本記事は、岡田五知信氏の著書『起死回生 東スポ餃子の奇跡』(エムディエヌコーポレーション)の中から一部を抜粋・編集しています。

東スポが金曜日と土曜日に売れる理由

新聞紙
(画像=Irina84/stock.adobe.com)

「このままだと紙はもう厳しい……」

その言葉の意味は自社の商品の終焉しゅうえんを語るようでもある。実際、社員たちのモチベーションは下がっていったはずだ。紙に未来がないという現実を受け入れた先にビジョンがなければ、企業はただ座して死を待つことになる。その先に、いったいどんな展開をイメージしていたのだろうか。その問いについて平鍋氏はこう答えた。

「『このままだと紙はもう厳しい……』 といっても、その後のことをしっかり説明すれば、社員のモチベーションが下がり続けることはなかったということです。まずはしっかり説明すること。現実は厳しい状況だけど、それでもなんとか部数の下落角度を45度ではなく5度ぐらいにすることはできる。紙が売れなくなっても、その他で稼いでいく方法はあるといったら納得してくれた社員も多かった。 ですから、今は紙だけではなく、ネットへの記事配信にも注力しています。ネットでの売り上げも、2年ほど前から多くの若手社員に担当してもらい、3年前の3倍以上になってきました。若手がネットの記事配信を担当してくれることで、そこまで伸びてきたわけですから、やはり若手社員の感性はネットビジネスにマッチしているのだと思います」

東スポには「競馬」という強いコンテンツがある。予想から廐舎情報、その他読み物などで、多様な競馬コンテンツは紙の時代から東スポ読者の間では定評があり、一定のファンを獲得している。その競馬コンテンツをデジタル化して情報を発信する「東スポ競馬」も有料会員の獲得を2021年から始めている。今でこそ「東スポ競馬」は業界からコンテンツとして大きな注目を集めているが、残念ながら当時は収益を生んでいるという話は聞こえてこなかった。

実際、東スポは月曜日から木曜日はスポーツや芸能の記事がメインを飾るが、週末になると紙面の構成は競馬が中心になる。しかも、競馬がメインの金曜日と土曜日は平日の4倍の部数が売れていく。

東スポ全体の部数は落ちていても、週末に売れるその傾向はまったく変わっていないというが、ここ1〜2年の新型コロナウイルスによって競馬ファンも競馬場に出向くことが少なくなった。どの程度、影響を受けたのだろうか。平鍋氏は次のように話してくれた。

「新型コロナウイルスの感染者が発生した第1波、第2波以降、感染者の増加傾向がみられたので、人の流れが大幅に減少し、東スポのように駅売りがメインの媒体は売り上げをかなり落としました。加えて、その間、東スポを買わなかった読者はコロナが沈静化してもなかなか戻ってきてくれなくなりました。ところが、金曜日と土曜日だけは読者が戻ってきたんです。しかも2021年より2022年の方が週末の数字がいい。コロナウイルスの影響による『巣ごもり需要』で競馬など、ネットで決済できる公営ギャンブルは思いのほか好調だった。そのおかげもあると思っています。皆、ストレスを抱えていたんですね」

コロナウイルスの蔓延によって外食産業などは大きな影響を受けたが、競馬などの公営ギャンブル(*1)は好調といわれていた。その間、新聞からいったん離れてしまった読者はコロナの感染者数が漸減したとしても、なかなか新聞を買ってくれることはなかったようだ。しかし、金曜日と土曜日に限っては徐々に数字を戻しているどころか、2021年に比べ2022年の方がいい結果だという。

*1:公営ギャンブル/日本で行われている公営競技によって行われているプロフェッショナルスポーツによる賭博(ギャンブル)。現在日本で開催されている公営競技は競馬、競輪、競艇(ボートレース)、オートレースの4つ。

競馬の場合には、ネットの予想サイトを見るファンも多いが、新聞にネットで得たデータや自分の予想を赤注ペン(*2)で書き込むスタイルのファンがまだまだ多いという。スマートフォンやパソコンの予想サイトには赤ペンで自由に書き込むことができないので、今でも紙の方が支持されているのだ。

*2:赤ペン/馬柱(新聞紙面などに、出走レース枠が書かれたもの)情報に線を引き、自分なりの評価を書き込み、馬券のマークシートを塗りつぶす……競馬予想者にとって、赤ペンとは神器である。

競馬について平鍋氏は、「東スポは競馬予想が強いことで知られていますから、競馬のジャンルでは生き延びる術があると思っています。他の夕刊紙も公営ギャンブルのおかげで平日よりも週末の方がよく売れますが、それでも週末に関しては東スポが圧勝しています」と語った。

それほど週末の売れ行きが好調で平日の実売が落ち込むということであれば、平日のニュースはネット配信に特化し、週末のみ競馬新聞として販売するという、時代に対応した情報の発信に変化していくことは難しいのだろうか。そのような疑問を問いかけると、平鍋氏は新聞界の現実と業界の問題点を明かしてくれた。

「その提案は現実的ではないですね。いくらネットでのニュース配信が伸びてきているといっても、結局、紙の売り上げの方が桁違いに多いわけですから……。売り上げが伸びているといってもまだまだです。1カ月で1億円から1億5,000万円ほどですから。

あるライバルのスポーツ紙は2億円までネット配信による売り上げを伸ばしたともれ伝わってきましたが、多くてもその程度です。

弊社の場合でも、いくら東スポが全盛期の半分まで部数を落としたといっても年間100億円近くは本紙の売り上げがあるのです。まだまだネット配信とは比べ物にならないほど売り上げていますから、平日の発行を止めてネット専業になるというアイデアは無理ですね。しかも、その場合には社員数をさらに少なくして50人ほどにしなければならなくなる。

『紙はもう厳しい……これからはネットだ』

といって、そうそう簡単に仕事の内容を切り替えたり、社員のクビを切ることはできません。そしてそれは、弊社だけではなく、印刷業者、トラックの運送会社、取次などを巻き込んだ議論に発展していく。いくら部数が減少しているから、平日の部数が少なくなったからといって新聞の発行を週末だけにしたら、業界全体が食べていけなくなってしまうんです」

ネット配信記事は東スポらしさをスポイルする

スマホ,手,カフェ
(画像=(写真=NOBU/stock.adobe.com))

有名無名を問わず、すでにYouTubeなどネットコンテンツを配信して収益を得ているネットユーザーは多い。

すでにある程度は認知されているが、新聞や雑誌など各メディアのニュース記事は、「Yahoo!ニュース(*3)」などのニュース配信サイトで配信され、ネット上で閲覧された閲覧数(PV数/ページ・ビュー)に応じた額の広告収入が支払われるシステムになっている。それが新聞社や雑誌社にとっての収入源の一つになっているのだが、一方で、ニュース配信サイトで配信してもらうためには、ニュース内容やタイトルにさまざまな制約を受けることも事実である。

*3:Yahoo!ニュース/インターネット上で国内、海外のニュースを提供するニュースサイト。国内シェアナンバーワンの閲覧数を誇るゆえに、ニュースごとに感想を書き込める「コメント欄」が炎上することも少なくない。

最近、ネットで配信された東スポの記事には以前のような飛ばし記事もなく、タイトルや内容に関しても東スポらしさが失われたといわれている……。平鍋氏に問うと次のような答えが返ってきた。

「紙でやっているような飛ばし記事やUMAものをネットで配信してもダメです。刺激的なタイトルの最後に『?』を付けて読者に驚きを与えるという方法も使えません。実は、ニュースを配信するサイトの運営サイドから、

『かつての東スポらしい記事は配信できません』

と釘を刺されている。我々は時代を読まなければいけなくなりました。ジェンダー系や差別系の記事なども基本は触らない。極論をいえば『美女』という単語すら積極的に使わないようにしています。

ネットで配信するニュースに関しては、紙の何十倍もコンプライアンス(*4)が求められています。そういう意味ではネットでのニュース配信は手足を縛られた状態と同じです。当然、どこの媒体社も同じですが、記事のネット配信での売り上げが頭打ちになってきているのが現状です。ただ、我々のような媒体社と配信する業者の間には、中間マージンがない。仕入れ、紙代、印刷代、運送代、取次店に払う手数料などもまったくありません。PV単価は明かせませんが、記事が配信され、PV数が増えればその分だけお金は入ってくるので、利益率は圧倒的にいいのです。ですから多くの媒体社はさまざまな不満を抱えながらも止めずにいます。とはいえ、配信のサービスを受けるためには、皮肉なことに『東スポ』も〝東スポらしさ〟を自ら打ち消し、紙とは違うネット配信に対応したタイトルにせざるをえないんです」

*4:コンプライアンス/一般に、コンプライアンスは「要求や命令などに従うこと」を意味する。仕様、規格、ポリシーや法律などに準拠することを指す。日本においては「法令(等)遵守(順守)」。

東スポ餃子の奇跡
岡田五知信
早稲田大学卒。徳間書店『週刊アサヒ芸能』編集部や新潮社『フォーカス』編集部で編集記者を経て1992年に在京キー局に中途入社。バラエティー番組や情報番組、特番などでディレクターやプロデューサーを担務。

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