■賃金と財産所得への分配

ピケティの仮説が世界を揺るがしている理由は、これがこれまでの経済学の議論の枠組みを大きく変えてしまう可能性があるからだと考える。これまで、経済が発展していくことで皆が豊かになり、より平等な社会が実現すると考えられてきたが、ピケティの仮説が正しければ経済が発展しても自動的に平等な社会が実現する訳ではないからだ。

経済学の教科書では、1961年にカルドアが提示した経済成長の定型化された事実に基づいて国の経済全体で見れば賃金と資本への所得の分配は長期的にはほぼ一定であると説明されることが多い。

貧しい経済では労働者は資産の蓄積ができないが、所得水準が上昇すれば労働者も資産を保有するようになり、賃金に加えて少しずつ財産所得も増えていく。賃金と財産所得の比率が一定ならば、少しずつだが労働者の取り分が増えていき、社会はより平等になるだろう。

インドの中央銀行総裁となったラジャンは、「資本主義、より正確には自由な市場経済システムは、人類が発見した最も効率的な生産と分配の方法だ」と述べている。

既得権を守ろうとする人達が、変化の過程で一時的に失業や倒産などの損失を被る人々を取り込んで、社会の問題を解決するような革新を進めることを妨げることが問題だと説いている。市場主義の基本的な考え方は、原則的には規制の無い自由な経済取引が最も優れたものであり、政府の関与が望ましい領域は限定的だというものだ。

現実の経済にある様々な欠陥を取り除いていくことによって、需要と供給で正しい価格が示されるようになる。経済発展によって豊かな人達がより豊かになり、一時的に所得格差は拡大することもあるが、いずれは多くの人達に恩恵が及び格差は次第に縮小していくと考えられていた。

カルドアは20世紀の経済成長に基づいて多くの国に共通の傾向を見出したが、ピケティはもっと長期間のデータを分析することで、歴史的に見ると賃金と資本への所得の分配は一定ではなかったことを示した。

ピケティは、歴史を見ると資本が蓄積されても収益率の低下は非常にゆっくりしており、過去に資本への分配が低下したのは、戦争や恐慌による資産の減少が原因で、21世紀の先進諸国では所得の中から資本が受け取る部分の割合が上昇していく可能性が高いと主張している。

ピケティの「r>g」という仮説が正しければ、現実の経済にある様々な欠陥を取り除いて行っても社会は平等にはならず、むしろ不平等が拡大するのを加速するということになる。