(本記事は、永井 俊輔の著書『市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略』かんき出版の中から一部を抜粋・編集しています)

大手企業もイノベーションを繰り返している

問題解決の気づきを得るための「とっかかり」のつかみかた
(画像=Barone Firenze / Shutterstock.com)

さて、ここまでがLMIの準備に向けた確認点である。

市場が消滅する可能性がなければ(小さければ)、LMIに取り組む価値は十分にある。どの商品が、いつ、誰にディスラプトされるかはわからないが、ディスラプターの登場がタイムリミットであることはわかってもらえたと思う。

ディスラプションを防ぐためには、ディスラプトされる前に自らイノベーションを起こさなければならない。

LMIに取り組み、脅威が大きくなる前にイノベーションを起こすことが、市場を成長させる数少ない手段の一つであり、企業が生き残る道でもあるのだ。

実はそれをやっているのが大手企業だ。

図1
(画像=市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略)

例えば、直近の国内企業の時価総額ランキングを見ると、任天堂が上位に入っている。

任天堂といえばポケモンGOやニンテンドースイッチが有名だが、もともとは花札やトランプを作っていた会社である。その会社が、ファミリーコンピューターを作り、そしてポータブルなゲーム機であるゲームボーイを生み出し、昨今では位置情報とARを使うポケモンGOを作った。家庭用ゲーム機というイノベーションを起こすことにより、遊びや娯楽の市場を変え、自分たちの事業も変えていった。

もしファミリーコンピューターがなかったらどうなっていただろうか。おそらく別の会社がテレビゲームを作っていただろう。

もし任天堂がファミコンのヒットで満足していたらどうなっていただろうか。別の会社がポケモンGOに匹敵するような画期的なスマホゲームを作り、任天堂は過去のゲーム会社となっていたかもしれない。

そうならなかったのは、任天堂が自らイノベーションを起こしたからだ。

時価総額ランキングの上位にはユニクロのファーストリテイリングが入っている。この会社もイノベーションの会社だ。

いまさら説明する必要もないが、ユニクロはいままでにない新しい価値を持つ服を創造した。

前章で、ローソクのイノベーションは、灯りをとる道具からリラックスの道具になったことだと説明した。

ユニクロも同じで、寒さをしのぐために生まれ、恥ずかしいところを隠すものになり、自分を表現するファッションアイテムとして変わってきた服に、「機能」を加えた。フリースやヒートテックといった機能的な服を開発したことにより、ファッションや服飾の市場にファストファッションという新しいトレンドを生み、市場と会社が成長することになった。

「Legacy Meets Innovator」という新しい構図

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(画像=Ken Felepchuk/Shutterstock.com)

前章でタバコ業界や自動車業界の取り組みについて触れたが、日本に長寿の企業が多いのも、大手企業がイノベーションを繰り返し、少しずつ時代にフィットさせているからだろう。

例えば、トヨタ自動車はもともと織り機の生産をしていたし、HOYAはガラス食器を作っていた。ゲーム機やAV機器を作っているソニーはテープレコーダーから出発しているし、ブリヂストンは足袋を作っていた。

このような歴史を見ても、日本の大企業がLMIを繰り返しながら、自力で市場を刷新してきたことがわかる。

ディスラプターが現れる可能性もあったはずだが、その前に内部でイノベーションを起こすから生き残る。生き残るから成長し、成長してからも、JTや任天堂やトヨタ自動車のように市場を刷新し続けてきたのだ。

もちろん、資金力などがある大企業であっても自らイノベーションを起こすのは簡単ではない。

とくに最近はIT関連の新技術が指数関数的なペースで増加している。技術やアイデアを持つ若者たちがスタートアップを立ち上げているし、過去に例のないような大きな額の資金を調達して既存産業に乗り込んでくる。

この傾向はアメリカで顕著で、後述する世界の時価総額ランキングを見れば、スタートアップが大手のレガシー企業をことごとくディスラプトしている様子がよくわかる。そしてアメリカを皮切りに、いまでは世界中でこの流れがスタンダードになっている。

一方のレガシー企業も、大手企業が単独でイノベーションを起こすのではなく、スタートアップ企業と組み、一緒にイノベーションに挑むようなケースが増えている。そのための手段として企業のマッチングの機会となるアクセラレータープログラムに参加したり、上場企業が証券会社などを通じて提携や協業の機会を得ることもある。

大手企業のなかには、自らベンチャーキャピタル(VC)機能を用意し、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を設立する会社もあり、その数も急増している。

レガシーマーケットを取り巻く環境は基本的にはレガシー企業対ディスラプターであるが、昨今はその構図だけでなく、レガシー企業がディスラプターとなりうる企業と組むケースも現れ始めている。いわば「Legacy Meets Innovator」という構図だ。

スタートアップ企業から見ると、レガシー企業を倒して成長していくより、レガシー企業が持つレガシーアセットを使わせてもらったほうがおそらく効率が良い。誤解を恐れずいうと「使えるものは使ったほうがいい」。早い段階で大手レガシー企業からの出資を受ければ、投資家の目にも魅力的に映ることもあるだろう。

一方のレガシー企業側も、ディスラプター候補である企業に投資することによって新たな技術やビジネスモデルを手に入れられる。レガシーアセットを提供し、投資先のスタートアップが成長すれば、シナジー効果を生み出せるとともに、投資のリターンも享受できる。

LMIの具体的な計画を考えていく段階になったら、変化球ではあるが、ディスラプターと組む方法も検討してみてほしい。

イノベーションが遅れた日本企業の30年間

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(画像=Brian A Jackson / Shutterstock.com)

大手企業とイノベーションの話は、卵が先か鶏が先かという議論のように、大企業だからイノベーションを起こせたともいえるし、率先してイノベーションを起こしてきたから大企業になったともいえる。

私はどちらかというと、イノベーションという卵が先で、その後、大企業という鶏に成長するのではないかと思っている。

その理由は、いまの世界の大手企業ランキングがイノベーションを起こした米・中の企業で埋め尽くされているからだ。

図2
(画像=市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略")

ランキングのトップにはGAFAに代表されるようなIT巨人が並ぶ。ランキングを見てグーグルがないと思う人がいるかもしれないが、アルファベット社がグーグルの親会社である。

現在の上位にランキングされている企業のなかで、90年代から上位にいたのはマイクロソフトのみで、アップルやアマゾンなどがランキングに登場するのは平成の終盤になってからだ。アリババやテンセントはさらに後である。このような変遷を見るだけでも、テクノロジー分野のイノベーションがいかに大きなインパクトを与えたかがわかる。

このランキングでもう一つ興味深いのは、30年の間に日本企業の存在感が薄れたことだ。

平成元年のランキングは、世界のトップ10社のうち7社が日本企業だった。

しかし、平成30年のトップ10社に日本企業の姿はなく、国内企業でもっとも時価総額が大きいトヨタ自動車が、かろうじてランキングに残っている。国内には、ソニーやパナソニックといったイノベーションを起こしてきた企業がたくさんあるが、50位以内にランクインしているのはトヨタだけだ。

平成の30年間は、失われた30年ともいわれる。ランキングに表れているとおり、日本企業は成長力を失い、影響力を失った。

その原因は何なのだろうか。

私はイノベーションを起こす力が失われたからだと思っている。

だからこそ、トヨタやソニーやパナソニックのような企業を含め、大小問わず、すべての日本企業にとってLMIが重要だと訴えたいのだ。

イノベーションが先、大企業になるのが後という順番で考えるなら、中小規模のレガシー企業がLMIに目覚め、GAFAのようになる可能性も十分ある。

レガシーアセットを生かしてディスラプターを先回りしていけば、30年後の時価総額ランキングに日本のレガシー企業が名を連ねることも可能だ。

そのような気概を持ってさまざまな企業がLMIに取り組むことが日本経済の復活に不可欠だと思う。

中小企業のLMI戦略は「二段構え」で実行する

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(画像=GaudiLab/Shutterstock.com)

では、中小企業がLMIを起こすにはどうしたらよいのだろうか。

基本的な考え方は任天堂やトヨタと同じだ。

自らイノベーションを起こし、市場を引っ張るのである。

ただし、現実的に見て難しいところもある。

それは、イノベーションを起こすために投下できるリソースが限られていることだ。

では、具体的にどのリソースが足りないのだろうか。

リソースは、ヒト、モノ、カネ、情報である。

ヒトは、前章でも少し触れたとおり、働き手の希望が大手またはベンチャー企業に二極化する傾向にあるため、その点で中小のレガシー企業は不利である。熱意と能力を持つ優秀なヒトを確保するのが理想だが、無理やり引っ張ってくることはできない。

ただ、レガシー企業には過去の活動を通じて蓄積してきた顧客がいる。これも貴重なヒトである。

また、中小企業の従業員数は少ないが、それぞれが専門的な技術や知識を持っていることも多い。バーティカルに戦略を絞るなら、そのようなヒトがLMIを起こせる可能性は高いだろう。

モノはどうだろうか。

中小規模のレガシー企業は、それぞれが必要な設備を持っている。売れている商品もある。

足りないものがあるとすれば、設備を効率良く動かすためのシステムや、売れ筋の商品をさらに売れるようにしたり、売れる商品を開発するためのマーケティングのテクノロジーだろう。ここは新たに勉強し、導入しなければいけない領域だ。

言い方を変えると、テクノロジーの導入は中小規模のレガシー企業を大きく成長させる要素の一つになる。

カネは悩みどころである。というのは、ベンチャー企業はファンドや投資家から資金を集めることができるが、中小のレガシー企業には難しいからである。

この悩みを解消するもっともシンプルな方法は、既存の事業で資金を作り、そのお金でイノベーションを起こすという二段構えで取り組むことだ。

次に再掲したLMIの図でいうと、まずはLの世界で右を目指し、デジタル化などによって既存の事業の生産性を高める。

図3
LMIの概念図市場を変えろ(画像=既存産業で奇跡を起こす経営戦略)

次に、Iの世界で上を目指す。Lの世界で生産性を高め、その結果として確保した資金をイノベーションのための投資資金にする。

レガシー企業には既存事業があるため、安定的にレガシープロフィットを確保できる。これは収益源のないベンチャー企業に対する優位性といえる。

その優位性を最大化するのがLの世界の取り組みだ。

レガシー企業には金融機関の信用もあるため、融資を受けてイノベーションに投資することもできるが、借入による財務リスクを抑えるために、まずはLの世界、次にIの世界という順番で進めていくほうがいいだろう。

市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略
永井 俊輔(ながい・しゅんすけ)
クレストホールディングス株式会社代表取締役社長。1986年群馬県生まれ。早稲田大学卒。株式会社ジャフコでM&Aやバイアウトに携わった後、父親が経営する株式会社クレストに入社。CRM(顧客関係管理)やマーケティングオートメーションを活用して4年間で売り上げを2倍に拡大し、同社をサイン&ディスプレイ業界の大手企業に成長させる。
2016年に代表取締役社長に就任。ショーウィンドウやディスプレイをウェブサイト同様に正しく効果検証するリアル店舗解析ツール「エサシー」を開発するなど、リアル店舗とデータサイエンスの融合を実現。成熟産業にITやテクノロジーを組み合わせ、新たな価値を生み出すLMI(レガシーマーケット・イノベーション)の普及に尽力。
2019年9月にホールディングス化に伴い、クレストホールディングスの代表取締役社長に就任。複数の事業会社を束ねるレガシーマーケット・イノベーションの企業群を構想している。

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