本記事は、早嶋聡史氏の著書『コンサルの思考技術』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
失敗の原因
成功事例は目につきますが、失敗事例は共有されにくいものです。そこで失敗の原因について考えてみると、「やる気不足」「違いがないこと」「調査不足」「お金の知識不足」「計画不足」の5つに分けることができます。
● やる気不足
成功と失敗を分ける要因の1つに本人のやる気不足があります。新しいことをはじめた当初は躍起になり、「何がなんでも成功させよう!」と前向きに取り組む意欲が高いでしょう。「良く働くね」と言われても、「そうかな?」と思ううちは、まだまだ気力十分です。
本人だけでなく、組織のやる気を管理することも大切です。チームのやる気管理は成功へ導くための大切な鍵だと思います。ハーツバーク(動機付け要因・衛生要因)の理論にあるように、給与や待遇の改善だけではチームのやる気は引き出せません。
例えば、チームに対して以下のような質問をしてみてください。
- (1)与えられた仕事はやりがいがあり、やり遂げたときに満たされた気持ちになりますか?
(2)昇進・昇給のチャンスは平等ですか?
(3)仕事の成果に応じて、やればやるほど評価される報酬システムですか?
(4)プロジェクトを遂行するための設備、資金、人員などのサポートは十分ですか?
(5)社員が誇りに思えるような会社組織・風土ですか?
チームが勢い良く「YES!」とならない組織は要注意です。本人のやる気に加えて、チームのやる気を高めることを初めから考えなくてはいけません。
● 違いがないこと
違いは重要です。あなたが未知の分野に足を踏み入れたとしましょう。経験があろうがなかろうが、必ずその道のプロとの競争が始まります。
成功の確率を高めるためには、「ここなら自分が1番!」と言える何かが必要です。そうでなければ、顧客がそのお店に足を運んで何かを買い求める理由がないからです。この概念は、経営の専門用語では戦略的優位性、マーケティングの言葉ではUSP とも呼ばれます。
もし、同じ商品に対して同じ値段がつけられていたら、同じ地域であれば慣れ親しんだお店を利用することでしょう。この場合の優位性は慣れ親しみ(ブランド)になります。多少の違いがあっても顧客はそう簡単にお店をスイッチしないでしょう。
PCの例を考えてみます。価格を150,000円から149,000円にしたところで顧客は反応しません。また、PCのハードディスクの容量を80GBから85GBに増やしたところで有名ブランドには勝てないでしょう。一方、ノートPCの電池の寿命が6時間から60時間に改善されたらどうでしょう。この違い、顧客はきっと評価するでしょう。
違いのポイントは、顧客の目線で見たときに違いが分かることです。ほかができない製品やサービスを提供する、明らかに優れた特徴や違いを提供する、これが不明確であれば、顧客に継続的に製品やサービスを利用してもらうのは難しいでしょう。
● 調査不足
成功している人と失敗を繰り返す人の大きな違いに、調査不足があります。どんなに優れたアイデアでも、それを受け入れてほしい人から歓迎されないのであればそのアイデアは存在しないのと同然です。
大学発ベンチャーの多くが市場調査不足から事業計画の修正を余儀なくされることが浮き彫りになっています。技術的な要素が先行し、肝要な顧客・市場のことを後回しにしてきたからです。この強烈な商品志向は成功しにくい考え方だと思います。
ネズミ捕りの事例を紹介しましょう。ある有名な発明者が世界一素晴らしいネズミ捕りを開発しました。彼は、その商品が売れることを夢見て、くる日もくる日も研究室に人が訪ねてくることを待ちますが、一向に人がやってきません。彼は思いました。「こんなに素晴らしい商品ができたのにどうして誰もやって来ないのだろう?」と。
当たり前の話ですが、商品に関するマーケティングを一切しない、そもそもネズミ捕りのニーズがあることと無関係にアイデアの実現に没頭していたのです。実は類似の案件に関するコンサルティングの依頼は絶えません。
● お金の知識不足
新規事業が傾く失敗の原因として、お金の問題は切り離せません。この場合、
新しいことをはじめるタイミングというのは、いくらお金があっても足りないと感じるでしょう。当然、新しいことをはじめるのに、予測できない資金もあり、常に足りない状態が続きます。加えて、自分がどのくらいのお金を費やしているのか、そのコストを管理できていなければ、さらに悲惨な状態に陥ります。
新しい取り組みを検討するときは、簡単なお金の知識を身につけると良いでしょう。これは会社でいえば、少なくともPL(損益計算書)やBS(貸借対照表)、キャッシュフロー計算書が分かる程度の基本知識です。
新しい事業を開始しても失敗に終わるパターンの多くが、運転資金を確保せずに、手元の資金を全てつぎ込み、その果てに、半年から1年で資金ショートに陥り事業の継続を断念するのです。このようなパターンは珍しくありません。どんなビジネスでも損益分岐点に達するまでに、ある程度の投資(時間とお金の両方)が必要です。そして、その分岐点がどの程度のものかをしっかりと把握しておかなければ、必要な資金を把握することができません。
何事も、始めてすぐにリターンを得られることはほとんどありません。しばらくの間、赤字が続いても継続することができる体力や精神力と、その裏づけとしての資金も必要なのです。
● 計画不足
知人の話です。脱サラしてモツ鍋屋さんをはじめるということで意気込んでいました。有名なモツ鍋屋さんで料理長の経験を有し、肉やモツの調達ルートを確保しているにもかかわらず、何から手をつけて良いのか分からない、そして、お金がないと嘆いています。
起業する場合、資金集めは重要です。そして、計画書なしには資金集めもできません。新規ビジネスの相談を受けているとき、夢は明確なのですが、その夢を実現するための道筋を考える時間を確保していないのが現状です。
これは、計画を立てて考える作業を全く行っていないことが理由です。何をしていいのか分からないのは当然です。タイトルだけが決まって肝心なシナリオがない演劇をトレーニングするようなものです。目的地があっても、そこまでの道筋がなければ、たどり着くことは困難を極めるでしょう。
件の彼の場合、どのように計画を立てるのが良いのか、質問を繰り返しながら考えてもらい、まずプランを立てることをすすめました。勘や度胸のみで成功するのであれば、世の中誰だって成功しているでしょう。
あらゆる分野で市場が飽和状態に達し、競合がひしめく昨今、マーケットの環境分析もせず、市場の動向も見ずに経営をしていては、成長はおろかはじめの一歩を踏み出すことも難しいところでしょう。経験や勘にもとづいてうまくいくこともあるでしょうが、やはりアイデアに対しては裏づけが必要です。失敗する要因は、ある程度特定され、さまざまに言語化されているのです。
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事
Parris daCosta Hayashima K.K. Director & Co-founder
株式会社プラネット・スタジオ 取締役
1977年長崎県出身。九州工業大学情報工学部機械システム工学科卒業。 オーストラリア・ボンド大学大学院経営学修士課程(MBA)修了。
横河電機株式会社においてR&D(研究開発部門)、海外マーケティングを経験後、株式会社ビズ・ナビ&カンパニーを設立。
戦略立案を軸に事業会社の意思決定支援を行う。
また、成長戦略や出口戦略の手法として中小企業にもM&Aが重要になることを見越し、小規模M&Aに特化した株式会社ビザインを設立、パートナーに就任。
M&Aの普及とアドバイザーの育成を目的に、一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立し、理事に就任。
その他、時計ブランド「Parris daCosta Hayashima」(パリス・ダコスタ・ハヤシマ)の共同創設者でもある。
また、陶芸アニメ「やくならマグカップも」のスピンオフアニメ「ロクローの大ぼうけん」の製作配信事業の取締役を行う。
現在は、成長意欲のある経営者と対話を通じた独自のコンサルティング手法を展開し、事業会社の新規事業の開発と実現を資本政策を活用して支援する。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせることを主な生業とする。
主な書著に『売上を伸ばし続けるにはワケがある 営業マネジャーの教科書』『ドラッカーが教える実践マーケティング戦略』『ドラッカーが教える問題解決のセオリー』『頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術』(以上、総合法令出版)、『この1冊でわかる! M&A実務のプロセスとポイント』(共著、中央経済社)などがある。※画像をクリックするとAmazonに飛びます。