(本記事は、ムーギー・キム&プロジェクト・ディズニーの著書『最強のディズニーレッスン』三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売、2018年4月15日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
【『最強のディズニーレッスン』シリーズ】
(1)ディズニーの厳しすぎる「著作権ビジネス」を生んだ失敗とは
(2)ジョブズはディズニーの「隠れミッキー」ならぬ「隠れリーダー」だった
(3)最強のディズニーレッスン 「口約束」でも契約を認めさせる方法
(4)東京ディズニーランドの「神掃除」とダスキンの意外な関係
(5)ディズニー流キャストへの「叱り方」と「モチベーション維持」する仕組み
ディズニーが目指す掃除の結果は開園日
最高水準のサービスを提供するには、日々の基本的な作業においても、最高水準を求める必要がある。ディズニーでそれが象徴的に表れるのが、掃除(ディズニーでは”カストーディアル”と呼ばれる)への徹底したこだわりだ。
ディズニーランドでは、汚れる前から掃除が始まっているという。
たとえば、このカストーディアルスタッフの制服が非常に可愛らしいことにもディズニーランドの掃除重視の姿勢が見てとれる。
「まだそない汚れてないからかまへんやないか!」というのはディズニーに通用しない。
ディズニーの掃除が目指すのは「開園したその日」なのである。1983年4月15日の開園日から35年が経過した今でも、毎日開業日に戻すべく掃除がなされているのだ。
ディズニーランドでは、ゲストに対応しながら「デイカストーディアル」、閉園中の作業「ナイトカストーディアル」、午前0時からは「グレーブヤードシフト」......というようにまさに24時間態勢で掃除がなされているというのだから、その徹底した掃除へのこだわりには頭が下がるではないか。
ディズニーランドの掃除へのこだわりは有名になっているので、実は私はディズニーランドに行くたびに、必死になってゴミを探している。
しかし、これが大変、結構本当に見つからないのだ。
それこそ、夢の国の入り口についた途端から、最後の「美女と野獣」のイルミネーションショーと花火を見て帰途につくまで、ゴミに出合わないのはこうした徹底した掃除のおかげなのである。
掃除しやすい設計へのこだわり─掃除でゲストにハピネスを
掃除へのこだわりは、”掃除のしやすさ”への熱烈なこだわりにもつながっている。たとえば東京ディズニーランドのワールドバザールには大きな屋根がついているが、ひさしの上には移動式の足場が取り付けられ、高所作業車もスタンバイされている。
この屋根はそもそも掃除しやすいように設計されているということも、ディズニーファンの中では有名な逸話だ。
「掃除の神様」の異名を持つ、ディズニー米本社のチャック・ボヤージン氏は「落としたポップコーンを平気で食べられる」水準で掃除をしようと常に訴えていた。
そして、掃除が徹底されていたら、人は申し訳なくてゴミを捨てられなくなるので、そのレベルを目指せというのだ。
「東京ディズニーリゾートの清潔さの基準は赤ちゃんがハイハイできるか」であるという名言も有名である。
ディズニーの掃除は、清掃が目的ではなく、ゲストの安全のため、ゲストへのハピネスの提供のためになされている。
「満足できる水準の掃除」を目指すのではなく、「掃除でゲストを幸福に」という目線の高さに、私はディズニーサービスの神髄を見た思いである。
「家の掃除」を「カストーディアル」と呼ぶだけで起きる、魔法の効果
余談だが私もこの話に感化され、自分の掃除を「カストーディアル」と呼び出してみた。するとびっくり、いつもはずぼらな掃除しかしていなかったのに、「私の掃除は“カストーディアル”か」と思うだけで、熱の入れようが変わり、えらく徹底的に掃除するようになったのだ。
私もうまいことディズニーサービスのマジックにかけられてしまったのかもしれない。
たかが掃除、されど掃除。夢の国の魔法は、掃除のような仕事の基本の積み重ねで実現しているのだ。
“掃除でゲストにハピネスを届ける”という高い目線で掃除の概念を再定義したところに、ディズニーランドの最高水準のサービスの神髄が見てとれるのである。
東京ディズニーランド、掃除の恩人はダスキン
さて、ここまでの議論で、いかに掃除一つで企業の全般的な姿勢が見えてしまうかを私たちは学ぶことができた。
ところで今から35年さかのぼったディズニーランド開園当初の状況はどのようなものだったのだろうか。
ここで、高校生のときから東京ディズニーランドでアルバイトを始め、ベストセラー『社会人として大切なことはみんなディズニーランドで教わった』の著者でもある香取貴信氏に、「ディズニーランドの掃除の神髄」に関して、東京ディズニーランド開演当時のストーリーを語っていただこう。
トイレの名前はリンダーすべてはダスキンレディーのおかげ
香取:当時、僕の上司はカストーディアル出身の方でした。
その上司から聞いたのですが、東京ディズニーランドが設立されるとき、清掃部門のスタッフは、浦安駅の公衆トイレを借りて掃除の練習をしたり、グランドオープン前は現場のトイレは汚れないので、従業員用のトイレで練習していたそうです。
同僚が使った後のトイレを掃除するのは、結構きつかったって言っていました。
でもそこで、指導役のアメリカ人は、「便器に名前をつけろ」と言って、リンダなんて名前をつける。「リンダ、今日も頑張ったね」って便器に語りかけるのです。
いまでは美談になってますけど、それを聞いた当時の日本人はみんな「バカじゃないか。何がリンダだ。便器なんかに愛着わくわけないだろ」って浦安の飲み屋で愚痴を言っていたそうです。 そこにダスキンが入った。アメリカの薬剤が日本の施設に合うかという問題があったので、日本の掃除の専門家であるダスキンに入ってもらったんです。
当時の社員たちからすると、アメリカの指導者よりも日本人のダスキンスタッフのほうが距離感が近い。文句や愚痴を聞いてくれたり一緒に飲みに行ったりできる。 「やってらんない」って言うと、ダスキンさんが「大丈夫だよ。オリエンタルランドは大きいから、異動があるし、最初に嫌なことやっていたらいいじゃん。あとは花形ばかりだよ。頑張ってやろうよ」って励ましてくれたんだそうです。 でもよく考えてみたら、ダスキンさんの仕事はずっと掃除なんですよ。それなのに、そこまで言って、社員を励ましてくれてたんですよ。オープンしたあともアトラクションのほうは若い子がいっぱいアルバイトで集まるけれど、掃除のほうは時給を上げても集まらない。
結果どうなったかというと、人が回せないから、浦安のダスキンレディーの方々にお願いして、ディズニーのコスチュームに着替えてもらって、清掃の部署を回していたこともあったそうです。
そのうちの何人かはダスキンレディーを卒業されて、東京ディズニーランドに清掃のアルバイトとして入ってくれた。その方たちがものすごいんですよ。それからずっとディズニーで働いていて、いまではお孫さんと一緒に働いている方がいるんだそうです。
僕はこのエピソード聞いて泣いちゃった。孫と一緒にお掃除してるんですよ。ディズニーの掃除の礎って、そういう方たちのおかげですよね。
このディズニーランドの掃除をめぐる開園当初のストーリーからは、ディズニーがサービスの基本である掃除にどれほどこだわってきたかがわかる。そして、この”夢の国の基本”を支えてきた”数々の縁の下のヒロインたち”の存在も思い起こさせてくれるのだ。
どのような感動のサービスも、陰の目立たないところで一生懸命支えてくれる人たちがいることに、感謝の気持ちを忘れないようにしたいものである。
ムーギー・キム Moogwi Kim(ムーギーマウス)
INSEADにてMBA(経営学修士)を取得。外資系金融機関の投資銀行部門、外資系コンサルティングファーム、外資資産運用会社での投資アナリストを歴任した後、アジア一帯のプライベートエクイティファンド投資に従事。フランス、シンガポール、中国での留学を経て、大手バイアウトファンドに勤務。日本で最も影響力のあるベストセラー・ビジネス作家としても知られ、著書『世界中のエリートの働き方を1冊にまとめてみた』『最強の働き方』(ともに東洋経済新報社)、『一流の育て方』(ダイヤモンド社)はすべてベストセラーとなり、6カ国語で展開、50万部を突破している。
プロジェクト・ディズニー
山田麻衣子 Maiko Yamada(ミニー麻衣子)
ハーバード・ビジネススクールにて、MBA(経営学修士)を取得。外資系コンサルティングファームを経て、外資系小売大手にて、商品から事業、全社レベルまでさまざまな分析および戦略の立案・実行に携わる。
楠田真士 Shinji Kusuda(ドナルド楠田)
オックスフォード大学ロースクールおよびビジネススクール修士課程修了。ハリウッドやシリコンバレーの、ディズニー社を含めた名だたるエンターテイメント企業やテクノロジー企業等を顧客とする米国西海岸の大手法律事務所の弁護士。外資系投資銀行でM&A業務に携わった経験もありファイナンスへの造詣も深い。