本記事は、山田順氏の著書『日本経済の壁』(エムディエヌコーポレーション)の中から一部を抜粋・編集しています。

スタグフレーション
(画像=meeboonstudio/stock.adobe.com)

ついに始まったスタグフレーション

日本経済は2021年の秋から、スタグフレーションに突入した。それまで長い間続いてきたデフレが終わり、物価が上昇に転じたのである。

コロナ禍が始まって1年半、世界中でインフレが亢進こうしんするなかで、日本だけ物価が上がらなかった。日本企業は、原材料費などのコストの上昇を価格に転嫁てんかせずに耐えてきたからだ。しかし、その忍耐もついに限界に達した。

こうして2022年に入ると、物価はさらに上がり、メディアも「日本もインフレになった」と言うようになった。

しかし、これはインフレではない。なぜなら、物価が上がっても、それに連動して給料が上がらないからだ。給料が上がらないなか、一方的に物価が上がり、貯金、現金の価値が低下する。これはスタグフレーションであって、経済的には最悪の現象である。

過去の日本でスタグフレーションが起こったのは、原油価格の高騰で物価が急騰した1970年代のオイルショックのときだった。このスタグフレーションによって、それまで続いてきた、奇跡と言われた日本の〝高度経済成長”が終わりを告げている。

「悪いインフレ」がスタグフレーション

インフレには2種類がある。「良いインフレ」と「悪いインフレ」だ。

良いインフレでは、物価の上昇とともに給料も上がる。好景気がインフレの原因なので、需要が増え、それにともなって生産量も増え、物価も上がるという好循環が起こる。つまり、このケースでは、いくら物価が上がっても所得増をともなうので、国民の生活、家計、ビジネスへの悪影響はない。

ところが悪いインフレは、たとえば原材料の逼迫ひっぱくで生産コストなどが上がることが原因で起こる物価上昇だから、給料の上昇をともなわない。このインフレは景気の良し悪しとは関係なく起こるので、景気が良くないときに起こると、国民生活に悪影響をもたらす。とくに、低所得者層は生活が困窮する。

この悪いインフレを「スタグフレーション」と呼んでいる。現在のインフレは、コロナ禍で景気が低迷するなかで起こったので、明らかなスタグフレーションである。

いっせいに始まった値上げの中身

スタグレーションが始まった2021年秋、「読売新聞オンライン」(2021年9月30日付)は、『値上げまた値上げの10月、野菜・マーガリン・牛丼…宣言解除でも水を差すおそれ』という記事を配信した。この記事で紹介された主な値上げ品は、次のとおりだった。

  • マーガリン:雪印の「ネオソフト」(160グラム)の希望小売価格は税込みで16円ほどの値上げ。
  • 牛丼:松屋は「牛めし」(並盛り)を税込み320円から全国一律で380円に値上げ。
  • 野菜:農林水産省は9月29日、主な野菜14品目の10月の価格見通し(卸値ベース)を発表。ジャガイモとタマネギは10月を通して平年より2割以上高くなる見込み。ハクサイやレタス、ナスも、高値で推移。

記事では、これらを紹介したあと、今後、年末の繁忙期にかけて、そのほかの食料品、たとえばケーキなどが、原材料の高騰から値上がりすることを警告していた。

こうした製品価格の直接の値上げと「ステルス値上げ」(価格を据え置いたまま内容量を減らす実質的な値上げ)は、このあと本格化した。

当時はまだコロナ禍の真っ最中だったから、それと相まって、物価の上昇は消費の減退を招いた。IMF(国際通貨基金)によると、2021年、日本の経済成長率は1.66%とプラス成長となったものの、コロナ禍が始まった2020年のマイナス4.62%からの回復に過ぎないから、成長とはとても言えなかった。

マクドナルドは1年間で3度も値上げ

2022年からは、「値上げ」は毎日のようにメディアに取り上げられるようになった。あまりに長くデフレが続いてきたために、「物価は上がらない」「価格は明日も同じ」という日本人の共通認識は、これで一気に崩れた。これまでの〝常識”は、もはや〝常識”ではなくなった。

インフレを端的に象徴するのが、マクドナルの3回にわたる値上げだろう。マクドナルドは、2022年の3月と9月、そして2023年1月と3度の値上げを行った。その結果、ハンバーガーが110円から170円に、ビッグマックが390円から450円(店頭価格)になった。

1年前に比べて、60円も上がったのだから、財布へのダメージは相当大きい。

しかし、それでもなお、英国の経済誌「エコノミスト」が発表しているビッグマック指数(BMI)を見ると、「安いニッポン」はダントツで続いている。

[ビッグマック指数(BMI)比較]

  • アメリカ…5.36ドル(約696円)BMI:プラスマイナス0
  • ユーロ圏…4.86ユーロ(約680円)BMI:マイナス1.4
  • 韓国…4,900ウォン(約515円)BMI:マイナス26.0
  • シンガポール…5.9シンガポールドル(約581円)BMI:マイナス16.6
  • 日本…450円BMI:マイナス34.9

世界が高インフレのなか日本だけ低インフレ

日本ばかりではない。世界中がインフレに苦しむようになった。もともと世界各国は、インフレ経済だったが、コロナ禍が収束に向かい始めるとほぼ同時にインフレ率が跳ね上がった。

OECDによると、G20の2020年までの10年間の平均インフレ率は〝適温”とされる2〜3%。それが、2022年には年間で8.1%にも達した。アメリカは6.2%、ユーロ圏は8.3%となった。ただし、欧米諸国に比べて日本は低く、2.3%にとどまった。

[図表2]は、2019年から4年間の日米欧の消費者物価の推移である。コロナ禍によって一時的に下がったものの、その後は一貫してインフレが亢進してきたことがわかる。

日本経済の壁
(画像=日本経済の壁)

欧米の高いインフレ率に比べ、なぜ日本は低いのだろうか? それは、日本の消費者物価(総合)のなかに、下落を続けた携帯電話料金が含まれていたからだ。

[図表3]は、コロナ禍が始まった2020年1月から2年間の消費者物価の推移グラフだが、携帯電話料金の下落が物価全体の上昇率を引き下げていたことがわかる。

日本経済の壁
(画像=日本経済の壁)

つまり、日本のインフレ率2.3%は、毎日、食料品を買う国民の日常生活の感覚とはかけ離れていたのだ。食料品にかぎれば、マックの例を持ち出すまでもなく、とても2.3%では済まない。

いずれにしても、日本経済はデフレからインフレに転じた。それが、たとえ2.3%だとしても、日銀の異次元緩和が目標としてきた2.0%を超えたのだから、日銀は緩和を打ち切るべきだった。そうでないと、インフレは止まらなくなる。

案の定、2022年12月には、消費者物価(生鮮食品を除く)の上昇率は4.0%に達し、41年ぶりの物価高を記録した。

なぜ世界中でインフレが亢進したのか?

世界経済がインフレに突入したのは、コロナ禍によって巨額な給付金、休業補償金などがバラまかれた後に、需要が急激に回復したからである。

また、異常気象の影響で、世界的な農産物不足が起こったこと、さらに石油や鉱物資源などが不足したことも大きかった。これに輪をかけたのが、グローバル経済で構築されたサプライチェーン(供給網)が寸断されたり、混乱したりしたことだ。さらに、2022年2月から起こったウクライナ戦争がインフレに拍車をかけた。

OECDは報告書で、インフレ抑制は「私たちがもっとも優先すべき政策課題」と位置づけ、主要国は「金融引き締めを継続する必要がある」と促した。

OECDの警告を待つまでもなく、アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)、EUのECB(欧州中央銀行)、英国のイングランド銀行などの中央銀行は、金融緩和を手仕舞いしてテーパリング(量的緩和の縮小)に入った。そうして、金利を段階的に引き上げた。

FRBのパウエル議長は、「インフレが収束するまで粘り強く金利を引き上げていく」と宣言した。

しかし、日銀だけは緩和を続けた。日本政府と日銀には、インフレを抑える気がなかったと言えるだろう。ただし、もしその気があったとしても、緩和をやめて金利を上げてしまうと、国債の利払いができなくなって予算が組めなくなる。それが怖くてできなかった。そう言うほかない。しかも、「異次元緩和は失敗だった」などとは、口が裂けても言えないのである。

食料品の平均値上げ率はなんと18%

〝物価の番人”とされる中央銀行が、その役目を果たさず、金融緩和をし続けているということは、インフレが放置されているということを意味する。

したがって、日本の物価上昇は、2023年になってさらに進んだ。とくに食品の値上げラッシュはすさまじい。

帝国データバンクの「食品主要105社価格改定動向調査」によると、上場している食品メーカー105社が扱う食品のうち値上げ予定の品目は、2022年1月~12月までの1年間で、累計2万822品目に上った。これにより、1年間での平均の値上げ率は14%に達した。

そして、2023年は、1月が580品目、2月が4,283品目、3月が1,837品目、4月が690品目と値上げ予定品目が続き、ここまでで累計で7,390品目に上った。1回あたりの平均値上げ率は18%で、2022年と比べて4ポイントも高くなった。

食品のなかでもとくに値上げが多いのは、冷凍食品や缶詰、麺製品、かまぼこなどの水産練り商品やシリアルなどの加工食品で3,897品目。多くの加工食品は、これまで、小麦・砂糖・食用油・食肉などの原材料価格の上昇、包材資材や物流コストの上昇、円安による輸入コスト増などを、十分に価格に転嫁できなかった。しかし、もはや限界を超えたので、次々に値上げを実施せざるをえなくなったのである。

日本経済の壁
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、光文社に入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長を務める。2010年より、作家、ジャーナリストとして活動中。主な著書に、『出版大崩壊』(文春新書)、『資産フライト』(文春新書)、『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP研究所)、『永久属国論』(さくら舎)などがある。翻訳書には『ロシアン・ゴットファーザー』(リム出版)がある。近著に『コロナショック』、『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)がある。

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