(本記事は、永井 俊輔の著書『市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略』かんき出版の中から一部を抜粋・編集しています)

イノベーションを妨げる二つの要因

レガシーマーケットでは、どの企業も少なからずイノベーションを起こそうと取り組んでいるはずだ。ただ、イノベーションを起こそうとする熱量は業界や企業ごとに大きな差があると感じる。

その差を生む要因は、「危機感の欠如」と「諦め」だと思う。

危機感は「ウーバーのような外部のディスラプターが現れるかもしれない」と警戒する意識のことだ。

レガシー企業に共通しているのは、紆余曲折ありながらも中長期で生き残ってきたという点だ。

その実績と歴史は素晴らしい。

しかし、それが仇になり、市場の変化や競争環境が激化することへの危機感が薄れることもある。

「自分たちの業界はなくならない」「今後も継続的、安定的にシェアを確保できる」といった油断が生まれることがあるのだ。

もしそのような感覚を持っているとしたら、非常に危険である。

なぜなら、ディスラプターはどの市場にも登場するからだ。

とくに近年はテクノロジーの進化と規制緩和などによって外部のディスラプターが参入しやすくなっている。この点については次章で詳しく触れるが、過去数十年にわたって経営が続いてきたことと、来年も安定的に経営できることは、関連性や連続性があるように見えて、実際はまったく別のものと考えなければならない。

もう一つの要因である諦めは「イノベーションを起こしても無駄だろう」「自分たちにはイノベーションは起こせない」といった後ろ向きの思考のことだ。

レガシー企業では、長年にわたりビジネスモデルや市場シェアの構造が変わっていないことが多く、あまり変化が起きない。

変化がないことを楽観的に捉えると「自分たちは安泰」という危機感の欠如になり、悲観的に捉えると「何をしても変わらない」という諦めの意識になる。

もちろん、諦めの意識も危険だ。

なぜなら、レガシー企業は「変わらない」「変えられない」と思っているかもしれないが、外から参入してくる人たちは「変えられる」「変えてやろう」と思っているからだ。

ウーバーがその代表例といえるだろう。名刺業界のSansanも、商店街市場をディスラプトしたコンビニエンスストアも、小売業におけるアマゾンも、音楽業界におけるストリーミングも、みんな「変えられる」と思うから参入してくる。「変えてやろう」という熱量も凄まじく、変えられる要素をくまなく探し、イノベーションを起こす。

その結果として生まれる新たな商品やビジネスモデルが蟻の一穴となり、レガシーマーケット全体がディスラプトされるのだ。

イノベーションはベンチャー企業の専売特許だと思っていないか

ベンチャー企業
(画像=Milan Ilic Photographer/Shutterstock.com)

危機感の欠如も諦めの意識も、簡単にいえば思考停止の状態だ。

「自分たちは大丈夫」と安心するとイノベーションを考える思考が止まり、「やっても仕方がない」と諦めた場合も、やはり思考停止状態になる。

まずはこの状態から抜け出すことが大事だ。

他社のイノベーションの事例を見る際にも思考停止に注意しなければならない。

例えば、富士フイルムがヘルスケア領域や高機能材領域などの事業で成功した話のなかで「それしか再起の道はなかった」「業界の内側から変える選択肢はなかった」といった論調を見かけることがある。

これが思考停止だと私は思う。

富士フイルムが先回りしてイノベーションを起こせたかもしれない可能性を最初から除外してしまっているからだ。

また、ウーバーなど熱量あるベンチャー企業がレガシーマーケットをディスラプトしている例を取り上げて、「もはやスタートアップ企業しか既存の市場を変えられない」「ベンチャー企業しか世の中を変えられない」と主張する記事もある。

これも思考停止である。

イノベーションはベンチャー企業の専売特許ではない。ベンチャー企業でもレガシー企業でも取り組める全員参加の挑戦なのだ。

既存の市場に関する知見や実績などレガシーアセットがある分、レガシー企業のほうがベンチャー企業より有利な点も多い。

そのような視点を持つと、既存の市場を見る目も変わってくると思う。

いまの商品やビジネスモデルではそのうち立ち行かなくなるのではないかという危機感が生まれ、レガシーアセットを使えば自分たちにもイノベーションが起こせるのではないかと考えるようになる。それが思考停止から抜け出すことであり、LMIの出発点なのだ。

市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略
永井 俊輔(ながい・しゅんすけ)
クレストホールディングス株式会社代表取締役社長。1986年群馬県生まれ。早稲田大学卒。株式会社ジャフコでM&Aやバイアウトに携わった後、父親が経営する株式会社クレストに入社。CRM(顧客関係管理)やマーケティングオートメーションを活用して4年間で売り上げを2倍に拡大し、同社をサイン&ディスプレイ業界の大手企業に成長させる。
2016年に代表取締役社長に就任。ショーウィンドウやディスプレイをウェブサイト同様に正しく効果検証するリアル店舗解析ツール「エサシー」を開発するなど、リアル店舗とデータサイエンスの融合を実現。成熟産業にITやテクノロジーを組み合わせ、新たな価値を生み出すLMI(レガシーマーケット・イノベーション)の普及に尽力。
2019年9月にホールディングス化に伴い、クレストホールディングスの代表取締役社長に就任。複数の事業会社を束ねるレガシーマーケット・イノベーションの企業群を構想している。

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