SG証券・会田氏の分析
(写真=PIXTA)

シンカー:内閣府の中長期の経済財政に関する試算は、2020年度の国と地方の基礎的財政収支の黒字化の目標の達成は困難であり、財政再建を加速させなければいけないという論調の根拠となってきた。確かに、経済再生ケースでも、2020年度の赤字は8.3兆円も残る推計となっている。しかし、家計と企業を含んだ貯蓄・投資バランスのマクロ経済学の視点では、この試算は、長期にわたりかなり高い民間貯蓄率が維持されるため、財政再建を急がなくてもよく、デフレ完全脱却に注力できるという間逆の根拠になる。日本のエコノミストは、貯蓄・投資バランスなどのマクロ・ロジックを議論することが苦手なのか、表面的な財政赤字という会計・ミクロの部分に焦点が当たってしまっている。マクロ経済として見た本当の財政状況により焦点が当たるように努力すべきだろう。

内閣府の中長期の経済財政に関する試算は、2020年度の国と地方の基礎的財政収支の黒字化の目標の達成は困難であり、財政再建を加速させなければいけないという論調の根拠となってきた。

確かに、経済再生ケースでも、2020年度の赤字は8.3兆円も残る推計となっている。

しかし、家計と企業を含んだ貯蓄・投資バランスのマクロ経済学の視点では、この試算は、長期にわたりかなり高い民間貯蓄率が維持されるため、財政再建を急がなくてもよく、デフレ完全脱却に注力できるという間逆の根拠になる。

内閣府の試算では、2020年度の民間貯蓄率(企業貯蓄率+家計貯蓄率)の前提がGDP対比+7.4%、そして国際経常収支の前提は+5.1%の巨額の黒字となっている。

より慎重なベースラインケース、そして団塊世代が75歳程度となり医療費を含む社会保障費が膨張するとされる2025年度まででも、民間貯蓄率は2020年度+7.6%・2025年度+8.5%、国際経常収支黒字は2020年度+4.9%・2025年度+4.6%と巨額であることに変化はない。

2020年度の基礎的財政収支を目指すシナリオは、財政再建と金融緩和を政策の軸として合意した2010年のG20前後に作成され、国際公約としたものである。

2016年のG20やG7では、財政政策を緩和することで合意しており、財政再建が主眼であったこれまでの方針は既に転換している。

マクロ経済的なアプローチは正しいが・・・

安倍首相は、24日の参院代表質問で、「債務残高のGDP比を中長期的に着実に引き下げていく」とし、会計的なアプローチである基礎的財政収支の単純な黒字化よりも、よりマクロ経済的なアプローチである債務残高のGDP比の改善を重視する姿勢を示していることは正しいと考える。

高齢化が進行し、家計の貯蓄率が低下し、国際経常収支赤字に陥り、財政ファイナンスが困難化するリスクがあるので、財政再建を急がなければいけないという状態にはまったく見えない。

内閣府の推計では、民間貯蓄と国際経常収支の黒字が大幅に拡大することになっており、マクロ経済の論点として、そもそも2020年度の基礎的財政収支を黒字化させる経済的な意味合いはほとんどない。

マクロ経済としては、高齢化などにより国の社会保障の支出が増加すれば、それは国内の所得を生むことになる。

その支出の増加による所得の拡大が消費の拡大にもつながり、総供給に対する需要超過幅が大きくなってしまえば、家計貯蓄率の低下とインフレの高騰、そして海外からの供給に頼ることによる国際経常収支赤字に陥ることになる。

そのようなシナリオが前提であれば、経済活動を安定させるために社会保障の支出の削減や大きな増税などの財政再建が急務となる。

しかし、内閣府の試算では、経済再生ケースでもベースラインケースでも、民間貯蓄率は高く、国際経常黒字は巨額であり、そのようなシナリオになっていない。

一方、需要超過がそれほどでもなければ、社会保障の支出の削減や大きな増税などの早急な財政再建は必要なく、国の社会保障の支出の増加による需要の増加は経済成長率を押し上げることにもなる。

言い換えれば、民間貯蓄率が高すぎ、国際経常収支黒字が巨額すぎることは、国内需要がまだ弱いことを意味し、少しのショックでデフレに逆戻りしてしまうリスクが残っていることになる。

過剰な危機感による過剰な準備

日本経済の大きな問題は、マイナスであるべき企業貯蓄率が恒常的なプラスの異常な状態が継続し、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていることだ。

内閣府の試算から推計してみると、2020年度の家計の貯蓄率が高齢化の影響などで2015年度と同じ+1.1%とすると、2020年度における企業貯蓄率は+6.5%となり、2015年度の5.5%から悪化し、企業のデレバレッジが強くなってしまう。

更に、高齢化により、国の社会保障の支出が毎年1兆円程度増えるので、増税などで同額の財源を手当てしなければいけないというのもマクロ経済学的には問題が大きい。

国の社会保障の支出は国内の所得を生むことを考えれば、1兆円のすべてではないが多くの部分が税収の増加として国に返ってくると考えられるからだ。

よって、所得の増加を全く考慮せずに、ミクロの会計のように1兆円の支出の増加に対して1兆円の増税をしてしまうと、緊縮財政として景気に下押し圧力がかかってしまうとともに、デフレ圧力をかけてしまうことになる。

将来の支出の増加に対応するために前もって増税を行う、2014年の消費税率引き上げのような政策はより破壊力があり、アベノミクスのデフレ完全脱却のモメンタムを消してしまった。

そのデフレ圧力が実質金利を上昇させ企業活動を萎縮させてしまえば、生産性の向上を生むイノベーションも起こらず、高齢化による需要をまかなえなくなるリスクが大きくなってしまう。

過剰な危機感による過剰な準備が、余計に危機のリスク高めることになる。

柔軟性が欠けているのは問題

高名な国際政治学者であった高坂正堯氏の名著「文明が衰亡するとき」(新潮選書)の、「衰亡は、避けなくてはならないという気持ちをへたに持つと、かえって破局が早くやってくるというところがある」という警句は、現在の日本に一番よく当てはまる。

国内貯蓄が潤沢にある間はリフレ政策による企業活動の刺激で経済のパイを大きくすることを目指すことがよく、国内貯蓄に不安がある時は社会保障の支出の削減や大きな増税などの早急な財政再建が重要となる。

どう見ても日本は前者であり、内閣府の試算は大規模な経済対策の継続を正当化しており、デフレ完全脱却のモメンタムを最大限に大きくすることが必要であろう。

いまだに財政の議論の多くは、会計・ミクロ経済の方法論の数字合わせで硬直化し、マクロ経済としての柔軟性が欠けているのは問題である。

日本のエコノミストも、貯蓄・投資バランスなどのマクロ・ロジックを議論することが苦手なのか、表面的な財政赤字という会計・ミクロの部分に焦点が当たってしまっている。

マクロ経済として見た本当の財政状況により焦点が当たるように努力すべきだろう。

これ以上に過度に財政赤字を懸念して緊縮政策に傾けば、デフレ完全脱却は成功せず、経済パフォーマンスの悪化が財政状況を悪化させるというこれまでの悪循環を脱することができなくなってしまうだろう。

表)内閣府の中長期の経済財政に関する試算

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
会田卓司

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