最後の挑戦を許されなかったメイ首相

5月24日、メイ首相が、与党・保守党の党首を6月7日に辞任する方針を表明した。

メイ首相は、すでに3月29日の3度目の離脱協定の採決を前に離脱後の辞任の方針を表明しており、辞任自体は規定路線だった。しかし、その時期は早まり、4度目の離脱案の採決という最後の挑戦は許されなかった。

●最後の一撃となった「新たな提案」

辞任時期が早まった背景には、期日通りの離脱に失敗したことで、保守党からの支持離れが加速したことがある(図表1)。

ポスト・メイ,EU離脱
(画像=ニッセイ基礎研究所)

5月26日に結果が判明した欧州議会選挙でも「合意なき離脱」を主張するブレグジット党(1)が最多の得票を得て29議席を獲得、保守党の獲得議席数は第5位の4議席と屈辱的な結果となった。メイ首相辞任表明の時点で、5月2日の地方議会選挙に続く大敗となることは明らかだった。

早期の辞任表明への決定打となったのは4度目の離脱案の採決に向けて、メイ首相が21日に表明した10項目の「新たな提案」だ。メイ首相がまとめた「離脱協定」は3回にわたる採決で徐々に賛成票を増やしてきた。しかし、自らの首を掛けて臨んだ3月29日の3度目の採決でも、与党内の最強硬派とメイ政権に閣外協力するアイルランド地域政党・民主統一党(DUP)は翻意しなかった。離脱協定に盛り込まれたアイルランド国境の安全策について、強硬派は関税同盟残留の恒久化につながることを、DUPは英国内の規制の分断につながることを懸念したためだ。だが、EUが、離脱協定の再交渉を拒否しているため、アイルランド国境の安全策での「新たな提案」はできない。そこで、メイ首相は、「新たな提案」に、野党・労働党が重視する労働者の権利や環境規制のEUとの同等性確保、暫定的「関税同盟」案を選択肢とすること、そして離脱法案の信認のための国民投票の実施の是非を問う採決を議会で実施する、つまり「再国民投票」への道を拓く用意があることを示し、野党の譲歩を求めた(図表2)。

ポスト・メイ,EU離脱
(画像=ニッセイ基礎研究所)

信認投票として行う「再国民投票」は、議会下院が議員の支持動向を探るために行った4月1日の示唆的投票で、賛成280票と最も多くの支持を集めた選択肢でもあった(2)。だが、野党は、支持離れが加速する保守党と、辞任が規定路線となっているメイ首相に譲歩する機運はなかった。他方、与党からは、強硬派ばかりでなく、従来、協定案を支持して閣僚や議員らも「再国民投票」の提案などに強く反発、メイ首相は立ち行かなくなった。

------------------------------
(1)世界貿易機関(WTO)ルールに基づく離脱、離脱協議への関与、離脱精算金の拒否などを主張した。
(2)示唆的投票の結果についてはWeeklyエコノミスト・レター2019-4-23「再延期後の英国のEU離脱の行方 ~削がれた離脱への勢い( https://www.nli-research.co.jp/files/topics/61415_ext_18_0.pdf?site=nli )をご参照下さい。

●繰り返された判断ミス

英国のEU離脱混迷の根本の原因は、キャメロン前首相が、強硬派に押され、EU離脱の判断を国民投票に委ねたことにある。

しかし、メイ首相も、党内をまとめきれず、判断ミスを繰り返し、自らを追い込んできた。

そもそも、17年3月29日に戦略がまとまらないまま、EUに離脱意思を通知すべきではなかった。EUとの交渉は、そもそも現状変更を望む英国にとり不利だが、英国の戦略が定まらないまま交渉が始まったことで、EUの設定した枠内で交渉せざるを得なくなった。協定承認の目処が立たないまま期限が近づき、2度にわたりEUに期限を要請するという失態を演じることになった。

交渉を有利に進めるため、離脱意思の通知後、議会を解散、17年6月に総選挙に打って出た賭けも失敗だった。政権公約に年金生活者や介護サービスを利用している世帯の不安と懸念を引き起こす政策を盛り込んだために、大幅に議席を積み増すどころか、過半数を割り込む結果を招いた。これにより、離脱案の可決の難易度が格段に高まり、DUPの閣外協力を得たことで、アイルランドの安全策の重みが増した。

分裂した保守党をまとめることに腐心し、野党の見解をくみ取ろうとしてこなかった問題もあった。そもそも、国民投票で離脱と残留の票差は小さく、かつ、議会でも辛うじて過半数を確保している状況では、早い段階で野党とのコンセンサス形成に動くべきだった。しかし、実際に野党との協議に動き出したのは、期限通りの離脱に失敗した後であり、もはや前向きな進展は望めなかった。

メイ首相が、当初、強硬派寄りの姿勢をとり、「悪い協定を結ぶよりも協定を結ばない方がまし(No deal is better than a bad deal)」というフレーズを繰り返し用いたことも尾を引いた。メイ首相の協定は、言わば、「離脱派」と「残留派」の折衷案だ。離脱にはコストを伴うが、国民投票で示された意思であり、実現に移さなければならないが、EUは「いいとこどり」を認めない。こうした制約の中でまとめた妥協案なのだが、「離脱派」から見れば、国民投票のキャンペーンで約束した「いいとこどり」でない協定案は「悪い協定」であり、拒絶した方が良いということになる。

「合意なき離脱」で、EUの法規制の適用が突然停止し、EUとの間に関税や非関税障壁が生じれば、英国経済や社会に様々な混乱をもたらすおそれがある。しかし、こうした注意喚起は、残留派の「恐怖戦略」として一蹴されてしまい、EUの言いなりにならない「合意なき離脱」が、英国にとって最も有利な選択肢という考えが離脱派の間に浸透してしまい、妥協を困難にした。

保守党党首選の行方

●ポスト・メイを狙う顔ぶれ

次期首相の座には、メイ首相の後任の保守党党首が就く。保守党の党首選は、複数が立候補した場合、第1段階の議員投票で候補者を2人に絞り込み、第2段階の党員投票で党首を選出する(3)。今回の党首選には、本稿執筆時点で、すでに9名が立候補の意思を表明しており、メイ首相の党首辞任の翌週の6月10日に手続きを開始、7月末までに新党首の選出を終えるスケジュールとなるようだ。

現職の閣僚で立候補の意思を表明しているのは、ジュレミー・ハント外相、マイケル・ゴーブ環境相、エスター・マクベイ雇用・年金相、マット・ハンコック保険相、ローリー・スチュワート国際開発相、サジード・ジャビド内相である。さらに、メイ首相の方針に反対して政権を去ったボリス・ジョンソン前外相、ドミニク・ラーブ前離脱担当相や、「新たな提案」に抗議して下院総務の職を辞したアンドレア・レッドサム氏が名乗りを上げている。この他、ペニー・モーダント国防相、スティーブ・ベイカー前離脱担当閣外相などがブックメーカー(賭け屋)のオッズや世論調査の支持率で上位に位置し、立候補の可能性があると見られている。

------------------------------
(3)2016年のキャメロン首相の辞任に伴う党首選では、議員投票を勝ち抜いたレッドサム候補が、失言が原因で撤退を余儀なくされたため、党員投票は実施されなかったが、2005年の党首選ではキャメロン前首相対デービッド・デイビス元離脱担当相の決選投票が行われた。

●賛否が分かれる最有力候補・ジョンソン前外相

次期党首選を巡って立候補者乱立の様相を呈する中で、最有力候補と見なされているのがジョンソン前外相だ。9名の候補から「最も良い保守党党首・首相になる」と考える議員を選ぶ世論調査(4)では、ジョンソン前外相は21%と最も高い支持を得ており、第2位のジャビド内相以下を大きく引き離している(図表3)。ブックメーカーのオッズでも、ジョンソン前外相がトップ。ラーブ前離脱担当相、ゴーブ環境相、ハント外相など2位以下との差は大きい。

ポスト・メイ,EU離脱
(画像=ニッセイ基礎研究所)

ジョンソン前外相は、ジャーナリストとしてのバックグラウンドを持ち、発信力に長け、知名度も抜群だ。ただ、物議を醸す言動や失言も多く、人気も高いが、不人気ぶりも際立つ。

「良い首相になるか、悪い首相になるか」という設問では、ジョンソン前外相は「良い首相になる」という回答の割合が26%で「悪い首相になる」が55%と大きく上回っている(図表4)。他の候補の結果と比べると、「わからない/知らない」と応えた割合が低いこともあり、ジョンソン前外相への賛否が目立つ面もある。

最優先課題であるEU離脱の舵取りと英国内の分断の修復に関する手腕でも懐疑的な見方が強い。「EU離脱の舵取り」に関する設問では、ジョンソン前外相は「悪い仕事をする」が43%と「良い仕事をする」の23%を上回り、「国の団結を助けるか、さらに分断を深めるか」という設問では、「団結を助ける」の18%に対して、「分断を深める」が48%となっている。

ポスト・メイ,EU離脱
(画像=ニッセイ基礎研究所)

------------------------------
(4)YogGov[2019]。以下も同調査の結果に基づいている。