(本記事は、永井 俊輔の著書『市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略』かんき出版の中から一部を抜粋・編集しています)
LMIはあらゆる業界で使えるため、どんな市場も刷新できる
社内にLMIを広める方法として、LMIを学ぶ場を作ることもできる。
一例として、クレストが新入社員向けのインターン研修で行っている取り組みを紹介しよう。
クレストの入社試験を受けにくる学生たちは、サイン&ディスプレイ事業やガーデニングの小売店であるインナチュラル事業に興味を持った人がほとんどである。いずれの事業もここ数年で業績が大きく伸びているため、そこに注目して受けにきてくれる人も多い。
ただ、クレストは表面的には看板とガーデニングの会社なのだが、本質的にはLMIの会社だと思っている。経営理念にもLMIを掲げているし、かつては看板作りが仕事だったが、いまはLMIの取り組みを各事業に生かし、事業と会社を成長させている。
突き詰めていえば、今後クレストがLMIに取り組む市場は看板でなくても構わないということだ。その思想は、ここまで読み進めてくれた読者であればおそらくわかってくれるだろうと思う。レガシーアセットさえある業界なら、業種を問わず、LMIによって収益を伸ばすことができ、新たな市場が作れるのだ。
そのことを理解してもらうため、インターン研修の内容もLMIを学ぶことを中心にしている。
研修はグループワークで行い、例えば、印刷会社に勤める5年目の社員といった設定を作り、売り上げを伸ばす施策を考えてもらう。そのための材料として、市場規模の変遷などの資料を与える。印刷会社の社員という設定であれば、印刷会社の基本的な仕事や、印刷業界の構造についても教える。
あなたはこの会社をどうやって救いますか?
そして、どうやってこの産業を花形産業に復活させますか?
それが研修の課題だ。数時間かけて考えてもらい、夕方に発表する。
多くの学生は、Lの世界のアイデアを出す。
例えば、ITを使うコストダウン、営業活動の効率化、新規のお客さんの開拓、新しい商材の市場投入など、LMIの図(P55)でLの世界を右に行くためのアイデアである。
もちろん、そのようなアイデアも重要だ。
ただし、それだけではLMIにならない。そこで研修の後半では、LMIの図を理解してもらいつつ、Iの世界を上に行くためのアイデアを練ってもらう。異業種や他の業界の事例などを調べ、イノベーションについて考えてもらうわけだ。
学生たちは若いから発想が柔軟だし、デジタルネイティブなのでIT技術との組み合わせもうまい。収益化できるかどうかはいったん脇に置くが、業界歴が長いベテラン勢には思いつかないような新しいアイデアがいろいろ出てくる。
その様子を見ていて、このようなブレインストーミングの機会は、中堅やベテランの社員にも効果があるだろうと思った。
LMIの仕組みを理解していても、実際にアイデアを出すのは難しい。
そこで必要になる想像力や発想力を鍛えるために、既存の社員にこそLMIの実践的な教育が必要だと思うのだ。
ちなみに、ワークショップの最後になるとインターンに来た学生の意識が変わっている。当初は看板事業をやりたい、ガーデニングや生花の業界で働きたいと思っていた学生たちが、終盤になるにつれてイノベーションを起こせる事業をやりたいと思うようになっている。そういう変化を社内で起こしていくこともLMIを推進させる要素の一つだ。
まずは自分が積極的にLMIを楽しまないといけない
ヒトに関してもう一つ重要なのは、LMIのリーダー本人がLMIの取り組みを楽しむことだ。
自分がリーダーになるなら、レガシーマーケットと会社に素晴らしい価値があるのだと信じ、そのことを周知するための取り組みを楽しむ。同志を増やし、チームでLMIに取り組んでいく際も、リーダーである自分がもっとも情熱的に、もっとも積極的に楽しむ。
社員のなかからリーダーを選ぶ場合も、LMIの取り組みを楽しめる人を選ぶことが大事だし、機会と権限を与えて、もっと楽しんでもらうことも大事だ。
なぜ楽しむことが大事かというと、楽しい、やめられないと盲目的に感じるくらいの人でないと、周りの人を巻き込めないからだ。
例えば、社内のメンバーとお酒を飲んでいるときに、社長が「LMIの仕事はあまり楽しくない」と言ったらどうなるか。社員は間違いなくシラけると思う。モチベーションは下がり、社長と会社に対して不信感を持つだろう。
逆に「LMIが楽しくて仕方がない」「イノベーションのことを考えるとワクワクして眠れない」と言ったら、その時点ではあまりLMIに共感していない社員も「なんでそんなに楽しいのだろう」「どんな魅力があるんだろう」と思う。楽しそうに仕事をしている社長を見て、自分もそんなふうに仕事をしたいと思うようになる。
楽しんでいるフリではダメだ。本気で楽しむ。
第3章では、「会社を誰よりも強く愛すること」が大事だと説明した。基本的な考え方はそれとまったく同じで、大変なこともあるが、それも含めて楽しむ。楽しいのだと暗示をかけ、必要に応じて「自分はLMIを楽しんでいる」と自分を騙す。
そういう取り組み方を徹底していくと、知らず知らず仲間は増える。なぜなら、人は楽しそうな場に関わりたいと思うし、楽しそうな場にまぜてほしいと思うものだからである。
LとIをリードできる人をトップにすえて成長性と生産性が高いエリアを目指す
一方ではレガシー事業を成長させ、もう一方でイノベーションを起こす。この両軸で取り組むことがLMIの勝利の方程式だ。
この方程式を組織に落とし込む場合、もっとも理想的な方法は、レガシーマーケットに詳しく、かつイノベーションを生む尖った発想力を持つ人を責任者にすることだろう。
ただ、現実的にそのような人材を見つけるのは難しい。
また、Lの世界とIの世界を一人で担当すると、どちらかに偏ってしまうことがある。結果、Lの世界の成長ばかり力が入り、イノベーションへの投資が滞ったり、Iの世界への投資にお金がかかりすぎ、Lの世界で生み出す利益が食いつぶされる可能性もある。
そのようなリスクを抑える方法としては、レガシーマーケットに詳しい人と、イノベーションを推進する人をそれぞれ分けて責任者にするのがいいだろう。
Lの世界で右に引っ張れる人と、Iの世界で上に引っ張れる人が、二人でLMIをリードする組織にするということだ。
例えば、レガシーマーケットに詳しい人を責任者にすえて、経験や実績を踏まえた知見を提供してもらう。そのうえで、AIやIoTといったイノベーションを生む手段を組み合わせ、その分野に詳しい人にも責任者になってもらう。
実はクレストのサイン&ディスプレイ事業もこのような組織になっている。Lの世界を担う責任者は私より社歴が長いベテランで、彼はレガシーを知り尽くしていて、看板の設計から工事に至るまでありとあらゆることに詳しい。一方、Iの世界ではテクノロジーに詳しい人が責任者になっている。
この構図を基本形とするなら、リーダー職の採用方針も簡単に決まるだろう。すでに社内にレガシーマーケットに詳しい人がいるなら、もう一つの軸であるIの世界を担うイノベーションの人を探す。イノベーションが起こせる人がいるなら、レガシーマーケットに詳しい人をLの世界の責任者にする。レガシー企業の場合は前者のパターンが多いはずだ。二軸の責任者を選んだ結果、どちらかがまだ弱く感じる場合は、弱いほうを複数にして、横軸は一人、縦軸は二人といった体制にしてもいいだろう。
いずれにしても、重要なのは、縦軸と横軸を両方見られる組織にすることだ。
その体制さえ整えば、Lの世界のリーダーが横軸を右へ、Iの世界のイノベーターが縦軸を上に引っ張り、自然と事業は右上に向かう。つまり、市場の成長性が見込めないなかで、生産性も上げられずに悩んでいた会社が、成長性ある市場のなかで、高い生産性を発揮できる会社に生まれ変わるのである。
2016年に代表取締役社長に就任。ショーウィンドウやディスプレイをウェブサイト同様に正しく効果検証するリアル店舗解析ツール「エサシー」を開発するなど、リアル店舗とデータサイエンスの融合を実現。成熟産業にITやテクノロジーを組み合わせ、新たな価値を生み出すLMI(レガシーマーケット・イノベーション)の普及に尽力。
2019年9月にホールディングス化に伴い、クレストホールディングスの代表取締役社長に就任。複数の事業会社を束ねるレガシーマーケット・イノベーションの企業群を構想している。
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