強硬派新首相の「瀬戸際戦術」の行方

●強硬派新首相の瀬戸際戦術

離脱失敗による支持離れに歯止めを掛けて、党勢回復が託される新党首には、メイ首相よりも強硬な姿勢を採る候補が選出されるだろう。メイ首相の失敗で、離脱派は「合意なき離脱」を、残留派は「離脱撤回」を望み、妥協案に歩み寄る機運は乏しいことが明確になったからだ。

前項で名前を上げた10名の候補のうち、メイ首相と同様に国民投票で残留を支持した「残留派」はハント外相、ハンコック保険相、スチュワート国際開発相、ジャビド内相の4名で、残りの6名は離脱を支持した「離脱派」だ。残留派には、メイ首相と同じく「不利な協定をまとめることで、離脱が撤回されることを意図している」という批判が付きまとい兼ねず、新党首は「離脱派」から選ぶ方が事態の収拾には有効だろう。

ジョンソン前外相とラーブ前離脱担当相は、メイ首相の離脱方針を批判して辞任しており、離脱派の中でも「強硬派」だ。メイ首相の協定案には2度目の採決まで反対、メイ首相が自らの首を引き換えに賛成を求めた3度目の採決で賛成に票を投じた。3月27日の「合意なき離脱」についての示唆的投票(5)でジョンソン前外相とラーブ前離脱担当相は賛成、スチュワート国際開発相は反対、他の候補者は、メイ首相とともに棄権した。

ジョンソン前外相に「選挙に勝てる顔」(6)としての期待も掛かる。新首相は、僅か6週間前に立ち上げた「ブレグジット党」を率いて欧州議会選での大勝利に導いた元UKIP党首のナイジェル・ファラージ氏や、17年の総選挙のキャンペーンで分配重視の公約を掲げ、若年層の支持獲得に成功した労働党のコービン党首などと対峙しなければならない。

ジョンソン前外相は、欧州議会選挙の結果を受けたテレグラフ紙のコラムで「分別のある者は誰も、合意なき離脱を排他的に目指しはしないが、責任ある者は、合意なき離脱を交渉のテーブルから排除しない。我々が勇気を持ち、楽観的になれば、海峡の向こう側の我々の友人と良い交渉が出来、10月31日の期限までに離脱し、人々に希望と野心を実現することができる」という言葉で締め括っている(7)。

ポスト・メイのEU離脱は、強硬派の新首相が「合意なき離脱」も辞さない構えで、アイルランドの安全策の再交渉を求め、将来関係の「いいとこどり」を目指す「瀬戸際戦術」を試す局面となりそうだ。

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(5)同案について、保守党は賛成157、反対94、棄権62人と票が割れた。
(6)YouGov 〔2019〕の「総選挙に勝てるか否か」という設問でも、ジョンソン前外相は「勝てる」が37%を占め、ジャビド内相の17%、レッドサム前下院総務の14%、ゴーブ環境相13%を大きくリードする。
(7)Boris Johnson 〔2019〕

●合意なき離脱の実現可能性

強硬派の新首相の瀬戸際戦術は「合意なき離脱」の確率を高める。

アイルランドの安全策について強硬派が望むのは期限の設定や一方的離脱の権利を認めることだが、すでにEUと協議し尽くされたものであり、EUが譲歩することは期待できない。10月31日の期限までに、協定がまとまるか、期限延期を再申請するか、離脱を撤回しなければ、「合意なき離脱」となる。メイ首相は「合意あり離脱」を目指したため、議会の3度にわたる協定の否決で妨げられたが、「合意なき離脱」に議会が歯止めを掛けることは難しいとされる(8)。「合意なき離脱」はEUの承認も不要だ。

EUは合意なき離脱は望んでいないが、EUの原則を曲げる譲歩をしてまで阻止しようとは思っていない。EUへの影響を抑える一方的、時限的対応はすでに準備済みだ(9)。強硬派が、3月27日の英国議会の示唆的投票に妥協案として提示した「管理された合意なき離脱(contingent preferential Arrangements)」にも応じるつもりはない(10)。

いよいよ「合意なき離脱」が現実味を帯びてくれば、不信任案の可決ないし自主解散による総選挙が歯止めとなる可能性がある。3月27日の「合意なき離脱」の示唆的投票を見る限り、保守党の下院議員のうち、「合意なき離脱」というカードを封印すべきでないと考えている議員は半数に過ぎない。新首相が「合意なき離脱」を容認する姿勢をとり続ければ、穏健派の保守党議員が離反、野党に穏健派の保守党議員が加わる形で、不信任案が可決、EU離脱問題を争点とする総選挙に突入する可能性がある。あるいは、新首相が、強行姿勢で支持率の回復に一定の成果を上げた場合、政権基盤を強化するため、自主解散し、総選挙に動く展開も考えられるだろう。総選挙のための期限延期であれば、EUは応じるだろう。

欧州議会選挙では、離脱戦略で党内が分裂した二大政党が得票率を下げ、「合意なき離脱」を掲げるブレグジット党がUKIPにとって替わり「離脱撤回・再国民投票」を掲げる自由民主党(LDP)、緑の党も議席を増やした。スコットランドの地域政党・SNPやウェールズの地域政党・SNPなどを加えた「離脱撤回・再国民投票」派と「合意なき離脱」派はほぼ拮抗している(図表5)。

保守党は、これまで見てきたとおり、強硬派の新首相のもと「合意なき離脱」も辞さないスタンスを強める見通しだが、労働党には、欧州議会選挙の結果を受けて「離脱撤回・再国民投票」寄りに動く圧力が強まりそうだ。

ポスト・メイ,EU離脱
(画像=ニッセイ基礎研究所)

総選挙は小選挙区制で実施されるため、比例代表制の欧州議会選挙のような議席構成の大転換は考え難いが、次の総選挙で、二大政党のどちらも単独過半数を得ることは難しい雲行きだ。

強硬派首相の瀬戸際戦略の次の局面では、EU離脱問題の進路は、「合意なき離脱」派と「離脱撤回・再国民投票」派のどちらが連携を実現できるかに委ねられるかもしれない。

メイ首相が退場しても、EU離脱を巡る霧が晴れるまでには、なお時間が掛かりそうだ。

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(8)EU離脱法の修正によって、首相案が否決された場合、議会がスケジュールや次のステップを決める機会を得たことで、合意なき離脱が回避できた。Maddy Thimont Jack 〔2019〕参照。
(9)European Commission〔2019〕
(10)関税ゼロのFTA、同等性評価に基づく2年間の現状維持期間(standstill period)の確保、貿易促進的関税取り極め、2年間のEU財政への拠出を構成要素とする。同案は賛成130、反対420、棄権77で否決された。

〔参考文献〕

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伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主席研究員

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