(本記事は、永井 俊輔の著書『市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略』かんき出版の中から一部を抜粋・編集しています)

好きという感情を起点にして、勝てる施策と儲かる施策を考える

少し話は逸れるが、感情と仕事の関係を表す理論に「針鼠の概念」(『ビジョナリー・カンパニー2』)というものがある。

情熱を持って取り組めること、自分や自社が世界一になれること、経済的原動力になることという三つの観点から見て、その三つが重なる部分にある仕事が、自分にとってもっともふさわしい仕事であり、働き手として理想的な状態という概念である。

この考え方はそのとおりだと思う。

図1
(画像=市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略)

三つの要素は、簡単にいえば、好きか(情熱を持って取り組めるか)、勝てるか(世界一になれるか)、儲かるか(経済的原動力になれるか)である。

好きだし勝てるし儲かる仕事は最高だろう。

就職活動をする学生はこの三つの要素を見て自分に合う業界が探せるし、すでに勤めている人も、この三つを見ることによって幸せになれる転職先候補が絞り込める。

いまの仕事に何が足りないかもわかる。

ただ、私はこの三つの円を形成するプロセスが重要だと思っている。

「針鼠の概念」が形成されるまでのプロセス
(画像=市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略)

好きか、勝てるか、儲かるかという視点で見ながら、一方では自分の人生経験や過去に学んできたことと照らし合わせ、自分に合う仕事、参入したほうがいい事業を絞る。それが概念形成のプロセスだと思う。

つまり、自分が成すべき大義を先に決めたうえで、その事業や産業を好きになり、勝てるようにして、儲かるようにする。印鑑屋さんをやる、ゴルフ場を変える、タクシー業界をイノベーションするなど、先に中心となる部分を決め、その周りに自分なりの三つの円を作っていくということだ。

現状ではイマイチ仕事が好きではなくても「心の底から愛するしかない」と書いたのは、まさにこのことである。

どんな仕事でも一生懸命やっていれば、徐々に好きになっていくものだ。また、私は二代目で、看板屋になる以外の選択肢がなかったからそう思うのかもしれないが、

「自分には看板屋しかない」と最初に図の中心部を決めても問題ない。

いまの仕事を愛せそうだという人は、ぜひ「この仕事を愛している」という感情を中心にして、その周りに勝つ方法の円と儲かる方法の円を作り出してほしい。

むしろ、そうやって三つの円を作り出していく人がプロだと思う。

愛せないからやらないのではなく、愛する。

勝てそうにないから諦めるのではなく、勝てるようになるために努力する。

儲からないからやる気が出ないのではなく、儲かるようにするためにやる気をつぎ込む。

そういうふうに仕事と向き合える人がプロであり、会社、業界、世の中を変えられる人なのだ。

話が逸れたついでに、もう一つ、働き手の感情について補足しておこう。

長生きの人が多い地域を研究しているダン・ベットナーは、沖縄に長寿の人が多いのは「イキガイ」が関係していると言及し、話題になったことがある。イキガイは、日本語の「生きがい」だ。その関係性を表したのが次の図で、生きがいを中心に四つの輪が重なり合っている。

図2
(画像=市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略)

見てわかるとおり、基本的な形は針鼠の概念に似ている。図を構成している要素もほぼ同じで、 四つめの輪として「世界が求めるもの」があるかないかだけの差といえるだろう。

LMIによって、好き、勝てる、儲かるという三つの要素が揃うだけでも、おそらくマーケットは刷新され、大きく育つ。そこに四つめの要素として「世界に求められている」が加わったらどうなるか。喜ぶ人が増え、世界が憧れる企業になるだけでなく、図の中心の生きがいが生まれる。大義を実現する志はより強いものとなるだろう。

それが究極的なLMIのゴールだと私は思う。

心の片隅に隠れているわずかな不満さえも駆逐する

heart
(画像=(写真=wk1003mike/Shutterstock.com))

話を戻そう。

圧倒的な成績を出し、徹底的に会社を愛する。すると、周りの人への信頼感も高まり、一緒に成長し、成功しようという気持ちも強くなる。

これがオーガニックフィットを実現した状態だが、気を抜いてはいけない。

自分では会社を愛しているつもりでも、レガシー企業に対する不満や疑問が心の片隅に残っていることがあるからだ。そんなとき、本当にオーガニックフィットしているかどうか試す「抜き打ちテスト」がやってくる。

私が経験した抜き打ちテストは、次のようなものだった。

①同僚と飲みに行ったときに会社の悪口への同意をうながされる
②社外の友人に会社に対する不満はないかと聞かれる
③「仕事は好きですか?」とストレートに質問をされる

私はこのころ、自分のクレスト愛に自信を持っていた。

しかし、これら抜き打ちテストにことごとく不正解を出してしまった。つまり、同僚の悪口に同意し、友人に不満を愚痴り、「仕事は好きですか?」の問いに言葉を詰まらせてしまった。

そのような状態では、まだオーガニックフィットを実現したとはいえない。

ただ、重要なのは正解することより、まだオーガニックフィットしていない自分に気づくことだ。悪口に乗らず、愚痴を漏らさず、この仕事が大好きだと断言できるのが理想ではあるが、そのうちの一つくらいできていなかったとしても、「まだフィットできていない」と気づければ、その気づきにも十分な価値があると思うのだ。

むしろ危ないのは、悪口に乗ったり、愚痴を漏らしたり、「この仕事?あまり好きじゃないよ」などと答えている自分に何の疑問も持たないことである。

悪口に乗ったらどうなるだろう。

愚痴をこぼしたらどうなるだろう。

集まるたびに会社の愚痴を言ったり、愚痴に共感したり、自社に対して否定的な意見を持つ人たちばかりが周りに集まってくる。共感されるのは心地良いので、彼らと一緒に過ごす時間が増えていき、気づけば否定的なグループの仲間になり、本来の仲間である会社や事業やマーケットや仕事を愛し、一緒に変えようと努力してくれる人たちが遠ざかっていく。

こうなってしまった時点でLMIを実現するのは不可能だ。

言い換えると、あえて「仕事は好きか?」と自問をして、LMIをリードするにふさわしい意識を持っているか確認することが大事なのである。

では、改めて聞いてみたい。

一緒に飲んでいる同僚が「あの上司は理不尽だよね」と愚痴っている。

久々に会った社外の友人に「どう?最近、仕事面白い?」と聞かれる。

新卒で入社した後輩に「この仕事、好きですか?」と質問をされる。

皆さんはどう答えるだろうか。

その答えに、LMIを完遂する意志、愛情、熱意はあるだろうか。

事実はどうあれ、自分を騙し、信じ切らなければならない。

自分は自分個人の利益のために働いているのではなく、レガシー産業をディスラプションから守るために存在している。そのために自らイノベーションを起こし、LMIのリーダーとなってレガシーマーケットの未来を変える。そのような強くブレない信念を持って取り組むことがオーガニックフィットフェーズの鉄則なのだ。

市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略
永井 俊輔(ながい・しゅんすけ)
クレストホールディングス株式会社代表取締役社長。1986年群馬県生まれ。早稲田大学卒。株式会社ジャフコでM&Aやバイアウトに携わった後、父親が経営する株式会社クレストに入社。CRM(顧客関係管理)やマーケティングオートメーションを活用して4年間で売り上げを2倍に拡大し、同社をサイン&ディスプレイ業界の大手企業に成長させる。
2016年に代表取締役社長に就任。ショーウィンドウやディスプレイをウェブサイト同様に正しく効果検証するリアル店舗解析ツール「エサシー」を開発するなど、リアル店舗とデータサイエンスの融合を実現。成熟産業にITやテクノロジーを組み合わせ、新たな価値を生み出すLMI(レガシーマーケット・イノベーション)の普及に尽力。
2019年9月にホールディングス化に伴い、クレストホールディングスの代表取締役社長に就任。複数の事業会社を束ねるレガシーマーケット・イノベーションの企業群を構想している。

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