(本記事は、永井 俊輔の著書『市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略』かんき出版の中から一部を抜粋・編集しています)

自分が携わっている看板業界では、どの看板がどれくらいの効果を生んだかがわからない。効果を知るための測定の仕組みもないし、そもそも効果を調べるという概念もない。10万円の看板が100万円の看板より費用対効果が大きいかもしれないし、ボツにしたデザインのショーウインドウディスプレイが大きな集客効果を生んだかもしれない。そのような可能性を見る視点が、ウェブ広告では当たり前になっていたが、サイン&ディスプレイ業界にはなかった。

ならば自分たちが作らなければならない。

そう思い、リアル世界の広告の効果測定ができるカメラの開発に取り掛かった。

失敗を乗り越えて イノベーションを起こす

このときから、私はイノベーションを意識するようになった。

世の中にないものを作り、お客さんが喜ぶ。その結果、看板の常識が変わり、看板業界の価値が高くなる。そんな未来を想像しながらプロトタイプの製作を開始した。

最初に作ったプロトタイプは効果測定とは方向性が違い、着せ替え人形のようなものだった。店舗にある鏡のなかにモニターを入れて、その前に立った人に洋服を投影するというものだ。

プロトタイプができ、「よし、きっとお客さんが飛びつくぞ」と期待したが、反応は悪かった。冷静に考えると、洋服の画像が鏡の前に投影されるだけだ。我ながら、お客さんが飛びつくと思った根拠がわからない。

ただ、そんな失敗もどうにか糧にしながら、シンプルに効果を測るだけでいいのではないかと考えつく。

その点に絞って新たなプロトタイプを作り、既存の顧客に使ってもらったり、インナチュラルの店舗で実験したりしながら、最終的に効果測定できる「エサシー」というプロダクトを完成させた。

仕事と向き合う意識の面でもこの経験は大きかった。ひたすらテレアポを頑張り、既存製品を売るアプローチから離れ、まったく違うプロダクトを売り、お客さんを驚かせることができたからだ。

自分にも新しいものが作れる。

業界を変えるイノベーションが起こせる。

そんなふうに思ったのもこのときだった。

業界の外を知ることでイノベーションのアイデアが生まれる

コミュニケーション
(画像=PIXTA)

エサシーを作る過程で、私はとても重要な二つのことに気がついた。一つは新しいことを取り入れる重要性だ。入社当時の私は看板を売ることが仕事だと思っていたので、看板について勉強し、業界の構造や市場について勉強した。施工や取り付けに関わる資格も取得した。

その結果、構造計算をして図面を描けるようになり、どのビスを使えばいいか判断できるようになり、ビスを打てるようになり、光量や色温度の計算や耐荷重計算もできるようになった。一方、業界の外で起きていることには疎くなった。看板やウインドウディスプレイの勉強に熱中するあまり、看板以外のことがわからなくなっていったのだ。カメラ技術の進化やグーグルアナリティクスを知らなかったのもそのせいである。

経営の視点で見ると、これは非常に危ない。外を知らないということは、世の中から取り残されるということとほとんど同じ意味だからだ。

レガシーマーケットが斜陽化する本質的な原因もここにある。

テクノロジーの導入が世の中のトレンドだとしたら、そのトレンドを知らない業界が取り残されるのは当然の結果だ。

そこに危機感を感じた私は、インターネットやデジタル化の技術に詳しい人たちと会う機会を増やし、いろいろな話を聞いて回った。話を聞けば聞くほど、当時のサイン&ディスプレイ事業が世の中のトレンドと乖離していると実感した。

看板とカメラを組み合わせる発想は、イノベーションを意識したというよりは、その乖離を埋めるための発想だったようにも思う。

エサシーができたのは2015年で、私はさっそく効果測定のメリットを説明して回った。

しかし、その話にピンときた取引先は少なかった。看板を見た人の数がわかり、年齢や性別がわかる。集客効果もわかるし、ネット広告のようなABテストも実現できるし、その過程で獲得できるデータを次の広告に生かせる。そういう話を熱く語るのだが、みんな、ぽかんとした顔をして聞いていた。

手応えはイマイチだった。製品を見て笑う人もいた。

本当に悔しかった。

しかし同時に、それでもいいと自分に言い聞かせ、自分たちのプロダクトを信じ続けた。

すぐに万人が理解できるようなアイデアではつまらない。

業界人の理解を超え、彼らが困惑するくらい新しいものだからこそイノベーションと呼ぶにふさわしい。そんな強がりを心の支えにしながら、愚直にエサシーの価値を伝え続けた。

市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略
永井 俊輔(ながい・しゅんすけ)
クレストホールディングス株式会社代表取締役社長。1986年群馬県生まれ。早稲田大学卒。株式会社ジャフコでM&Aやバイアウトに携わった後、父親が経営する株式会社クレストに入社。CRM(顧客関係管理)やマーケティングオートメーションを活用して4年間で売り上げを2倍に拡大し、同社をサイン&ディスプレイ業界の大手企業に成長させる。
2016年に代表取締役社長に就任。ショーウィンドウやディスプレイをウェブサイト同様に正しく効果検証するリアル店舗解析ツール「エサシー」を開発するなど、リアル店舗とデータサイエンスの融合を実現。成熟産業にITやテクノロジーを組み合わせ、新たな価値を生み出すLMI(レガシーマーケット・イノベーション)の普及に尽力。
2019年9月にホールディングス化に伴い、クレストホールディングスの代表取締役社長に就任。複数の事業会社を束ねるレガシーマーケット・イノベーションの企業群を構想している。

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