(本記事は、西田 健氏の著書『コイツらのゼニ儲け アコギで、エグくて、ときどき怖い』秀和システムの中から一部を抜粋・編集しています)

プリウス,ハイブリッド自動車
(画像=PIXTA)

豊田章男【トヨタ自動車社長】

トヨタが「老人向け自動車」を開発しない本当の理由

【一言コメント】
池袋暴走事故以降、「上級国民」なんて言葉が一人歩きしましたが、その一方で話題になっていたのが「プリウスミサイル」です。少なくない人がプリウスは暴走すると信じていて、こういう陰謀論にハマる人は多いんでしょうね。この問題は、なぜ、天下の大トヨタがシルバー向けの安全仕様の自動車を発売しないのかにあると思うのですが。AIの自動運転もそうですよね。何が普及を阻害しているのか、気になったので書いてみました。

プリウス
【沿革】
1997年発売の世界初の量産型ハイブリッド車。現在の車種は2015年に販売となった4代目。通常のガソリンエンジンと電動モーターを組み合わせ、燃料消費の多いスタートや低速ではモーター、速度が安定するとガソリンに切り替え、燃費を向上させた。2000年代、世界的なエコブームと原油高もあって大人気車種となった。

【特徴】
一目でプリウスと分かる独特のデザインもあって世界中で最も認知度の高い車になった。減速時のブレーキで充電する回生システムと効率的にモーター駆動を併用するトヨタ独自のシステムで他社を圧倒、ハイブリッド車に関する基本特許はトヨタが独占しているため、プリウスにライバルはいないというほどエコカー市場を独占した。

【金儲け】
2017年、発売から20年で世界累計1000万台を突破、09年には国内販売台数1位に輝いた。国内でいえば累計300万台、同社のクラウンに続く4位(1位はカローラ510万台)。比較的、生活に余裕のある高齢者に人気。カタログ燃費はリッター40キロだが実燃費は24キロ程度で、他社のガソリン車が20キロに迫るなか、それほどの優位性はなくなったものの、車としての完成度が高いことで売れている。

高齢者事故とプリウス

「プリウスミサイル」という言葉をご存じでしょうか。

2019年4月19日、東京・東池袋で母子が死亡する悲惨な自動車事故がありました。87歳の老人が運転していた乗用車が暴走、時速100キロで次々と歩行者をはね飛ばし、さらに運転していた人物が元通産省(現経産省)のスーパーエリートだったこともあって大きな社会問題となりました。

このときの車が「プリウス」でして、昨今、暴走事故を起こす割合も多いことから、2016年頃からでしょうか、暴走するプリウスを「ミサイル」と呼ぶようになったんですね。実際、ツイッターには「今日のプリウス」というタグがあり、「どこそこにプリウスが突っ込んでいた」「事故を起こしていた」などと事故写真とともにつぶやかれているほどです。なかには「プリウスは暴走事故を起こす欠陥車だ」なんて悪質な書き込みもけっこう見受けられますが、さすがに欠陥車というのは、言いすぎでしょう。

ただプリウスのユーザーに高齢者が多いのは事実で、これには理由があります。ハイブリッド車は毎日乗るヘビーユーザーにとっては、数年でモーター用のバッテリーが劣化してしまい、100万円以上の交換費がかかるんですね。ところが、それほど車を使わない高齢者にすれば、減税対象車なうえ燃費もイメージも抜群。それで年金暮らしのご老人がこぞって買っちゃうみたいなんですね。

で、単純に日本で最も売れている車の一つですから事故の絶対数も増えますし、ユーザーの高齢者率が高ければ、当然、高齢者が起こす事故=プリウスとなる率もあがるという構図があるわけです。

それに加えて事故の際、他の車種なら「乗用車」ですませるのにプリウスだとメディアも車名で報じちゃうんですね。最近、マツダが新車種の「3」というのを出しましたが、これ、昔でいえばファミリア(後のアクセラ)。日産のサニーや三菱のギャランなど、一昔前なら名前だけでパッとイメージのつく代表的な車種が存在しましたが、いま、車名が「一般名詞」になっているのはプリウスぐらいでしょ。「プリウスミサイル」は、ある意味、有名税という側面もあるわけです。

とはいえ高齢者ドライバーによる暴走事故が急増しているのは間違いありません。先の池袋の暴走車事故もあってか、75歳の後期高齢者になれば自動車免許を問答無用で全面返納させろ、とか、70歳を越えたら免許更新を「1年」に短縮させるよう法改正を求めようなどなど、老人は危ないから車に乗るなという声が高まってきています。

はたして、そんな単純な思考でいいのでしょうか。もっと別の方法、これをゼニ儲けに変える方法があるのではないか、というのが今回のテーマでございます。

沸き上がる「素朴な疑問」

まあ、法規制して高齢者から免許を取り上げるのは簡単ですし、世の中も納得しやすい話ではあるでしょう。でもそれをやって問題が解決するわけではありません。

高齢者が車を使うのは、車がないと困るからですね。足腰の弱った人にとってはバスや電車での移動の方が、むしろ危険だったりします。昨今は、コンビニで高齢者向けサービスが充実していますし、買い物なども通販でたいていのものは自宅に届きます。あとは日常の足として車があれば、ほとんど不自由なく暮らせるわけで、昔と違って老人ホームに無理して入る必要がなくなっているわけです。

そんな人から車を取り上げたら、介護保険制度が実質破綻している現状、老人ホームの争奪戦が始まるだけ。日常の足なら「電動カートを使えばいい」という人もいるでしょうが、今、車保有者が一斉に電動カートに乗り換えた場合を考えているのでしょうか。電動カートは歩道を使います。歩行者や自動車が行き交う狭い道で電動カートが溢れれば、当然、事故が頻発、歩道に停めた電動カートが道を塞いで、これまた危険な状況になるだけでしょう。

そもそも高齢者のドライバーの多くは「若い者より運転が上手い」と思うどころか、運転歴の長い人ほど、自分の衰えをよく理解しています。見知った近所ぐらいにしか、基本、車に乗らない人が大半なんですよ。こうした人から免許を取り上げれば、QOL(生活の質)が下がるだけで、高齢者問題を、むしろ深刻化させる気がしてならないんですよ。

では、どうすべきなのか。池袋の事故では87歳の高齢者がアクセルとブレーキを踏み間違えたと考えられています。実際、高齢者の事故の多くは、こうした誤操作、誤運転が多いのも事実。老人たちのために自分達の安全を脅かされていいのか、と反論する声が出るのも理解できます。

つまりですね、このプリウスミサイル、いや、高齢者の運転免許規制の問題を突き詰めて考えていくと、答えは自然と浮かんできます。

はい、なぜメーカーは、高齢者向けの自動車を開発しないのかという点でございます。

できることをなぜやらないのか

実際ですね、高齢者向けの自動車は、技術的にすでに完成しているんですよ。

今でも一部の車種には「自動ブレーキシステム」が導入されています。これは前方のセンサーに障害物が急接近すると自動でブレーキをかけ、前方に障害物を感知している間はアクセルを踏んでも前に進まないようにしたものです。高齢者の誤操作による事故の多くは、バックギアに入れたことに気付かず前に進むつもりでアクセルを踏む、ハンドル操作を誤って衝突する、ブレーキとアクセルを踏み間違えるなどですが、これらもセンサーを組み込んでぶつかりそうになれば車を止める、あるいはスピードを落とすという処理をすれば、今すぐにもできちゃうのです。

それだけではありません。今の自動車免許は高速道路を走ることが前提となっています。だから車は最低でも120キロが出ますし、ドライバーは、80キロ以上の高速運転に耐えるだけの反射神経が求められます。

だからですね、高速道路を運転できない免許を作っちゃえばいいんですよ。バイクでいえば原付や小型と一緒ですね。そうすれば車自体にリミッターをかけて60キロまで制限できます。スピードを出にくくすれば、たとえ事故になっても死亡事故は減ります。ハンドル操作のミスにせよ、道路から飛び出したり、車やバイクにぶつかりそうなとき、自動回避するのは技術的に難しくありません。前方に複数のセンサーをつけて、ハンドルの自動制御で回避してスピードをダウンさせちゃえばいいだけですから。

つまりですね、前方後方の自動ブレーキ、左右の衝突はハンドル制御による回避、リミッターによる速度制限、危険状態と判断したらスピードダウン制御、だいたい、これだけを組み込むだけで、簡単に高齢者向けの自動車はできちゃうのです。自動車評論家の国沢光宏さんは「プラス10万円もしない」と断言しております(KUNISAWA・NETより)。

しつこいようですが、どうして自動車メーカーは高齢者向けの自動車を作って売らないんでしょうか。売ればボロ儲けできるのに、なぜ、しないのか。

理由は簡単。それをすれば自動車メーカーが倒産しちゃうからです。

考えてもみてください。ハンドル操作をドライバーではなく車側が主導権を握って制御すれば、当然、事故の責任はメーカーにかかってきます。それが死亡事故ともなれば、どれほどの賠償金になるか想像も付きません。天下の大トヨタといえども下手すれば倒産です。

すでに導入されている自動ブレーキも「ぎりぎりまで本人がブレーキを踏むのを待って、それでも踏まなかったとき、ドライバーの代わりにブレーキを掛ける」というものです。事故の場合のドライバーの責任を明確にしたことで、なんとか導入できたモノなのです。

ほかにも前方の車と車間距離を取りながら後方を一定速度で走る「オートクルーズ」が一部の車種にありますが、これもハンドルから手を離せば、即アラームが鳴って警告、ストップします。運転の主導権はドライバーにあってオートクルーズ=自動運転はアシスト以上のことを拒絶するわけです。機能的にはハンドルから手を放しても大丈夫なんですが、それを認めると事故の責任をメーカーが取らなくてはならないからですね。

だんだんと「プリウスミサイル」の実態が見えてきませんか? トヨタにすれば、先に述べたような高齢者向けの自動車を作って売りたいんですよ。まあ70歳を越えれば、よっぽどの車好きでもなければ新車なんて買いません。それが「安全」をウリにした高齢者向けの自動車が出れば、お金に余裕のある高齢者はこぞって買うでしょうから、ゼニ儲けのビッグチャンスといっていいぐらいです。

ですが、ここでトヨタが高齢者用の運転免許の法改正や専用車の導入を働きかければ、メーカー主導となって事故の責任の一端を担わなくてはなりません。

もうおわかりでしょう。だからトヨタは黙っているんです。高齢者の事故が増え続ければ、「高齢者の運転免許を取り上げろ」という世論が高まり、最終的には高齢者自らが「高齢者用の運転免許と専用車の導入」を求めることでしょう。そうなればメーカー側は頼まれる側ですから事故責任は免責できるという寸法です。

むしろ、トヨタにすれば、その世論を作るために高齢者にバンバン、プリウスを売って、「プリウスミサイル」という言葉も実はトヨタが煽っていたとしても驚かないぐらい、筆者の心証はクロです。できるのにやらない、黙ったままというのは、そういうことなんですから。

あとは、そうですね。普段から勇ましく「日本を守る」とおっしゃっている安倍首相は、それこそ政治力で高齢者の運転免許と専用車を導入すべきではないでしょうか。それこそが「一億総活躍社会」だと思うのですけどね。(2019年8月号)

イツらのゼニ儲け
西田 健(にしだ けん)
1968年広島県生まれ。下関市立大学卒業後、男性週刊誌の記者や『噂の真相』などを経てフリーライターに。書籍、雑誌を中心に活動する。
現在、『紙の爆弾』(鹿砦社)で「コイツらのゼニ儲け」を連載中。

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