安倍首相が消費税率引き上げの延期を決断した理由としては、世界経済危機のリスクの強調は過去の発言との整合性を維持するための名目的なものでしかない。
アベノミクスの大きな成果の一つ
本当の理由は、増税ではなく、アベノミクスのリフレ政策によって、財政を改善させる自信が生まれたからであると考えられる。
これまでのアベノミクスの大きな成果の一つとして、日本経済のアキレス腱とみられてきた極めて高い政府の負債残高のGDP比率を、リフレ政策の推進による名目GDPの拡大で、ピークアウトさせることに成功したと判断したのだろう。
日銀資金循環統計では、2015年10-12月の政府の負債残高のGDP比率(負債残高を直近1年間の名目GDPの合計で割る)は242.6%となり、2015年1-3月期のピーク(246.5%)から3四半期連続で低下した。
3四半期連続の低下はバブル崩壊直後の1991年10-12月期以来となり、政府の負債残高のGDP比率が膨張から縮小への転換点に来ている可能性がある。
アベノミクスにより名目GDP成長率を押し上げることに成功し、金融緩和による抑制された長期金利をバブル崩壊後初めて上回ることに成功し、このプラスのスプレッド(名目GDP成長率が長期金利を上回る幅)が、景気・マーケットのリフレの源であり、税収の大幅な増加による財政収支の急速な改善の原動力となっている。
昨年からグローバルな景気・マーケット動向が不安定になり、一昨年の消費税率引き上げの景気下押し圧力も残り、経済活動・実質成長率は低迷してしまっている。
しかし、名目GDP成長率はしっかりとした数字を維持し、スプレッドがプラスであることに変化はまったくない。
財政による強い景気下支えが必要
一方、2016年1-3月期の政府の負債残高のGDP比率は248.8%へ、2015年10-12月期の242.2%から突然上昇し、見かけ上、財政状況が悪化したように見える。
この悪化は、日銀がマイナス金利政策を導入し、国債金利が全般としてマイナス化したため、国債価格が大幅に上昇したことが理由である。
資金循環統計では、金融資産・負債残高は時価評価で調整されるため、国債保有者の資産残高は増加する一方で、国の負債残高もテクニカルに増加することになった。
2016年1-3月期にはこの価格調整のみで、政府の負債残高は32.9兆円(GDP対比6.6%)増加したことになる。
マイナス金利政策によりテクニカルに財政状況が悪く見えるようになってしまったことになる。
しかし、マイナス金利は、貸し手である国民・企業(借り手ではずの企業は、長年のデレバレッジにより、既にストックベースで貸し手になってしまっている)から、借り手である政府への富の移転であり、実際には政府の負債の負担は減じることになる。
ファンダメンタルズの動きで見れば、政府の負債残高のGDP比率はリフレ政策の推進により既にピークアウトしたと判断してよいと考える。
英国のEU離脱問題などによるグローバルな景気・マーケットの不安定な状態は続くと考えられ、財政による強い景気下支えが早急に必要になってきている。
過度な財政負債への懸念により財政が拡大でなく緊縮となれば、先行き不安とデフレ懸念の再発で企業のデレバレッジが再発し、デフレ・長期停滞に逆戻りするリスクが大きくなっていまう。
次のデフレ・長期停滞は、日本でも深刻な社会不安とポピュリズム台頭につながってしまうだろう。
財政拡大には十分な余裕があり、日本の将来のためによい、言い換えれば日本の生産性の向上や少子化対策、インフラ整備、防災対策、地方創生、そして生活苦と貧困の世代連鎖を防ぐためになるよい財政プロジェクトがあるのであれば、参議院選挙で国民に信を問い、国債を発行してでも大胆に推し進める必要があろう。
会田卓司(あいだ・たくじ) ソシエテ・ジェネラル証券 調査部チーフエコノミスト
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