(本記事は、横山啓太郎氏の著書『健康をマネジメントする 人生100年時代、あなたの身体は「資産」である』CCCメディアハウスの中から一部を抜粋・編集しています)

「人生100年」なのに、医療は「人生70年」のまま

健康をマネジメントする 人生100年時代、あなたの身体は「資産」である
(画像=Webサイトより※クリックするとAmazonに飛びます)

急性疾患にいまだに重きがおかれている

認知症や寝たきりがそれほど増えるならなるべく健康維持につとめ、できるだけ「ピンピンコロリ」でいきたい──。それが私たちの願いでしょう。

しかし、その健康維持のための努力をつづけていくのにみんな苦労しています。カロリーの高い食事、甘いスイーツ、お酒……。健康に悪いことは、楽しいものばかりです。「わかっちゃいるけどやめられない」それが現実です。

問題はそれだけではありません。私たちの人生100年をサポートしてくれるはずの現代医療にも問題が横たわっています。

最大の問題は、いまの医療システムが「人生70年時代」から更新されていないことです。

本来なら、医療は人生100年に合わせ、急性疾患の予防だけでなく老化を遅らせる方策、認知症や寝たきりにならないための方策を患者さんに提供するよう進化していなければならないはずです。

ところが現代医療はまだ、圧倒的に急性疾患への対応に重きをおいています。病院の診療科が臓器別・器官別になっていることからもそれはわかります。腎炎なら腎臓専門医、肝硬変なら肝臓専門医が対応します。しかし、個別の病気を診ることのできる医師はいても、全身の老化に対応できる医師はほとんどいません。

そのため、65歳までは糖尿病内科や循環器内科の医師に過食を制限されていたのに、70歳を超えたとたんに老年科の医師から寝たきり予防のためにはたくさん食べてください、といわれる。そんなおかしな事態が起こってしまうのです。

たしかに、人生100年時代は認知症や寝たきりの予防に力を入れなければならない時代です。ただそれは、「健康」と「病気」がくっきりと分かれていた人生70年時代とはちがいます。医療の現場はもっと別のアプローチをとるべきなのです。

人生100年時代は急性疾患が減ったかわりに、健康と病気のあいだを「老化」というキーワードがつなぐ時代です。どこからが病気でどこからが健康かの明確な境界線がない時代なのです。そのような時代にあっては臓器別や器官別の疾患だけでなく、全身の老化によって起こる症状について的確な診療や生活習慣改善のアドバイスができる医師の存在が不可欠です。

それなのに、いまだに私たち医師は高血圧症のような生活習慣病も「病気扱い」をして、急性疾患と同じように薬による診療をおこなっています。

ただ、私にいわせれば生活習慣病は「病気」ではありません。「老化」です。老化に薬で対応しようとしても無理なのです。

「老化」に対して現代医療はお手上げ状態

生活習慣病は病気ではなく「老化」

もう一度、はっきりいっておきましょう。

体に負担をかける生活習慣によって引き起こされた高血圧症、糖尿病、高脂血症は、病気ではなく「老化」です。生活習慣や加齢からくる筋力低下、認知機能低下も「老化」です。

ときには血圧を上昇させるような病気が別にあり、それが原因で高血圧を引き起こしている場合もあります。しかし、そうでない生活習慣由来の高血圧症は、「病気」ではなく「老化」だと私は考えています。

生活習慣病の患者さんの体は、長年、体に負担をかける生活習慣によって老化が進行しています。高血圧なら過剰な塩分摂取、暴飲暴食、運動不足、野菜や果物の摂取不足、肥満、喫煙などが体に負担をかける生活習慣にあたるでしょう。

老化は体の一部分だけで起こったりはしません。全身にひとしく起こるものです。そのため、高血圧がめだつからといって、血圧だけを薬で下げても本質的な解決になりません。なぜなら表に出ている症状がないだけで、全身の老化は進んでいると考えられるからです。

老化は薬では治らない

認知症や寝たきりは老化の最終形として起こるものだと説明しました。認知症や寝たきりに効く薬がないのと同様、生活習慣病という名の老化に対しても、薬は根本的な治療とはなり得ないのです。

高血圧は降圧剤でコントロールできますが、これは特定の受容体に薬がアプローチして「血管内の圧力を下げているだけ」です。老化の進行を止めているわけではありません。

たとえば、生活習慣由来の高血圧と高血糖をもつ患者さんに降圧剤を飲んでもらったとしましょう。この場合、血圧は正常値になりますが、高血糖はそのままです。降圧剤は血圧を下げる以外の影響を体にあたえることのないように開発されているからです。

これで老化の進行が止まったといえるでしょうか?高血圧症の原因である生活習慣を改善しなければ、老化はやはり進んでいきます。薬で血圧値が下がることと老化の進行が止まることはイコールではないのです。

体の老化をくい止めるには薬ではダメです。体の老化を加速させている根本原因、つまり「生活習慣」にアプローチしなければならないのです。

全身で起こっている老化を示す現象は、おそらく健康診断でわかる数値以外にもまだまだたくさんあるでしょう。しかも、それらは複雑にからみあっていると思われます。そのため、たまたま測れる一部の数値を薬で下げても老化は解決しません。ましてや老化の最終形である認知症や寝たきりを防ぐことはできないのです。

アメリカでおこなわれた研究では、アルツハイマー病につながるリスク要因としてもっとも大きなものは運動不足であることが明らかになっています。また、高血圧、高脂血症、糖尿病といった生活習慣病を複数もっているほど、認知症の発症に影響することも別の研究で明らかになっています。

運動不足は薬でおぎなうことはできません。また、生活習慣病も血圧などの数値を下げるだけでは根本的な解決にならないことはすでにお話ししたとおりです。

人生100年時代を生きる私たちにはやはり、薬以外の方策が必要なのです。

専門で細分化された医師は老化に対応できない

では、医師は人生100年時代にどんな方策をとるべきしょうか?

まず、老化は全身の問題ですから、本来なら体をひとつのシステムとして診られるようになるのが理想です。そのうえで医師は、老化の原因である生活習慣にアプローチする、薬以外の方策を考えなくてはなりません。

しかし、現状では、医師は臓器や器官ごとによって細分化された専門分野にしばられています。そのため全身の老化をしっかり診ることはできず、薬以外の方策ももちあわせていません。

老年医学を専門とする医師もいるにはいます。ただ、老年科の医師ははじめから寝たきりや介護の専門家として経験を積む場合が多いのが実情です。私のような腎臓専門医が老年医療の知識に乏しいのと同様に、老年科の医師は人間の臓器の病気を診る知識や経験を十分にはもちあわせていないのです。

ようするに私も含めた現代の医師は、人生100年時代に生きる人間の体を総合的に診る視点と素養に乏しいといわざるを得ません。全身の老化に対して、現代医療はお手上げ状態なのです。

健康をマネジメントする 人生100年時代、あなたの身体は「資産」である
横山啓太郎(よこやま・けいたろう)
東京慈恵会医科大学教授・行動変容外来診療医長。1985年東京慈恵会医科大学医学部卒業。国立病院医療センターで内科研修後、東京慈恵会医科大学第二内科、虎の門病院腎センター勤務を経て、東京慈恵会医科大学内科学講座(腎臓・高血圧内科)講師、准教授、教授。2016年、大学病院として日本初の「行動変容外来」を開設、診療医長に。日本内科学会認定医・総合内科専門医、日本腎臓学会認定専門医、日本透析医学会指導医。

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