この記事は2022年9月30日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「建築費高騰と不動産開発プロジェクト(前編)~不動産開発プロジェクトの収支の考え方と資金フロー」を一部編集し、転載したものです。

建築費高騰と不動産開発プロジェクト
(画像=kurosuke/stock.adobe.com)

目次

  1. 開発用地の取引の割合は前年比では増加傾向だが、直近では低下している
  2. 不動産開発の収支計算と資金フロー
  3. 不動産開発プロジェクトで利益を得ることが以前よりも難しくなっているのではないか

開発用地の取引の割合は前年比では増加傾向だが、直近では低下している

日本の不動産市場では、新たな物件の取得が困難な状態が継続し、取引価格も高値を維持している。新築物件の売出物件の品薄感から、建物が完成した土地建物ではなく、土地(開発用地)を購入する動きも増加している。

エム・エス・シー・アイ・リアル・キャピタル・アナリティクスによると、2021年の開発用地の取引額累計が全体の取引額累計に占める割合は12%であったが、2022年に入り8月17日時点では19%(前年比+7%)と増加した。ただし、直近の推移では9月8日時点で18%、9月27日時点で16%と割合はやや低下してきている(図表1)。

建築費高騰と不動産開発プロジェクト
(画像=ニッセイ基礎研究所)

不動産開発の収支計算と資金フロー

ある不動産開発プロジェクトが成功したかどうかは、最終的に「建物完成後の土地建物の価値」から、「建築費や開発用地の取得額等の費用」を控除した残額が「プラス(利益)となるか、マイナス(損失)となるか」で判断される。

ただし、不動産開発プロジェクトの収支計算における各項目の金額算出の順序はやや異なる。まず「(1)建物完成後の土地建物の価格」を収益総額または販売総額から求めるのは同じである。そこから「(2)建物の建築費など(予想)」と「(3)開発者が手もとに残すべき利益」(*1)を控除した残額が「(4)開発用地の取得費(予算)」となる(図表2:収支計算での各項目の額算出の順序)。このため、開発用地の取得前であれば、開発用地の取得費は柔軟性が高い。

ところが、実際の資金フローでは、不動産開発プロジェクトの始動とともに「(4)開発用地の取得費」が先に支出されて確定する。また、「(1)建物完成後の土地建物の価格」は建物完成後の市況で、「(2)建物の建築費」は建築請負契約で決まるため、計画当初はあくまで予想であり、開発用地の取得者の思惑通りにいくかどうかはわからない。さらに、「(1)建物完成後の土地建物の価格」は不動産開発プロジェクトの利益の源泉であり、当初見込みを下回れば不動産開発プロジェクトで損失が発生する可能性が高くなる。

すなわち、不動産開発プロジェクトが始動した後は、「(3)開発者が手もとに残すべき利益」以外の項目の費用や収益が徐々に確定していき、最終的に「開発者の利益」が確定することになる。(図表2:各項目の支出・収入発生の順序)。

建築費高騰と不動産開発プロジェクト
(画像=ニッセイ基礎研究所)

また、不動産開発スケジュールは、建築する建物の設計と建築工事に、最低1年半程度の期間が必要である(計画された建物の規模や構造にもよる)。つまり、開発用地を取得した場合、1年半以上の期間は建築費の支払などの追加投資や土地の固定資産税等の税金などの費用が発生するが、建物が完成してテナントが入居する(あるいは購入希望者に完成建物と土地を売却する)までは賃料収入等の収益を得ることができない(図表3)。また、建物建築中の土地の売却は、実務上極めて困難である。

建築費高騰と不動産開発プロジェクト
(画像=ニッセイ基礎研究所)

不動産開発プロジェクトは、開発用地の取得から建物完成までの間に市況が好調に推移し、不動産価格が上昇していれば、当初の収支計画よりも大きな利益を得ることができる。

しかし、開発用地の取得後に「建物完成後の土地建物の価格」が減少した場合や、「建築費の予算」を建築費実費が上回る場合には、その不動産開発プロジェクトの収支は悪化する。従って、収益から費用を控除すると損失が発生することが見込まれる場合には、建物の建築を見送ったり、開発用地のまま転売したりといった、当初の収支計画や不動産開発スケジュールの見直しが必要になる。


*1:「(3)手もとに残すべき利益」を確保するのは、不動産開発プロジェクトを行う組織の運営費(人件費、本社事務所の賃料、投資家への配当など)を捻出たうえで、組織の利益も得る必要があるためである


不動産開発プロジェクトで利益を得ることが以前よりも難しくなっているのではないか

最近の建築費高騰により、近年に開発用地が取得された不動産開発プロジェクトの利益は、当初予定額を下回っている可能性があるものの、低金利の継続などにより、「建物完成後の土地建物価格」が大幅に下落する様子はない。従って、現時点においては、多くの不動産開発プロジェクトは一応スタート可能な状態と考える。

ただし、冒頭で述べたように、直近では開発用地の取引額が全体の取引額に占める割合がやや低下してきている。新たな開発プロジェクトへの投資を検討した際に、採算に合わない開発用地が増加している可能性があるのではないだろうか。

次稿では建築費の動向と用途別・躯体別の影響について考察してみたい。


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渡邊 布味子(わたなべ ふみこ)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員

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