(本記事は、倉石灯氏の著書『なぜ、トヨタはテキサスに拠点を移したのか?』日本実業出版社、2018年12月20日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
全米を視野に「強いトヨタ」を目指して拠点を集約
なぜ、米国トヨタはダラス経済圏のプレイノ市に本社を移転したのでしょうか?カリフォルニアでバッシングを受けたからでしょうか?
私は思います。
カリフォルニアでのトヨタバッシングは、トヨタがもっと大きな利益を得るために行動するきっかけになったにすぎなかったのではないかと。
トヨタほどの大企業が行う今後の展開を冷静に考えると、移転の本当の理由、もっと重要な理由がバッシングとはまったく違うところにあることが見えてきます。
その理由には、トヨタにとって数多くのテーマが隠されており、トヨタがアメリカで市民権を得て、本格的にアメリカでシェアを上げるには、テキサス州しかありえなかったのです。
21世紀の全米を視野に入れた展開を実践に移すために、販売戦略、財務戦略、労務戦略、マネジメント戦略、マーケティング戦略、エリア戦略……そのすべての戦略をミックスし、相乗的に利益を上げるためにトヨタはダラス経済圏を選んだのです。
移転先にテキサス州を選んだ理由は、税金にしても環境規制にしても法人に優しいビジネス環境があること、が第一にあります。
また、ダラス経済圏にある二つの大きな空港(ダラス・フォートワース国際空港、ダラス・ラブフィールド空港)の存在は人の効率的な活動を実現できること、従業員の生活面では地価の高いカリフォルニアにくらべて住宅価格が安く持ち家の取得が容易であること、将来の企業発展を担う人財獲得面ではテキサスが高い教育レベルの地域であること、などの利点があるからです。
そしてトヨタの企業文化を均一にするために、カリフォルニア州、ケンタッキー州、ニューヨーク州に分かれていた拠点を、アメリカのヘソにあたる位置に集約することができたということは、トヨタが全米展開を効率的に行うために好都合だったのです。
トヨタを呼び寄せた「テキサス・メリット」
トヨタがテキサス州のダラス経済圏のプレイノ市に本社機能と米国内に点在する拠点を集めて従業員4000人規模の一大集中拠点を設けた理由を読み解いていくことで、テキサス州がなぜ今注目されるようになったのかが、わかるようになります。
ここではその「テキサス・メリット」について紹介していきましょう。
●その1〈地政学的な絶対優位性〉
──海を制するテキサス
地政学は、国家を地理的条件から見て軍事的・政治的・経済的発展を研究する学問ですが、国家について海洋国家(シーパワー)と大陸国家(ランドパワー)という見方をします。
海洋国家は日本やイギリスなどで、アメリカも太平洋と大西洋に挟まれた海洋国家です。一方、大陸国家はロシアや中国、そしてドイツなどが該当します。
この地政学の観点からアメリカ合衆国の50州をそれぞれ国家として見た場合、どの州が最強の州でしょうか?
その考え方のヒントは「軍事論」です。
アメリカ海軍のアルフレッド・セイヤー・マハンによって1890年に刊行された『海上権力史論』によると、「世界大国となるための絶対的な前提条件は海洋を掌握すること」です。ではアメリカ50州の中で、海洋を掌握できる州はどこか。
カリフォルニアなどの西海岸各州、フロリダなどの東海岸各州、そしてメキシコ湾沿いのテキサスなどと太平洋のハワイです。
特にテキサスはメキシコ湾に面して591キロメートルの長い海岸線を持ち、外国貿易高アメリカ最大のヒューストン港を含め11の巨大貨物船が入れる港があります。
──陸を制するテキサス
加えて陸運です。テキサスは、北アメリカ大陸の中央に位置していて、ここに拠点があると全米を網羅できます。
例えば、ダラス経済圏からトラックで24時間以内にアメリカ全土の37%、48時間以内に93%の地域まで到着できます。高規格道路の長さはアメリカ合衆国内最長で、鉄道も1911年以降、テキサスの鉄道総営業キロ数は全米一です。
──空を制するテキサス
海運、陸運共に最強拠点となり得るテキサス。もちろん空運も同様。テキサスには国内のどの州よりも多くの空港があります。
中でも最大のダラス・フォートワース国際空港は、その敷地面積がニューヨークのマンハッタン島より大きいのです。
この空港は航空業界世界最大手、アメリカン航空の拠点空港であり、ハブ空港としては世界第2位となります。また、旅客数では世界最大のサウスウエスト航空(本社ダラス)もダラス・ラブフィールド空港を拠点として運行しています。
テキサスで2番目に大きな空港は、ヒューストンのジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港で、コンチネンタル航空(本社ヒューストン)の最大中継拠点として、アメリカ中の空港から来るメキシコ行き航空路の大半が利用しています。
テキサスは、シーパワーとランドパワーに加えてエアパワーも加わって地政学的にアメリカ最強の州なのです。
──地の利に満ちたテキサス
トヨタが米国本社をダラス経済圏のプレイノ市へ移転した理由の一つとして挙げるのも、この「地の利」の魅力、つまり交通の便の良さです。
「北米の生産事業体がアメリカの複数州とメキシコ、カナダにわたっている中で、最も各拠点との時差が少なく、すべての拠点に直行便のあるロケーションを選んだ」。トヨタ自動車広報部はこう話します。
まさにその通りで、ここにテキサス・ダラスの大きな利点があります。
実は、アメリカでMBAを取得することにした私(倉石)も、地政学的観点から留学先をテキサス州ダラスに決めたという経緯があります。
テキサス州はアメリカ国内において、アラスカ州に次いで面積の大きい州です。日本の1.84倍もの面積を持ちます。人口は約2800万人です。産業では、バイオテクノロジー、IT、石油、化学産業などが盛んで、フォーチュン500(Fortune 500)の50社以上がテキサスに拠点を構えています。
場所が優れているだけでなく、こうした豊富な資源・エネルギーにも恵まれていることも、第二の「地の利」といえましょう。
●その2〈法人にとって圧倒的優位な税制〉
──連邦法人税率21%
トヨタに限らず企業にとって関心が高いのは税制です。2017年12月、トランプ大統領が公約に揚げた税制改革法案を米上院本会議が可決したことは記憶に新しいでしょう。
これにより35%だった連邦法人税率が、21%に引き下げられました。
この日はトランプ大統領と共和党にとって政策上の勝利となる約30年ぶりの大幅な税制改革の実現に向けて前進した記念すべき日となりました。
その後、下院との調整が続けられ、上下両院により税制法案が可決されました。これで、10年で1.5兆ドルという大型減税法案が施行されることとなったのです。
この大型減税は、以前のトランプ政権と同じ共和党のレーガン政権やブッシュ政権時の大型減税を、はるかに上回る過去最大規模の税制改革となりました。これだけでも法人にとっては大きなメリットになりますが、実は、テキサス州においては、さらに企業にとって魅力的な税優遇があるのです。
──テキサスは州法人税ゼロ、州個人所得税ゼロ
テキサスには「特異な税制」があります。
アメリカ国内では基本的に法人所得に対して、連邦税と州税が課せられます。しかしテキサスの場合は、なんと州法人所得税がないのです。
個人の場合でも、法人と同じく、連邦と州のそれぞれで個人所得税が課される州が大半を占めますが、テキサスの場合は、州レベルの個人所得税がまったくありません。連邦法人税率が21%に大幅に減税されたことも重なり、テキサス州を本拠地とする法人は、経営が圧倒的にやりやすくなります。
──「即時償却」で設備投資全額を控除
また、減税によってアメリカ企業の手元に残る利益が増えることにあわせ、5年間の時限措置で設備投資全額を課税所得から控除できる「即時償却」を認めることにより、企業の設備投資を促します。
例えば、アップルは米国内の人工知能(AI)などの事業に5年で300億ドル投資し、雇用を2万人積み増ししました。先進製造業への投資基金も50億ドルに増額と表明。これは低税率国に2500億ドルもため込んだ海外資金を原資とします。共和党のライアン下院議長は「賞与や賃上げ、アメリカ国内投資といった施策を公表した企業は160社を超える」と語りました。
──減税効果を享受する日系企業
日本企業も、主な企業の2018年3月決算発表を合計すると、トランプ減税によりカリフォルニア州トーランス市に米国本社を置くホンダが3461億円、テキサス州プレイノ市にトーランス市から米国本社を移したトヨタ自動車は2919億円など、しめて1兆7000億円もの利益押上げ効果があるそうです。
これで設備投資が活発になれば産業機械の需要が増え、日本企業の業績を改善させる要因にもなります。あらたに海外進出をする日本企業にとっても、拠点をアメリカに移して節税をし、関連会社を設立して投資や取引を実行することはグローバル経済において極めて有効な手段だといえるでしょう。
他にも、細かいことを挙げれば、テキサス州のメリットはたくさんあります。米国は東西で約3時間の時差があるため、会議や出張が大きな負担だったというトヨタ関係者の声もありました。
また、テキサス州はトヨタに移転費用の補助として4000万ドル(約44億円)を約束していますが、トヨタの北米事業を統括するジム・レンツ氏は、補助金が移転の動機になったわけではないと強調しています。
同氏はテキサス州を選んだ理由として、税金の面も含めた法人に優しいビジネス環境、地理的な観点、二つの大きな空港の存在、加えて手頃な住宅価格や個人の所得税がかからないことなど生活面での利点を挙げています。
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