財務

経済財政運営と改革の基本方針2015(6月30日に閣議決定)では、これまでの名目GDP成長率=前提・プライマリーバランス黒字化(財政健全化)=主目標から、名目GDP成長率(デフレ完全脱却・経済再生)=主目標・プライマリーバランス黒字化=副次的目標へ、政策哲学は大きな転換をしたと考えられる。

しかし、この大きな転換が感じられず、新たな財政計画とその前提について、従来通りの解釈や分析、そして批判がなされているのが見受けられる。

これまでの計画との決定的な違いは、主目標である名目成長率が3%を下回っても、副次的な2020年度のプライマリーバランスが黒字化するというシナリオが否定されたことだ。これまでの計画では、名目GDP成長率が弱く、デフレ完全脱却が達成されていなくても、歳出削減策と増税策により2020年度のプライマリーバランスが黒字化すればよいというスタンスだったことを考えれば、大きな転換である。

アベノミクスの成果として、名目GDP成長率(景気・マーケット・税収の拡大の力)が長期金利(景気・マーケットの抑制の力と政府のコスト)をバブル期以来はじめて持続的に上回るようになってきた。名目GDP成長率と長期金利のスプレッドと、財政収支の変化(昨年がGDP対比8%の赤字で今年が6%であれば2%の改善)を比べると、きれいな相関関係が見られる。

デフレ完全脱却・経済再生を通して財政健全化を目指すというアプローチは正しく、2020年度のプライマリーバランスの黒字化は世間で指摘されるより容易だろう。

これまでの計画では、名目GDP成長率と税収の安定的な関係が維持されると見込み、税収の弾性値(名目GDPが1%上昇する時に、何倍の税収増加があるのか)は1倍程度が前提とされた。デフレ完全脱却・経済再生が主目標であれば、名目GDP成長率と税収の関係も大きく変化するため、新たな計画では税収弾性値に対する強い前提はおかれていない。

税収の名目GDPに対する割合と株価、そして企業活動の強さを表す企業貯蓄率には、かなりの強い相関関係がある。デフレ完全脱却・経済再生の必要条件である企業貯蓄率のマイナス化(デレバレッジの終焉)とそれにともなう株価の上昇を考えれば、税収の名目GDPに対する割合は一定ではなく、上昇するはずである。

税収弾性値が1倍程度であれば、税収の名目GDPに対する割合は変化しないことになってしまうので、デフレ完全脱却・経済再生を達成する主目標と矛盾してしまう。税収の弾性値は可変であり、税収の名目GDPに対する割合が上昇することを考えれば、2020年度までという短期では1倍を大きく超えるはずだ。低い名目GDP成長率や1倍程度の低く安定的な税収の弾性値を前提にしてしまうと、プライマリーバランスの早急な黒字化が主目的でデフレ完全脱却・経済再生が副次的であり、政策目標として疎かにされているという誤解を、マーケットに与えてしまうことになる。

プライマリーバランスの黒字化からデフレ完全脱却・経済再生へ目標の重心が変わるという政策哲学の大きな転換をしっかりみれば、新たな財政計画における高い成長率と可変の税収弾性値の前提への批判はもはや適切ではないだろう。その批判は、デフレ完全脱却・経済再生を目指すのは間違いだといっていることとほとんど同じことだからだ。

新たな計画で、3%程度の名目GDP成長率と可変の税収弾性値が前提となっていることは、経済成長率を押し下げるリスクとなるような「歳出、歳入の追加措置」による歳出削減策と増税策は封じ込まれたことになり、財政緊縮が景気拡大の妨げとなるリスクが減じ、デフレ完全脱却・経済再生の可能性は高まったと考える。

会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテジェネラル証券 東京支店 調査部 チーフエコノミスト

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