新たな形の模索

このRealcontractに対する抵抗感が生まれる理由として、三つの疑問点がしばしば挙げられています(vii)。

一つ目は、制度移行に伴う疑問です。Realcontractへの移行を行う際には、既存のDBで確定した年金受給権も移管することが前提になっていますが、これが個人の財産権を侵すことになるのではないかと言う意見があります。

二つ目は、年金基金が担うべき保証(Guarantee)機能が全く無くても良いのかという疑問です。年金額が全て積立比率の結果次第で決まることを、年金のカジノ化だという批判が根強くあります。

三つ目は、世代間の公平性に関する疑問です。世代間の公平性は従来のDBにおいて問題視されていましたが、Realcontractでも使う割引率の決め方次第では、やはり世代間の公平性が損なわれる(割引率が大きいほど積立比率が高くなり、現役世代から年金受給者への富の移転が進む)のではないかという指摘です(viii)。

このように様々な意見が行き交う中、今年になって政府の諮問機関であるSERがオランダの年金システムの将来像に関する報告書を発表しました(ix)。

この報告書では、将来の年金制度像として「Personal pensioncapital with collectiverisk-sharing」を挙げています。詳しい制度の仕組みについては今後の検討課題だとしていますが、どうやらこれまでのCDCの仕組みに加入者別勘定を設けるとともに、加入者(場合によっては雇用主)の追加拠出を認めるようなことを考えているようです。

但し、企業別年金がCDCを導入した2005年当時のように、まとまった掛け金の追加拠出をしてくれるようなスポンサーは産業別年金に存在しません。また共同運用ファンドに個人勘定をどう組み合わせるかも未確定ですx。全ては今後政府がどのようなプランを提示するかを待っている状態です(xi)。

こうしてオランダの年金制度の変遷の中でCDCやDAを捉えると、このオランダの制度を参考としてわが国の「第3の企業年金」のあり方を検討することには注意が必要だと筆者は思っています。ではもう一つの事例であるイギリスではどのような議論になっているのでしょうか。次回はイギリスにおけるDAの議論を整理してみます。

(i)AOWの支給開始年齢は従来65歳であったが、現在は支給開始年齢を2021年に67歳まで引上げる途上にある。65歳から支給開始までの所得を補う制度としてOBR(Pensionbridgingscheme)が2023年までの措置として導入されている
(ii)オランダの「Collectivity」については、「欧米諸国の年金事情~隣の芝生は青いか~第8回=オランダ編=」を参照
(iii)運用環境の変化や長寿化の影響を考慮して、現在は掛け金の固定期間を5年としている(DNBQ&A'spensionfunds-CDCschemes2015)
(iv)「Collectivedefinedcontribution-Abravenewworld」TOWERSWATSON
(v)「Publicationof Financial Sector Assessment Program Documentation-Technical Noteon Pensions Sector Issues」IMF,July2011
(vi)「Hollrand'shybrid:definedambition」
(vii)「The Promiseof DefinedAmbition Plans」LansBovenberg,RoelMehlkopfandTheo Nijman
(viii)従来のDBでは、積立比率の回復のために設けられる猶予期間が長いほど、現役世代から年金受給者への富の移転が進むのではないかと言う批判等がある
(ix)「Advisory Reportonthe Futureofthe Dutch Pension Syetem」SER,2015/01
(x)ファンドの運営方法については、①Basicplan(現役の加入者に対しては個人勘定を設定し、年齢やリスク耐性に応じたライフサイクルファンドによる運用を行う。加入者のライフサイクルファンドの集合体として共同運用ファンドを運営する。受給者は終身年金(Annuity)による安定的な収入を確保する)、②Hybridplan(現役の加入者はBasicplanと同様に個人勘定を持ち、DCと同レベルの運用に関する裁量を持つ。受給者の資産は給付用の共同運用ファンドで運用し、その結果によって年金額は変動する)、③Optionwithextendedrisk-sharing(加入者段階から受給者段階までを通じて、共同運用ファンドで資産を管理する)、といった案が記載されているが、あくまで今後の検討を待つ段階にあるとしている
(xi)この新しい取組みについては「変革期を迎えるオランダの年金基金~その背景と課題~」前田俊之、基礎研レター、2015.6.16を参照。なお、同レポートについては、その後の調査で判明した内容に基づいてその表現を一部変更している

(参考文献)
「From Average Pay DB to Collective DC Defining the Risk Transfer」Judith Verhejiden,Netspar THESES,October 2010
「The promise of Defined-Ambition plans ~Lessons for the United States」Lans Bovenberg, Roel Mahlkopf and Theo Nijman
「THE RECENT EVOLUTION OF PENSION FUNDS IN THE NETHERLANDS: THE TREND TO HYBRID DB-DC PLANS AND BEYOND」Eduard
H.M.Ponds and Bart van Riel, April 2007
「DUTCH PENSION SYSTEM REFORM A STEP CLOSER TO THE IDEAL SYSTEM DESIGN?」Dirk Broeders and Eduard H.M.Ponds, March 2012

前田俊之
ニッセイ基礎研究所 金融研究部

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