シンカー:

10月22日の総選挙を経て、政府がデフレ完全脱却への方針を維持できるのかが注目である。連立与党が衆議院の過半数を維持し、現方針が維持されるのがまだメインシナリオだろう。景気回復がしっかり進行してきたことがようやく証拠として明確になり、徐々に実感も強くなっていることが、最終的には現政権を支える力となるだろう。民進党が解党的な動きで希望の党に事実上合流する動きとなった。しかし、東京の地域政党から誕生したばかりである希望の党は、政権運営の方針が明確ではなく、議員間の統一も弱く、政権奪取が実現する可能性はまだ大きくはないだろう。希望の党の代表である小池東京都知事は、規制緩和、減税をともなう税制改革、地方分権などで、東京を国際金融都市として発展させることを目指している。円高・株安などの金融市場に大混乱をもたらすような日銀の現行の金融政策の大幅な転換は望まないだろう。重視する景気回復の実感が遠のくリスクがあるからだ。また、デフレ完全脱却は重要であると考えているが、金融政策の具体的な手段に対する強い考え方は持っていないようにもみえる。政府は、2019年10月の消費税率引き上げの税収の使途を教育無償化などへ拡充する方針だ。希望の党は、景気回復が十分ではないとして消費税率引き上げに反対している。小池都知事の現政策への不満は、緊縮財政が景気回復の実感を妨げていることであるとみられる。どちらにしても、総選挙を経て、現在よりも財政政策は緩和に向かっていくことになるだろう。景気回復が十分ではないにもかかわらず、2020年度の基礎的財政収支の黒字化を目指し、拙速に財政再建を進めてしまったことにより、国民の政策への信頼感が低下してしまったようだ。欧米でも見られたことだが、国民の現政権への不満が大きくなり、ポピュリズム的な政治の動きを拡大させてしまったように見える。現政権が維持された場合にも、国民の不満を解消する必要があり、財政政策は緩和していく可能性が高い。日銀の大規模な金融緩和の効果が小さく見えるのは、財政緊縮などによりネットの資金需要が消滅してしまい、マネタイズするものが存在せず、マネーや貨幣経済の拡大を促進できなかったのが理由である。企業活動の回復と財政政策の緩和によりネットの資金需要が復活すれば、日銀が現行の政策を維持しているだけで、金融政策の効果は強くなり、デフレ完全脱却への動きは促進されることになる。
SG証券・会田氏の分析
(写真=PIXTA)

8月のコア消費者物価指数(除く生鮮食品)は前年同月比+0.7%(6月同+0.5%)となった。1月にマイナスからプラスに転じて以降、上昇幅が順調に拡大してきている。原油価格の持ち直しにともない、エネルギー価格が下落から上昇に転じた影響が大きい。8月のコアコア消費者物価指数(除く生鮮食品とエネルギー)でも同+0.2%(7月同+0.1%)となり、上昇幅の拡大トレンドに戻ってきたことが確認された。

8月の失業率は2.8%と7月から変化はなかった。8月の有効求人倍率も1.52倍で変化はなかった。8月は長雨による夏のイベントの中止や需要の停滞などで雇用や求人が減少するリスクがあったが、好調な経済ファンダメンタルズがその悪影響をオフセットしたようだ。失業率がNAIRU(物価上昇が加速しない失業率)とみられる3%程度まで低下し、バブル期を越える有効求人倍率の水準であり、労働需給はかなり引き締まっている状況に変化はない。失業率が2%台で定着する中で、これから賃金の上昇と内需の拡大をともない景気回復の実感が急に生まれ、需要超過幅の拡大とともに物価上昇が加速する局面に入ってきたと考える。

これまで物価上昇幅の拡大が鈍かった理由として注目すべきことが明らかになった。内閣府の潜在成長率の推計が見直され、2016年1-3月期の段階で+1.0%となっていたことが確認された。アベノミクスが始まる前の2012年の+0.8%程度から上昇している。1年前の内閣府の推計では、潜在成長率は2012年の0.5%程度から2016年の0.3%程度まで下がってしまっていて、アベノミクスによる効果が全く見えなかったのが政策への批判につながっていた。これまで物価上昇幅の拡大が鈍かったのは、アベノミクスの効果なかったのではなく、効果があり潜在成長率が思ったより上昇していたからだというポジティブな理由であるとも考えられる。潜在成長率の上昇は供給の増加を意味するため、短期的には物価上昇幅を抑制する。しかし、中長期的には実質成長率のトレンドを押し上げるため、企業や家計の楽観的な行動を促進し、需要が強くなる過程を経て、物価上昇率の拡大につながる。

日本経済はようやく、物価上昇幅が抑制される局面から、需要が強くなり物価上昇率が拡大する局面に変化しつつあると考えられる。1980年代後半のバブル期も、失業率が1987年の3%からその後の2%に低下していく局面で、賃金が強く上昇し、内需が強く拡大した。現在はようやくその入り口である3%程度の失業率までたどり着いたところであり、これまで景気回復の実感がなかったのも無理はない。アベノミクスは、中長期的なデフレ完全脱却に向けて短期的には潜在成長率が上昇することで物価目標から遠ざかるという生みの苦しみを経て、成長率と物価上昇率が拡大するという効果がようやく実感され評価が高まる局面に入ってきたと考えられる。コア消費者物価指数は2018年半ばまでに前年同月比+1%程度まで持ち直し、日本経済のデフレ感とそれにともなう停滞感は完全になくなると考えられる。

9月の東京都区部のコア消費者物価指数も前年同月比+0.5%(8月同+0.4%)と、持ち直しが明確なった。企業の価格競争の激しい東京都区部の物価の動きは全国に遅れていた。一方、深刻な雇用不足感などにより賃金上昇は全国より強いため、実質賃金の上昇が消費の回復を促進し、それが物価の持ち直しにつながり、全国に追いついてきているようだ。全国でも同様で、好調な実体経済と比較し、潜在成長率の上昇などにより物価が抑制されていることはポジティブであり、実質賃金の上昇につながり、需要を拡大させていくだろう。

日銀は2017・2018年度の実質GDP成長率を+1.8%・+1.4%と予想しており、潜在成長率を十分に上回るペースである。日銀は景況判断を「緩やかに拡大している」とし、「拡大」は需要超過の領域に入りながら、景気が引き続き上向いていることを示している。9月20・21日の金融政策決定会合の主な意見では、「所得から支出への前向きなの循環メカニズムが働く」という見方がコンセンサスになっているようだ。物価に対しては、「消費者物価の前年比は、マクロ的な需給ギャップの改善や中長期的な予想物価上昇率の高まり等を背景に、プラス幅の拡大基調を続け、2%に向けて上昇率を高めていく」と判断している。若年層を含め雇用環境は大幅に改善し、失業率は3%を下回り、有効求人倍率はバブル期を越え、正社員の有効求人倍率も1倍となり質も向上してきた。「企業はいずれ、省力化投資やビジネス・プロセスの見直しだけでは吸収しきれないコストの上昇分を、価格に反映させることが必要になってくる」という政策委員の見方がみられる。

たんたんと利上げを進める海外との金利差拡大により、いずれ円安が加速する局面となろう。2%台の失業率と円安の動きで、物価上昇も加速していくと予想される。しかし、コア消費者物価指数は2018年半ばまでに前年同月比+1%程度まで持ち直すのが精一杯だろう。そして、物価上昇に明確な加速が見られるのは2018年後半からでまだ時間がかかるだろう。日銀は2017・2018年度のコア消費者物価指数(除く生鮮食品)の上昇率を+1.1%・+1.5%と予想しているが、また未達となる可能性が高い。しかし、2%の物価目標は政府・日銀の共同目標であり、日銀に委託されているのはその実現の手段であって、日銀がその是非を判断し独断的に撤回することはできないと考えられる。2%の物価目標にはまだ距離があり、デフレ完全脱却の動きを確かにするため、日銀が現行の緩和政策を辛抱強く維持する決意をもっているとみられることは、実体経済の更なる拡大を促進するだろう。この決定会合から参加した片岡審議委員は、「資本・労働市場に過大な供給余力が残存している」と考えており、「2019年10月に消費税の増税が予定されている中、物価安定目標の達成・安定化に向けて、追加金融緩和によって総需要を一段と刺激することが必要である」と考えているようだ。

8月の鉱工業生産指数は前月比+2.1%(7月同-0.8%)となった。鉱工業生産指数は、しっかりとした上昇トレンドになっている。9月の誤差調整後の経済産業省予測指数は前月比-1.4%となっている。7-9月期の鉱工業生産指数は前期比+0.3%となり、6四半期連続で上昇することになる。生産の増勢が、IT関連財から内需を中心に裾野が広がってきているからだろう。人手不足を背景とした効率化と省力化だけではなく、新製品の投入などでの売上高の増加のため、設備投資と研究開発が拡大し始めている。そして、政府の景気対策の効果と2020年のオリンピックに向けた建設投資も強くなっている。2014年4月の消費税率引き上げの下押しをようやく乗り越え、雇用の増加と賃金の上昇を背景に、消費活動がしっかりしてきた。これまではまだ海外の回復や政府の景気対策に支えれた景気回復であるが、今後は企業活動の拡大による設備投資、雇用、賃金の回復が中心となる自立的な形に徐々に進化していくだろう。更に、2016年後半からのIT関連財を中心とする生産・在庫循環のグローバルな好転は一服していたが、足もとの輸出の勢いはまだ衰えていないことが確認された。10月の経済産業省予測指数は同+3.5%と強く、10月以降も増勢が続く可能性が高い。景気循環は上向き続けており、2017年9月に「いざなぎ景気」の57ヶ月を抜いて戦後2番目の長さとなることはほぼ確実となっている。

10月22日の総選挙を経て、政府がデフレ完全脱却への方針を維持できるのかが注目である。連立与党が衆議院の過半数を維持し、現方針が維持されるのがまだメインシナリオだろう。景気回復がしっかり進行してきたことがようやく証拠として明確になり、徐々に実感も強くなっていることが、最終的には現政権を支える力となるだろう。民進党が解党的な動きで希望の党に事実上合流する動きとなった。しかし、東京の地域政党から誕生したばかりである希望の党は、政権運営の方針が明確ではなく、議員間の統一も弱く、政権奪取が実現する可能性はまだ大きくはないだろう。希望の党の代表である小池東京都知事は、規制緩和、減税をともなう税制改革、地方分権などで、東京を国際金融都市として発展させることを目指している。円高・株安などの金融市場に大混乱をもたらすような日銀の現行の金融政策の大幅な転換は望まないだろう。重視する景気回復の実感が遠のくリスクがあるからだ。また、デフレ完全脱却は重要であると考えているが、金融政策の具体的な手段に対する強い考え方は持っていないようにもみえる。

政府は、2019年10月の消費税率引き上げの税収の使途を教育無償化などへ拡充する方針だ。希望の党は、景気回復が十分ではないとして消費税率引き上げに反対している。小池都知事の現政策への不満は、緊縮財政が景気回復の実感を妨げていることであるとみられる。どちらにしても、総選挙を経て、現在よりも財政政策は緩和に向かっていくことになるだろう。景気回復が十分ではないにもかかわらず、2020年度の基礎的財政収支の黒字化を目指し、拙速に財政再建を進めてしまったことにより、国民の政策への信頼感が低下してしまったようだ。欧米でも見られたことだが、国民の現政権への不満が大きくなり、ポピュリズム的な政治の動きを拡大させてしまったように見える。現政権が維持された場合にも、国民の不満を解消する必要があり、財政政策は緩和していく可能性が高い。日銀の大規模な金融緩和効果が小さく見えるのは、財政緊縮などによりネットの資金需要が消滅してしまい、マネタイズするものが存在せず、マネーや貨幣経済の拡大を促進できなかったのが理由である。企業活動の回復と財政政策の緩和によりネットの資金需要が復活すれば、日銀が現行の政策を維持しているだけで、金融政策の効果は強くなり、デフレ完全脱却への動きは促進されることになる。どちらにしても、2018年4月の黒田日銀総裁の後任人事は、再任か、同程度にハト派な人が任命され、現行の政策が維持されるのがメインシナリオだろう。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司

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