間、サイバー空間と表現されている。
Society5.0に向かう企業不動産(CRE5.0)
企業不動産は、Corporate Real Estateを略してCREと表わされます。「CRE戦略」という言葉の組み合わせで使うと、企業が不動産を重要な経営資源と意識した上で活用するという意味が込められます。
これまで述べてきたとおり、デジタル化の進展で社会が変わると、リアル空間の不動産に求められる機能や役割も変化します。このシリーズでは、Society5.0に向かう社会の中での企業不動産の変化や戦略的な重要性をCRE5.0と名付けます。CRE5.0では、デジタル空間の発展とともに、リアル空間での不動産の役割が再定義されていくと考えます。
企業DXと並行してCRE戦略に目を向ける
最近、デジタル・トランスフォーメーション(DX)という言葉が、よく聞かれます。DXは、広義の意味では、デジタル技術によって社会の在り方が変わるという、Society5.0のような捉え方ができるほか、狭義の意味では、範囲を絞り、その中で個人の豊かな生活を実現したり、企業がデジタル技術を活用して新しい戦略を立てたりする際に、〇〇のDXとして用いられることもあります。
多くの企業にとって、DX戦略の第1歩はデジタル技術の活用となるため、リアル空間の不動産を意識することは後回しになるかもしれません。しかし、意識するか否かにかかわらず、DXと不動産の役割変化は並行して進んでいきます。リアル空間の不動産のあるべき姿の検討が後回しになると、DXの効果が狙い通りに発揮されない恐れがあります。
また、企業不動産とのかかわり方は、企業財務に大きな影響と与えます。所有の場合は固定資産として資産の大きな割合を占め、賃借の場合は大きなコストが発生します。その観点からの検討も、企業が変革を行う際に重要となります。
▽図表3:企業DXと企業不動産(CRE)
本シリーズのメッセージ
本シリーズは、今、まさにDXを戦略として推進している企業に向け、不動産(CRE)活用の観点から情報提供していきます。企業活動の場がデジタル空間とリアル空間とが融合した世界へと変化する潮流の中で、リアル空間にある不動産の活用にも目を向けるきっかけとなり、DX戦略を効果的に進める参考になれば幸いです。
なお、国内で民間企業が所有している土地建物の資産規模合計は523.7兆円と試算されています(*3)。企業による不動産利用や売買は、都市開発や不動産マーケットに大きな影響を及ぼします。このシリーズの考察は、不動産投資市場の将来の姿を予想するのにも、参考となるでしょう。
*3:(出所)国土交通省2018年度土地基本調査総合報告書