(本記事は、横山啓太郎氏の著書『健康をマネジメントする 人生100年時代、あなたの身体は「資産」である』CCCメディアハウスの中から一部を抜粋・編集しています)

運動で毛細血管を増やし、認知機能を改善させる

運動
(画像=hedgehog94/Shutterstock.com)

毛細血管密度の高い人は若々しくみえる

健康マネジメントの具体的な方法は、なんでもかまいません。自分の現状と「将来どうありたいか」から逆算して考えます。まずは、私たちの生活習慣の土台となる、運動や食事に関する行動を見直すとよいでしょう。

なかでも運動は、筋力を維持するだけでなく、体の毛細血管を増やし、認知機能を改善する効果がありますので、まったく運動をしない人は短時間の軽い運動からでもぜひはじめてみてください。

年齢を重ねても若くみえる人は、見た目が若々しいだけでなく、実際の健康状態もよく、長生きの傾向があります。それには理由があります。

見た目が若く見える人は、皮膚にツヤがあり、姿勢のいい人が多いでしょう。これは、体の毛細血管の密度が高いからです。歩くときの歩幅が広く、歩くスピードも同世代の人と比べて速いのは、筋力があり、なおかつバランス感覚が衰えていない証拠です。バランス感覚のよい人は脳の毛細血管密度が高いため、認知機能もしっかりしています。

認知症の人は脳の毛細血管密度が低いことが知られていますが、おそらく全身の毛細血管密度も低いと思われます。体の機能はつながっているからです。

毛細血管は全身の血管の99%を占めており、心臓や腎臓など全身で加齢とともに減っていくことが知られています。毛細血管密度が低下すると、血液の循環が悪くなり、血圧や血糖の変動が大きくなります。認知症、視力低下、難聴などにもつながります。

密度を保てば健康状態がよくなり、見た目も若々しくなると思われる毛細血管は、じつは運動で増えることが研究で明らかにされています。また、運動は神経細胞や海馬のサイズを大きくするとの研究報告もあります。海馬は人間の脳のなかで「記憶」をつかさどる部分です。

2009年に日本で発売された書籍『脳を鍛えるには運動しかない!──最新科学でわかった脳細胞の増やし方』(ジョン・J・レイティエリック・ヘイガーマン著、野中香方子訳、NHK出版)で、運動が脳の神経成長因子を増やす、ストレスやうつを抑制する、週2回以上の運動の継続が認知症になる確率を半分にするなどの効果があると紹介され、話題になったことをおぼえている人もいるでしょう。

毛細血管密度の低下は「高速道路の大渋滞」につながる

運動が健康によさそうというのは誰もが知っていますが、運動で毛細血管を増やすことが、なぜ健康につながるのでしょうか。

それを理解するために、血管を「高速道路」と「一般道」に分けて考えてみます。

太い動脈や静脈は、道路にたとえると何車線もある広い「高速道路」です。一方、毛細血管は狭い「一般道」になります。

全身の血管が老化していなければ、なんの問題もありません。一般道も高速道路もきれいに舗装されていて、事故も起こっていない、そんな状態だからです。

血圧が急に上がるのは、高速道路で事故が起こって、車が急に渋滞してしまうのに似ています。渋滞を避けるには一般道に降りればいいのですが、毛細血管密度が低下していると、降りる一般道自体が少ないことになります。そうなると、一般道封鎖で高速道路に渋滞が発生した状態と同じになります。人間の体でいえば、動脈や静脈が詰まったり、血圧が急激に上がったりして、体調悪化を引き起こす事態におちいります。

冬場になると、高齢者の浴室での死亡事故が増えます。これは、まさに「高速道路の大渋滞」と同じことが起こっているわけです。高齢者は全身の毛細血管の密度が低下しています。そんな人が急に浴室へ行くと、毛細血管という血液の逃げ場がないため、血圧が急激に上がってしまうのです。

この理屈を知っていれば、冬の浴室事故は避けることができます。

たとえば、通常の最高血圧が高めの150mmHgの人がいたとしましょう。通常血圧200mmHgで死ぬことはないと思いますが、死亡に至るラインをわかりやすく200mmHgとします。

150mmHgの人が寒い浴室へ行って血圧が200mmHgに上がるとすると、死に至るまで50mmHgしか余力がないことになります。血圧が120mmHgの人なら80mmHgの余力があります。

血圧が急激に上がる行動をとった場合、この余力がある人のほうが命の助かる確率が上がります。そのため、高血圧の人には血圧を下げましょうとわれわれ医師はいうわけです。

一方で、こういう考え方もできます。

自分の血圧の変動に無頓着な120mmHgの人と、血圧が上がらないように自己管理している150mmHgの人がいた場合、後者の方が長生きできる可能性もあるのではないかということです。余力は120mmHgの人のほうがあるのですが、急激に血圧が上がらないように気をつけることも大事だからです。

ただ、血圧が急激に変動するような行動をつねに避けられるとは限りませんから、日頃の運動によって毛細血管を増やしておくことはやはり大切です。

**運動は筋力を維持し、歩行機能を落とさないために、ぜひ習慣化するべきです。毛細血管密度を低下させず、認知症を予防するためにも、運動は不可欠なものなのです。

「開眼片足立ち」から無理なくはじめる

とはいえ、運動習慣のない人がいきなり運動をはじめるのは難しいかもしれません。なにをしたらいいのかわからない人もいるでしょう。

そこで私がおすすめしたいのが「開眼片足立ち」。両手を腰に当て、両目を開けた状態で片足立ちを維持するだけです。

年齢によって「これぐらいできれば合格」という目安はありますが、まずは20秒できるかどうかにチャレンジしてみてください。上げた足を床についてしまったり、軸足がずれたりしたら、そこで終了です。くれぐれも転倒に注意してください。

じつは、開眼片足立ちを20秒維持できない人は、「隠れ脳梗塞」と認知機能低下のリスクが高いとの研究結果があります。隠れ脳梗塞とは、脳梗塞の発作(ろれつが回らない、手足の麻痺など)が出ていないにもかかわらず、CT(コンピューター断層撮影)検査やMRI(磁気共鳴画像法)検査で見つかる脳梗塞のことです。

京都大学の田原康玄先生のグループは、健康な中高年者1387人(平均年齢は67歳)を対象に、脳の小血管の状態をMRI検査で調べました。その結果、20秒以上開眼片足立ちができない人は、脳小血管疾患(隠れ脳梗塞)や認知機能低下のリスクが高まることが明らかになりました。

開眼片足立ちができないということは、筋力が低下し、バランス能力が衰えているということ。全身が老化して毛細血管密度も減っているため、脳疾患や認知力低下が起こるのです。

この開眼片足立ちは、私が診療を担当する行動変容外来でも患者さんにもやってもらっています。

さらに、閉眼片足立ちもやっていただいています。年齢別に閉眼片足立ち時間の平均値を示しました。

年齢別閉眼片足立ち時間の平均値
年齢  時間
20歳 80~90秒
30歳 80秒
40歳 50~60秒
50歳 40秒
60歳 20~30秒
70歳 15秒

*「高年齢者の安全確保のための機器及び作業システムの開発に関する特別研究(第1報)」、SRR-No.13、(独)産業安全研究所(現(独)労働安全衛生総合研究所)梅崎重夫、深谷潔より作成

これで自分のバランス感覚や筋力のレベルがわかるだけでなく、病気のリスクまで知らせてくれるため、できなかったときに患者さんが受けるインパクトは大きいものです。それだけに、この片足立ちのチェックが行動変容のきっかけの一つにもなっています。「このままではまずい」と実感し、患者さんが自分から運動をはじめるようになるのです。

たとえ平均値に満たなかったとしても、がっかりすることはありません。毎日やっていればバランス感覚や筋力が少しずつ向上し、片足立ちを維持できる時間を延ばせます。ロコモティブシンドローム対策になり、転倒防止にも役立ちます。脳の神経細胞の密度が増え、脳梗塞や認知症の予防につながる可能性もあるのです。

健康をマネジメントする 人生100年時代、あなたの身体は「資産」である
横山啓太郎(よこやま・けいたろう)
東京慈恵会医科大学教授・行動変容外来診療医長。1985年東京慈恵会医科大学医学部卒業。国立病院医療センターで内科研修後、東京慈恵会医科大学第二内科、虎の門病院腎センター勤務を経て、東京慈恵会医科大学内科学講座(腎臓・高血圧内科)講師、准教授、教授。2016年、大学病院として日本初の「行動変容外来」を開設、診療医長に。日本内科学会認定医・総合内科専門医、日本腎臓学会認定専門医、日本透析医学会指導医。

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