SG証券・会田氏の分析
(写真=PIXTA)

シンカー:物価水準の財政理論を応用し、物価を動かすには、金融緩和だけではなく財政拡大が必要であるというシムズ教授の主張を解説する。

前編 中編 では、物価水準の財政理論(FTPL)の概略を、一般的なマクロ経済理論との相違、通貨発行益との関連を中心に解説した。

FTPLは、米プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授が2016年のジャクソン・ホール会合で、世界各国の金融政策の効果が無くなってきている現状を分析する上で使える理論として提唱したことで注目されるようになった。

シムズ氏は、FTPLを応用し、物価を動かすには、中央銀行の金融緩和だけではなく、政府の財政拡大が必要なことを指摘している。

政府が財政拡大を行い、その分を将来的な緊縮策などでは補わないことを家計と企業に対して明確にすることで、物価上昇期待を生むことができるという考えを示している。

マクロ経済モデルでは、政府と中央銀行は一つの主体として扱われ、財政・金融政策は同じ方向に動くように作られるため、財政政策が緊縮的で金融政策は緩和的というミスマッチな状況は生まれにくいはずだ。

しかし実際には、先進国では財政政策からの金融政策の独立性が重要視されてきたこともあり、両者が共同の目標に向けて動く力が弱くなっていることが問題であると指摘している。

独立性の過度な重要視が、物価は貨幣的現象として財政政策と切り離されて考えられるようになった一つの理由であると考えられる。

同氏は、日本を例としてあげ、アベノミクスの当初は金融政策と財政政策が共同で物価上昇を目標として期待に働きかけていたが、日銀が金融緩和の強化を続ける中で、政府は消費税率引き上げなどの財政緊縮策を行ってしまい、金融政策と財政政策の方向性のミスマッチが生まれ、家計の将来の政策期待を緊縮的に戻してしまい、アベノミクスの開始後に見られてきた物価上昇期待を弱くしてしまった可能性があると指摘している。

物価上昇期待を復活させるためには、財政政策を拡大に転じ、金融政策と財政政策が共同で物価目標達成に向けて動き、その継続を家計と企業に明確にすることの重要性を提言している。

政府と中央銀行が家計と企業に対して、将来の物価上昇で名目債務残高の実質価値は減少し、将来の実質債務負担も減少するという考え方を浸透させる努力をすることも重要であるという見解も示している。

また、政策当局と政治家が共同で物価目標への強いコミットメントを見せるだけでも、家計と企業は将来のインフレへの警戒感から、支出・借入行動を前倒し、実際の物価上昇圧力が生まれてくる可能性を指摘している。

グローバルに中央銀行はフォーワード・ガイダンス等で物価目標が達成されるまでの金融緩和の方針を示しているが、政府が財政政策の緩和を続けるフォワードガイダンス等を持っていないことを、物価上昇期待が形成されにくい理由としてあげている。

政府は中長期的な財政収支の均衡にこだわらず、物価目標達成まで財政政策の緩和を継続する方針を家計と企業に対して明確に示すことにより、家計が将来のインフレが強くなることを織り込み始めると、消費・投資行動などに変化が生まれるため、財政政策が将来的な経済・物価動向に影響を与えることができると考えているようだ。

財政拡大は短期的な影響だけで、中長期的には債務残高を増加させるだけの効果しかないという一般的な考えと大きく異なる。

FTPLは、中長期的な財政収支の均衡に対するコミットメントを緩めるとともに、デフレ完全脱却までの財政拡大に対するコミットメントを強くすることでアベノミクスを再稼動させ、デフレ完全脱却後の経済成長率の上昇と物価上昇による実質債務負担の軽減により財政ファイナンスは安定を続けることができることを示す根拠になっていると考えられる。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
会田卓司

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