(本記事は、永井 俊輔の著書『市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略』かんき出版の中から一部を抜粋・編集しています)

市場が残る可能性を見極める

見極める
(画像=Getty Images)

LMI(レガシーマーケット・イノベーション)をスタートする準備として、まずは以下の三つのステップで思考を進めてほしい。

①何らかの原因によって、現在の市場が数年後に完全に消滅する可能性を考える
②自社のビジネスの残りの寿命を考える
③既存の商品やビジネスモデルが何または誰によってディスラプトされるかを考える

順番に見ていこう。

一つめは、既存の市場が消滅する可能性についてである。LMIはマーケットにイノベーションを起こすことであるため、その土台となる市場そのものが消滅する場合のLMIは、最高難易度である。

完全に消滅しなかったとしても、市場規模が著しく縮小する場合もLMIの難易度はそれなりに高いだろう。例えばカメラのフィルムの場合、いまも一部のファンはフィルム式カメラを使うが、スマホ全盛の時代にフィルム市場で収益を得るのは至難の業だ。

同様の理由で、非プロ向けのデジタルカメラも高難易度かもしれない。そのほかの業種としては、カセットテープ、CD、ファックス、固定電話なども、すでに市場のディスラプションが進みすぎていてLMI実現の難易度は高い。

一方、現状として市場の成長が見られず、どちらかというと斜陽傾向にあるとしても、消滅する可能性が小さいのであればLMIの難易度は低くなる。

レガシーアセットでの利益は突然ゼロになることはなく、5~10年かけて縮小していくものだからだ。

わかりやすい例が出版業界だろう。

出版業界は斜陽だと叫ばれ続けている。書籍や雑誌の売り上げは低迷しているし、街中の書店の数もこの10年くらいで半分になったし、廃業となった出版社もあるし、当社も2016年にDTP事業から撤退している。

しかし、縮小はするものの市場は意外と堅調だ。

何が起きているのかというと、共存である。出版事業には情報収集力やコンテンツの生産力というコアコンピタンス(競合には真似できない能力)がある。その価値が消費者に評価されているため、テレビやインターネットにシェアを取られ、電子媒体への置き換えも進んではいるが、エンターテインメントやメディアとして細々と、しかし着実に生き残る道を確保できているのである。

小売業界についても同じことがいえそうだ。インターネットが普及し始めた当時、ネットショップがリアル店舗を駆逐するだろうと言う人もいた。

しかし、現実にはそうならず、街中の店は消えていない。ネットショップがリアル店舗のシェアに食い込んでいるのは事実だから、20年後にどうなっているかはわからない。ただ、少なくともあと5年か10年はリアル店舗が用無しになることは考えづらく、ネットショップと共存していくだろう。

また、共存していくなかでそれぞれの役割も少しずつ変化している。

例えば、店舗がショールームとしての役割を果たし、ネットショップでの購入を促したり、ネット経由でクーポンなどを配布し、リアル店舗に誘導する(O2O、Online to Offlineの略記)といった変化だ。最近はネットとリアル店舗という垣根を作らず、消費者にとって使い勝手の良い消費環境を提供するオンラインとオフラインの融合、OMO(Online Merges with Offline)という概念も普及しつつある。

そのような変化や融合も含めつつ、共存して生き残る市場ならLMIの難易度はそう高くはない。LMIを考えるうえでは、まず共存し、生き残る可能性があるのかどうか見分けることが重要だ。

本質を見抜く目を持って消費者が求めているものを把握する

関税
(画像=Getty Images)

では、市場が生き残る可能性はどうやって見極めればいいのだろうか。

まずは市場の消滅とディスラプションの違いを明確にしておきたい。

どんな市場であれ、既存の市場は、いつか、誰かにディスラプトされる。これは歴史が証明していることで、まったく形を変えることなく、何百年も生き残っている市場は存在しない。

重要なのは、ディスラプションを受けてどうなるかである。

ディスラプションの先に道は二つある。

一つは、CDにディスラプトされたカセットテープや、ダウンロードにディスラプトされたCDのように、ディスラプションによって古参と新参が入れ替わる道だ。この場合、古い市場は消滅するのでLMIの難易度は高い。

もう一つの道は、ネットショップとリアル店舗のように複数のプレーヤーが共存する道だ。この場合、古い市場はディスラプトされ、市場内のレガシー企業が大きなダメージを受ける。音楽市場の規模が半減したように、マーケットが縮小することもある。ただ、市場そのものは新たな形に変化するなどして存在し続ける。

ここを混同すると、LMIが有効な市場でLMIを諦めてしまう可能性がある。

重要なのはディスラプトされるかどうかではなく、消滅する可能性が高いかどうかだ。

CD市場が消滅し、音楽市場が生き残るのはなぜかというと、CDには代替可能性があり、音楽にはそれがないからである。

消費者がCDを買う目的は、CDそのものが欲しいからではない。CDに入っている曲が欲しいからだ。あるいは、音楽を聴きながら快適な時間、楽しい時間を過ごしたいと思っているからである。

CDを買う本質的な理由は、曲を聴くことであり、音楽を楽しむ時間であるといってもいいだろう。そこに価値があれば消費者はお金を払う。結果として音楽のマーケットは生き残る。

一方、CDは消費者に曲や音楽を聴く時間を届けるビークル(伝達手段)であった。そのため、より便利に、安く届けるビークルが登場すれば、消費者は当然の選択として新しいビークルを選ぶ。

生き残る可能性を見極めるポイントはここにある。

消費者が本質的に求めているものは何か。曲や、音楽を楽しむ時間のように、代替できるものがないものは生き残る可能性が高いのだ。

事業の強みを迅速に把握し、別の市場で生かす方法を考える

市場が消滅する可能性が濃厚な場合、別の市場に目を向け、別の事業を作り出さなければならない。

例えば、CDを作っていた会社が、CDプレスの技術や既存顧客とのつながりを生かして別の事業を始めるようなケースである。富士フイルムのケースもこれに相当する。

前述のとおり、これは最高難易度の取り組みだ。市場消滅までのタイムリミットを意識しながら、既存事業のレガシーアセットを整理し、他の市場や別の事業で生かせる要素を抜き出し、新たな活路を創出する。他の市場や別の事業はいろいろと選択肢が考えられるが、市場を広く観察し、消費者が本質的に何を求めているか把握し、レガシーアセットとマッチングできるものを探す。

クレストの例では、2016年に撤退したDTP事業がこのケースに近い。印象的だったのは、DTP事業の先行きが怪しいかなと感じたタイミングと、市場規模がみるみる縮小し始めるタイミングがほぼ同じだったことだ。

市場は時として瞬間的に消える。「あと数年は大丈夫」などと考える時間的な余裕はないのだ。

幸い、クレストには異業種の事業があったため、DTP事業のコアコンピタンスだった高度な画像処理技術をサイン&ディスプレイ事業に転用することができた。DTP事業のみの一本足だったら一気に経営は行き詰まったと思う。

そのリスクを抑えるためにも、市場が消滅する可能性があるなら、なるべく早く他の市場に軸足を移す準備を始めたほうがいい。

そのための基本的な考え方は、アンゾフのマトリックスを使うとわかりやすいだろう。

図1
(画像=市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略)

図の左上は現在地だ。既存の市場で、既存の商品を売るビジネスである。

市場が消滅しないのであれば、図の横軸を右に移動し、新たな製品を作り出すことによって会社や事業を成長させることができる。

例えば、既存のユーザーに向けて色違いや味違いの商品を発売するのがこの方法で、食品メーカーなどは新商品のラインナップを充実することによって市場を育てている。新商品開発の過程で技術力を高め、新たなノウハウとして蓄積していくこともできるだろう。

しかし、市場が消滅する場合はそれができない。

そのため、図の縦軸を下に移動して左下に行くか、右と下に同時に向かい、図の右下に移動することになる。

左下は、既存の商品を新たな市場で展開する施策だ。

例えば、国内で売れている商品を海外の市場で、男性向けに売れている商品を女性向けの市場で、子ども向けに売れている商品を大人向けの市場で販売するといったことが含まれる。

新規市場への参入を目指しつつ、新製品を開発する技術も高めることができれば、右下に移動することもできるだろう。

図2
(画像=市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略)

富士フイルムはこのパターンだ。縦軸(市場の軸)を下に移動し、ヘルスケア領域や高機能材領域という市場を見据えるとともに、横軸(製品の軸)で右を目指しながら、それまで培ってきたフィルムの製造技術を進化させた。

結果、フィルム技術をヘルスケア領域や高機能材領域で生かすという右下のエリアにたどり着き、理想的ともいえるディスラプション後の対応を実現したのだ。

いきなり右下に移動するのは難しいが、市場が消滅する以上、少なくとも左上から左下には移動しなければならない。

そのために必要なのは、新たな市場を見つけるマーケティング力と、これまでの製品作りで培ってきた知見を生かすこと、そして、自社のビジネスの本質を見抜くことである。

つまり、開発力、製造工程、職人、設備など、市場を問わずに流用できるレガシーアセットが企業の生き残りにつながるということだ。

消費者が求めているものの本質を見るとともに、自社が持つアセットについても「本質を見抜く」視点で精査することが重要である。

市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略
永井 俊輔(ながい・しゅんすけ)
クレストホールディングス株式会社代表取締役社長。1986年群馬県生まれ。早稲田大学卒。株式会社ジャフコでM&Aやバイアウトに携わった後、父親が経営する株式会社クレストに入社。CRM(顧客関係管理)やマーケティングオートメーションを活用して4年間で売り上げを2倍に拡大し、同社をサイン&ディスプレイ業界の大手企業に成長させる。
2016年に代表取締役社長に就任。ショーウィンドウやディスプレイをウェブサイト同様に正しく効果検証するリアル店舗解析ツール「エサシー」を開発するなど、リアル店舗とデータサイエンスの融合を実現。成熟産業にITやテクノロジーを組み合わせ、新たな価値を生み出すLMI(レガシーマーケット・イノベーション)の普及に尽力。
2019年9月にホールディングス化に伴い、クレストホールディングスの代表取締役社長に就任。複数の事業会社を束ねるレガシーマーケット・イノベーションの企業群を構想している。

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