(本記事は、永井 俊輔の著書『市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略』かんき出版の中から一部を抜粋・編集しています)
市場が残る可能性を見極める
では、市場が生き残る可能性はどうやって見極めればいいのだろうか。
まずは市場の消滅とディスラプションの違いを明確にしておきたい。
どんな市場であれ、既存の市場は、いつか、誰かにディスラプトされる。これは歴史が証明していることで、まったく形を変えることなく、何百年も生き残っている市場は存在しない。
重要なのは、ディスラプションを受けてどうなるかである。
ディスラプションの先に道は二つある。
一つは、CDにディスラプトされたカセットテープや、ダウンロードにディスラプトされたCDのように、ディスラプションによって古参と新参が入れ替わる道だ。この場合、古い市場は消滅するのでLMIの難易度は高い。
もう一つの道は、ネットショップとリアル店舗のように複数のプレーヤーが共存する道だ。この場合、古い市場はディスラプトされ、市場内のレガシー企業が大きなダメージを受ける。音楽市場の規模が半減したように、マーケットが縮小することもある。ただ、市場そのものは新たな形に変化するなどして存在し続ける。
ここを混同すると、LMIが有効な市場でLMIを諦めてしまう可能性がある。
重要なのはディスラプトされるかどうかではなく、消滅する可能性が高いかどうかだ。
CD市場が消滅し、音楽市場が生き残るのはなぜかというと、CDには代替可能性があり、音楽にはそれがないからである。
消費者がCDを買う目的は、CDそのものが欲しいからではない。CDに入っている曲が欲しいからだ。あるいは、音楽を聴きながら快適な時間、楽しい時間を過ごしたいと思っているからである。
CDを買う本質的な理由は、曲を聴くことであり、音楽を楽しむ時間であるといってもいいだろう。そこに価値があれば消費者はお金を払う。結果として音楽のマーケットは生き残る。
一方、CDは消費者に曲や音楽を聴く時間を届けるビークル(伝達手段)であった。そのため、より便利に、安く届けるビークルが登場すれば、消費者は当然の選択として新しいビークルを選ぶ。
生き残る可能性を見極めるポイントはここにある。
消費者が本質的に求めているものは何か。曲や、音楽を楽しむ時間のように、代替できるものがないものは生き残る可能性が高いのだ。
事業の強みを迅速に把握し、別の市場で生かす方法を考える
市場が消滅する可能性が濃厚な場合、別の市場に目を向け、別の事業を作り出さなければならない。
例えば、CDを作っていた会社が、CDプレスの技術や既存顧客とのつながりを生かして別の事業を始めるようなケースである。富士フイルムのケースもこれに相当する。
前述のとおり、これは最高難易度の取り組みだ。市場消滅までのタイムリミットを意識しながら、既存事業のレガシーアセットを整理し、他の市場や別の事業で生かせる要素を抜き出し、新たな活路を創出する。他の市場や別の事業はいろいろと選択肢が考えられるが、市場を広く観察し、消費者が本質的に何を求めているか把握し、レガシーアセットとマッチングできるものを探す。
クレストの例では、2016年に撤退したDTP事業がこのケースに近い。印象的だったのは、DTP事業の先行きが怪しいかなと感じたタイミングと、市場規模がみるみる縮小し始めるタイミングがほぼ同じだったことだ。
市場は時として瞬間的に消える。「あと数年は大丈夫」などと考える時間的な余裕はないのだ。
幸い、クレストには異業種の事業があったため、DTP事業のコアコンピタンスだった高度な画像処理技術をサイン&ディスプレイ事業に転用することができた。DTP事業のみの一本足だったら一気に経営は行き詰まったと思う。
そのリスクを抑えるためにも、市場が消滅する可能性があるなら、なるべく早く他の市場に軸足を移す準備を始めたほうがいい。
そのための基本的な考え方は、アンゾフのマトリックスを使うとわかりやすいだろう。
図の左上は現在地だ。既存の市場で、既存の商品を売るビジネスである。
市場が消滅しないのであれば、図の横軸を右に移動し、新たな製品を作り出すことによって会社や事業を成長させることができる。
例えば、既存のユーザーに向けて色違いや味違いの商品を発売するのがこの方法で、食品メーカーなどは新商品のラインナップを充実することによって市場を育てている。新商品開発の過程で技術力を高め、新たなノウハウとして蓄積していくこともできるだろう。
しかし、市場が消滅する場合はそれができない。
そのため、図の縦軸を下に移動して左下に行くか、右と下に同時に向かい、図の右下に移動することになる。
左下は、既存の商品を新たな市場で展開する施策だ。
例えば、国内で売れている商品を海外の市場で、男性向けに売れている商品を女性向けの市場で、子ども向けに売れている商品を大人向けの市場で販売するといったことが含まれる。
新規市場への参入を目指しつつ、新製品を開発する技術も高めることができれば、右下に移動することもできるだろう。
富士フイルムはこのパターンだ。縦軸(市場の軸)を下に移動し、ヘルスケア領域や高機能材領域という市場を見据えるとともに、横軸(製品の軸)で右を目指しながら、それまで培ってきたフィルムの製造技術を進化させた。
結果、フィルム技術をヘルスケア領域や高機能材領域で生かすという右下のエリアにたどり着き、理想的ともいえるディスラプション後の対応を実現したのだ。
いきなり右下に移動するのは難しいが、市場が消滅する以上、少なくとも左上から左下には移動しなければならない。
そのために必要なのは、新たな市場を見つけるマーケティング力と、これまでの製品作りで培ってきた知見を生かすこと、そして、自社のビジネスの本質を見抜くことである。
つまり、開発力、製造工程、職人、設備など、市場を問わずに流用できるレガシーアセットが企業の生き残りにつながるということだ。
消費者が求めているものの本質を見るとともに、自社が持つアセットについても「本質を見抜く」視点で精査することが重要である。
2016年に代表取締役社長に就任。ショーウィンドウやディスプレイをウェブサイト同様に正しく効果検証するリアル店舗解析ツール「エサシー」を開発するなど、リアル店舗とデータサイエンスの融合を実現。成熟産業にITやテクノロジーを組み合わせ、新たな価値を生み出すLMI(レガシーマーケット・イノベーション)の普及に尽力。
2019年9月にホールディングス化に伴い、クレストホールディングスの代表取締役社長に就任。複数の事業会社を束ねるレガシーマーケット・イノベーションの企業群を構想している。
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