(本記事は、横山啓太郎氏の著書『健康をマネジメントする 人生100年時代、あなたの身体は「資産」である』CCCメディアハウスの中から一部を抜粋・編集しています)
スマートウォッチで自分の体のデータをとる
日常的に測定し、ふだんの数値を知る
自分の体に関する個別データを集め、記録するには、スマートフォンが便利です。タイマーやストップウォッチの機能がついていますし、1日のウォーキングやランニングの距離や歩数、睡眠時間を測定・記録してくれる健康系のアプリが充実しています。
腕時計型のスマートウォッチのような「ウェアラブルデバイス」をすでに持っているなら、ぜひ積極的に活用してみてください。メーカーにこだわらなければ2000〜3000円くらいの安価なものからあります。残念ながらスマートウォッチで血糖値を測ることはできませんが、血圧や心拍数を測る機能がついているものはあるようです。
ただ、医療機器の認可を受けていないスマートウォッチの血圧機能は、医師の立場ではおすすめすることはできません。
日本高血圧学会が推奨する血圧計は、二の腕を圧迫する上腕式の自動または手動の血圧計です。手首を圧迫する腕時計型の血圧計やスマートウォッチは、手首の解剖学特性から動脈をきちんと圧迫できているかが保証できないとされています。そのため、医療機器として認可されていないスマートウォッチが正確な血圧を測定できているかといえば、疑問符がつくことは否めません。
それでも私は、こうしたウェアラブルデバイスが秘める大きな可能性を無視することはできないと考えています。生活習慣の改善においては、行動が変わることがなにより重要だからです。数値の正確さも大事ですが、ウェアラブルデバイスや健康系アプリの利用によって私たちがやる気になるかどうか、行動が変わるかどうかのほうがもっと大事です。
少々不正確な数値であっても、それを見て「今日はこれだけがんばった」「明日も続けたい」と思い、実際の行動が変わることには価値があります。ウェアラブルデバイスやアプリが行動変容のきっかけになるかもしれないのであれば、どんどん利用すべきです。
かくいう私も、ストレス状態や睡眠の深さを計測するアプリを愛用しています。自分の体の状態に目を向け、自分をいたわるのに役立っていると実感しています。強いストレスを受けているとの結果が出れば意識的に深呼吸をしますし、眠りが浅いとわかれば早寝を心がけるようになりました。
こうした健康系アプリは使っていて楽しいですし、健康にいいことはあっても悪いことはありません。たとえ数値や測定結果が少々いいかげんだったとしても、です。
数値はいいかげんでも行動が変わるきっかけに
数値や測定結果が少々いいかげんでも健康に役立つのはなぜか。その理由を説明しましょう。
1日のうちに血圧をこまめに測定し、連続的なデータを蓄積しておけば、思わぬタイミングでの数値の変動(寒い場所に行くと数値が大きく上がるなど)や、特定の習慣と関連づけられた数値の特徴(運動後に通常の血圧値に戻るのが遅いなど)に気づくのに役立ちます。
数十万人規模で朝の安静時血圧を比較する調査なら、正確に測られた血圧値が不可欠です。しかし、自分の日々の習慣と数値を関連づけたり、自分の数値だけで継時的に比較をするなら、安価な血圧計でもいいのです。1日数回測る連続的な血圧値がきっかけとなって、自分のウィークポイントやかくれた病を発見することにつながる可能性もあるからです。
また、血圧を年に1回、病院での健康診断時に測るだけより、自宅でこまめに測る「家庭血圧」のほうがデータとしては意味があります。1日に1回しか測定しなくとも、1カ月で30のデータが得られるからです。1年なら360ものデータになります。
年間を通して決まった時間帯(朝起きてから朝食を食べる前)に測定すれば、季節ごとの血圧のめやすを知る助けにもなります。ひょっとしたら、「自分は寒い時期になると血圧が上がるようだ」と、自分の体質を知ることができるかもしれません。
そうなれば、冬の寒い朝の急激な行動を避けるようになるでしょう。結果的に、寒さで血圧が急上昇し、急性疾患を起こすような事態を避けることにつながるかもしれません。
血圧だけでなく、心拍数(脈)を測るのもおすすめです。心拍数はスマートウォッチでも正確に測ってくれるものがあります。私も活用していますが、24時間の心拍数が記録されていると、自分の心拍数が上がるときの特徴がみえてきて、なかなかおもしろいものです。
私の場合は、講演中に心拍数が上がりやすいことがわかってきました。そのため、講演中にはなるべくリラックスできるよう、タイミングをみて深呼吸をするようにしています。自分の体の癖を把握できれば、それに応じて対策を立てることができるのです。
日本では医療機器の認可を取得したスマートウォッチはまだ発売されていませんが(2019年7月現在)、アメリカではFDA(食品医薬品局)の認可を得た心電図機能をもつアップルウォッチが発売され、話題を呼んでいます。今後、医療機器の認可を受けたスマートウォッチが各社から続々と発売されていくことでしょう。
まずは家庭血圧計やスマートウォッチ、スマートフォンをつかって、自分の体のデータを集めてみてください。正確性はさておき、最新のウェアラブルデバイスで自分の体を知るのがおもしろいと思える人は、積極的に使ってみることをおすすめします。データを集められるだけでなく、自分の体や健康状態に常に目を向ける習慣がつきます。
スポーツ選手も、タイムを計ったり、スコアをつけたりして競技成績を上げていきます。結果を可視化することで強化すべき部分が明らかになり、やるべきメニューも見えてくるからです。上達へのモチベーションも維持できます。
医学の世界では安静時に数値を測ることがまだ主流ですが、以前は測れなかった数値が容易に測れる時代がやってきました。新たな数値には、健康維持や生活改善のための「宝」がきっと眠っています。
今後は血圧や心拍数にとどまらず、ますますいろいろな数値が測れるようになるでしょう。安静時だけでない動的なデータ、定点でない継時的データもとりやすくなります。その機器がIoTであるなら、データの保存、分析、共有もかんたんになりますし、日常的になっていくはずです。
それによってわかるのはなんでしょうか?「自分」です。自分でもわからなかった自分の体のことがつぶさにわかるようになってくるのです。平均値などではなく、あなただけの体のデータが明らかになる。そこに未来の健康マネジメントや医療革新のヒントがあると思います。
「IoTダイエット」の可能性
数値で自分の健康状態がわかると、人はそれを改善したり維持したりするための行動を起こしたくなります。数値で見せる、スコアリングすることは、意識づけや抑止力として効果があるからです。
24時間血圧や24時間血糖を気軽に測れるウェアラブルデバイスが日常に浸透すれば、リアルタイムで血圧値や血糖値の変動がわかるようになります。リアルタイムで目にみえる数値は、それだけで生活習慣病改善のための大きなソリューションになる可能性があります。将来は「IoTダイエット」のようなものが実現するかもしれません。
いま、皮膚にパッチを貼り付けておくだけで血糖値を持続測定するデバイスがあります。これは糖尿病の患者さんの血糖値を連続して測るためのもので、病気でない人が気軽に使うことはできません。
ただ、私は患者さんに説明する関係で、一度自分で装着して24時間を過ごしてみたことがあります。そうすると、自分の血糖値の変動の癖がわかるのです。
ある平日の昼間、私は職場でおにぎりとシュークリームを食べたところ、血糖値が糖尿病レベルにまで急上昇しました。血糖値が上がることは予想していましたが、これほど急激な上昇をしたことには自分でも驚きました。
ところが同じ日の晩、家でビールを飲みながらすき焼きを食べたところ、血糖値が大きく上がることはありませんでした。休日の昼にワインを飲みながら家族とフランス料理を食べたときも同様でした。
こうして自分の行動に対して血糖値がどう変わるかがリアルタイムでみえると、昼食におにぎりと菓子をいっぺんに食べるのはよそう、と自然に思えるようになります。リアルタイムで数値が上下することがわかると、血糖値が糖尿病レベルにまで急上昇するような食べ物にわざわざ手を出す気にはなれないのです。
将来は、腕にパッチを貼り付けておくだけで(血糖値を測定しなくとも)、食事中に意識がパッチに向いて、「食べ過ぎるのはやめておこう」と自然に思うようになるかもしれません。
このようにパーソナルな数値が出るウェアラブルデバイスはダイエットの必要性を腹落ちさせる道具になりますし、過食の抑止力にもなりえます。
気軽に血糖値を測れるようになれば、「食べる順序を変えるだけダイエット」に成功することも夢でなくなるかもしれません。
「ベジ・ファースト(ベジタブル・ファースト)」という言葉を聞いたことはないでしょうか。食事の際、最初に食物繊維の多い野菜を食べてから肉や魚といったタンパク質をとり、最後にご飯やパンといった炭水化物を食べる食事法です。
最初に野菜を食べることで糖質の吸収が抑えられ、血糖値上昇を抑制するとされています。太る原因となる血糖の上昇が抑えられるだけでなく、少量の食事で満足感を得ることができるため、結果的にダイエットにつながるといわれる食べ方です。食事制限よりかんたんなため、すでに実践されている方もいるでしょう。
私はこのベジ・ファーストが実際にどれほどの効果があるのか知りたいと思い、実験してみました。大学病院の管理栄養士に協力してもらい、「野菜→肉→ご飯」の順で食べたときと、「ご飯→肉→野菜」の順に食べたときとで血糖値上昇に変化があるかどうかを調べました。食事時には、持続血糖値測定デバイスを身につけてもらいました。
結果は意外なものでした。野菜から食べて血糖値上昇が抑えられた人は5人中3人。残りの2人は食べる順序によって血糖値は左右されないとわかったのです。
前者の3人にとってベジ・ファーストはダイエットの方法になりえます。一方、後者の2人はダイエットしたいのであれば別の方法を考えるべきです。これらはリアルタイムで数値を測定できる機器があったからこそわかったことです。
近い将来、健康に関する動的・連続的データはもっと気軽に取得できるようになり、データはさらに個別化していくでしょう。
これまでは1万人、10万人単位のデータを集めて薬を投与し、そこで有意差が少しでもあれば「この薬は効く」として普及させていく医療でした。
これからは、個別・連続的・動的なデータを個々人がかんたんにとれるようになり、自分の健康マネジメントに生かせる時代が確実にやってきます。それを医療チームと共有して、病院での治療や健康指導に生かす場面も出てくるはずです。データが個別化し、医療も個別化していくのです。
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